第6話 始まり6
文字数 1,565文字
地図アプリで周辺を検索しすぐ近くに地元スーパーを見つけた俺は、そこで目についた食材と飲み物を適当に買い付けて、とにかく急いでアパートへと戻った。
藤が宣言通りに体を休めているか、どうも怪しかったからだ。
パンパンに荷物が詰まったビニール袋を片手に再び部屋に入り居間を見ると、意外にも藤は俺が出掛ける前と同じようにちゃんと畳に横たわっており、団扇で自身を扇いでいた。
頭だけを持ち上げて俺の姿を見るなり、おかえり、などと呑気に言うので、それまで息せき切って走り回っていた俺は一気に肩の力が抜け落ちる。
「随分早かったなー長谷見。こっちは言われた通りに休んでたお陰で、具合は大分良くなったぜ。」
「それは…良かったです。でも水分は余分に摂った方がいい。これ、どうぞ。」
買い物袋からスポーツドリンクを取り出し差し出すと、藤はゆっくりと上半身を起こして、ありがとな、と受け取り、一気にペットボトルの半量を喉に流し入れた。
見ると肌の赤みや気だるそうな様子もなくなっており、確かに回復傾向にあるのが分かって俺は小さく安堵のため息を溢した。
「それにしても…随分買い込んだな。」
「え?ああ、急いで手当たり次第入れていたらいつの間にか膨らんでて…」
「そうなのか。全然、出来合いのもので構わなかったんだが、それは…」
藤が買い物袋に視線を送りながら言葉尻を濁したので、俺もつられて袋の中身を見る。
すると、スポーツドリンクのペットボトル以外は生野菜やらうどんの麺やら、調理が必要なものばかりが入っていた。
焦りのせいでうっかり手癖で買い物をしてしまい、レトルト食品や惣菜の存在をすっかり忘れていたのである。
「しまった、いつもの癖でつい……!」
「へー。長谷見、家で料理してるのか。偉いな。」
頭を抱える俺を尻目に、藤は屈託なく感心をした。そして買い物袋に近づき、どれどれ、と袋を開いて直にその中身を覗く。
「うどん以外は野菜ばっかりだな。」
「すみません…入り口近くに並んでたものだけ取って来たので…。」
「いやいや。買い物してもらっただけで有り難いよ。しかし…悪いんだが、俺は料理はからっきしなんだ。せっかくだけど、これは長谷見が自分で使ってくれ。あ、うどんはもらうな。」
これなら茹でるだけだから、と、うどんの袋を掲げて悪戯っぽく藤は笑った。
(勝手に一人で熱くなって、焦って、失敗して…俺は一体何をしてるんだ…。)
何だか一気に疲れてしまい、俺はぐったりとしながら肩を落とした。
すると、そんな俺の横を通りすぎて藤は玄関に向かい、何かを手に取りすぐに居間に戻って来る。
「ホントに色々ありがとうな。これ、買い物代。足りるか?」
背中を丸める俺の前に胡座をかいた藤は、手にもった黒の折り畳み財布から5000円札を抜いて、こちらに差し出した。
あまりに突飛な行動に、俺はギョッとして身を引いてしまう。
「多すぎですよ!実質、ドリンクと、うどんしか買えていないのに…」
「いいよ、そんなの。この暑い中、わざわざ買い出し行ってくれた手間賃も込みってことで。それに、あのまま居たら俺は今頃死んでたかもだしな。命救ってもらった礼だと思えば、むしろ安いくらいだろ。」
そう言い含め、藤は俺の手を強引に掴んで掌にお札を乗せた。
どうも上手く丸め込まれたようで釈然としない俺は、5000円札を睨み付け黙り込む。
そもそも俺が買い出しに行ったのは、熱中症には水分だけでなく栄養補給も重要だと、いつかどこかで聞き齧った情報を思い出したからだ。
それなのに、結局藤には素うどん一つしか渡せないのなら、どれだけ俺の働きを評価されようと何の意味もない。
(せめて何か一つでも、食事と言えるものを差し出せれば…)
そこまで考えた所で、俺はハッと、この状況を打開する方法を思い付いたのである。
「藤さん…台所、貸してもらえますか。」
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