第7話 藤の存在3
文字数 1,293文字
どこか気まずさが拭えないまま、三杯目を空にした俺達は、22時も回らないうちに会を切り上げた。
大和がいつにも増して酔いが回っていて後々面倒になりそうなので、早く家に帰してしまおうという華丸からの提案だった。
まだ賑わいの収まらない店内を後にし、俺たちはそれぞれ出待ちしているタクシーを拾う。俺だけ家が逆方向なので、大和のことは華丸が請け負ってくれることになった。
「すまないな、大和を押し付ける形になって。」
「良いよ。ただ家の前に転がしとくだけだから。」
「おいおい、そりゃないだろ華丸ぅ。つーかぁ、まだ全然飲み足りねぇからさぁー、もう一件行こうぜー長谷見もー。」
「馬鹿言ってないで早く帰れ。帰ったらちゃんと水飲んでから寝るんだぞ。」
俺がそう言うと、だらりと芯の抜けた分厚い胴体をふらつく足でようやく支えながら、大和はつまらなそうに口をへの字に曲げた。
華丸はそんな大和の背広の襟元を引っ張り歩かせ、乱暴にタクシーの後部座席に押し込む。
苦笑しながらそれを後ろから見ていると、華丸が徐に振り返って俺の顔を改めて見据えた。
「はせ、今日はごめん。説教ばっかりで、楽しい席を壊した。」
華丸はそう言って、軽く頭を下げた。
思いがけない謝罪をうけて俺は少し狼狽えながらも、俺の方こそ、と切り出す。
「いつも、お前には心配ばかりかけて、すまないと思ってる。」
「…はせがそんな風に謝るなんて珍しいね。」
「そうか?」
「自覚ないんだね。」
俺が首を傾げると、華丸はそんな風に言って鼻で笑った。
腑に落ちない俺は眉間に軽く皺をよせるが、余計なことは言わずに飲み込んだ。
それじゃあ、また、と華丸は俺に背を向け大和の隣の席に乗り込む。
タクシーのドアが閉まり、俺の姿と外の景色が反射した窓ガラスから車内の様子はもう見えない。
そのまま車は走り出して行くかと思ったが、数秒後、華丸の席の窓がモーター音と共にゆっくり降りていくのが見えたので、俺は反射的に車に近づき腰を屈めた。
「どうしたんだ、華丸?何か忘れ物か?」
「まあ…"物"っていうか、言い忘れ。」
「言い忘れ?」
聞き返す俺に華丸はうん、と頷き、一瞬だけ目を伏せてから俺を見上げた。
「はせ、藤さんは君にとってどういう存在?」
「え?」
唐突に問われ、言葉に詰まる。
そんな俺に構わず、華丸は話を続けた。
「大和ははせの友達って言ってたけど…はせは?藤さんのこと、僕や大和と同じ"友達"の一人だって思ってるの?」
華丸が真剣な面持ちで俺の目を見つめる。
その穏やかな声が耳の奥を通って、直接心臓に響くように、胸を震わせた。
「…俺は…」
混沌とした思考が頭に飛び交う中で漸く声を上げるも、そこに続く言葉は何も出てこない。
華丸はそれを察したのか、急にごめん、と言って眉尻を下げ目線を外した。
「今すぐに答えられなくてもいい。でも、ちゃんと考えて、いずれ自分で答えを出して。はせ自身の為にも、藤さんの為にも必要なことだから。」
じゃあ、おやすみ。
華丸はそう言い残して、運転手に声をかけ車を走らせる。
あっという間にそのテールランプが小さく遠退くが、俺はしばらく立ち尽くしたままその軌跡を眺めていた。
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