第5話 友達2
文字数 2,459文字
ビールが運ばれて来てから10分程経つと、料理が次々と運ばれてきて黒塗りのテーブルはすっかり宴会の様相を成していた。
刺身の盛り合わせと天麩羅をメインに、小鉢が数品、そして大和の定番メニューであるたこわさと金目鯛の煮付。
色とりどりの豪華な食事に俺たちは各々箸を進めながら、酒と会話を楽しむ。
「あ、金目鯛美味しい。」
「だろ?実はこれ、俺が店主に作らせてメニューに載るようになったんだぜ。」
「お前は本当に遠慮というものを知らないな…。」
「別に無理言ってやらせたわけじゃねぇっつの。人聞き悪いぞ長谷見。」
「大和の日頃の行いのせいでしょ。」
「失礼な。俺ほど他人の幸せを祈って敬虔に生きてる男は他にいねーぞぉ華丸?」
「そのジョーク全然面白くない。」
ご機嫌に酔って絡む大和を、華丸は無表情で切り捨てる。
しかしその間も華丸の箸は金目鯛をつついてその口に運んでいくので、相当美味いのだろう。
俺も興味が湧いて、横から手を伸ばし、その白く分厚い身を一口大に切って頬張った。
ふっくらと柔らかな身は上質な脂を纏いつつ醤油の味もしっかりと蓄えており、噛めばその出汁の旨味をじゅわりと口の中一杯に染み渡らせる。
確かに、気を付けていなければ一気に食べ尽くしてしまいそうな逸品だった。
「確かに美味いな。魚の煮付けか…今度調べてやってみるか…。」
殊の外その味に感動した俺は、咄嗟に思ったことが口から出てしまっていた。
それに大和が、ん?と反応を示す。
「なに、長谷見今も自炊してんの?」
「ああ、まあな。」
「へえ、忙しいのによく続けてるね。」
華丸は感嘆の声を上げた後また金目鯛に箸をつける。それをみた大和が食いすぎだから、と不満げに咎めた。
俺が料理を作るようになったのは、大学生になり一人暮らしを始めたことがきっかけだ。
当初は親の仕送りに加えてバイト代もあったので、食事はレトルトや出来合いのものを買って済ませてばかりいた。
しかし、量産されたその味を食べ続けることがどうしてもできず、やむを得ず自分で作りだしたのだ。
インターネットを使いレシピを調べては作ってを繰り返すうちに、段々とそのメソッドが身に刻まれて、大学卒業の頃には簡単な炒め物や煮物程度なら手癖で作れるような腕前になっていたのである。
「カップ麺もコンビニ弁当もレトルト食品も食べられないとか、どんな贅沢舌だよ。」
「別に食べられない訳じゃない。自炊の時間がなければ時々利用している。どうも苦手だから、極力避けてるだけだ。」
「まあ、自炊の方が健康的だし、面倒でなければそっちの方がいいよ。僕も見習わないとね。」
「華丸は相変わらずカップ麺三昧か?そんなんだからお前はいつまでたってもそのサイズなんだよ。」
「…左足も蹴られたいならそう言えよ、大和。」
華丸の低い声を皮切りに、掘ごたつの下でドタバタと二人の攻防が始まる。
普段滅多に取り乱したりムキになることのない華丸も、昔から大和にだけはこうして子供のように突っかかっていく。
それだけ大和が、人の神経を逆撫でする術を心得ているのだ。
俺が溜め息をつきながら二人とも止めろ、と仲裁すると華丸が先に大人しくなり、大和はへーい、と気の抜けた返事をして掘りごたつから出したままの両足を静かに元の位置に戻した。
「で、何だっけ。華丸のせいで話飛んだわ。」
「どう考えてもお前のせいだろっ。」
「お前たちいい加減にしろ…。今はあれだ、自炊の話だろ。」
「ああ、はいはい…。自炊っていやぁ長谷見、お好み焼きもお前が作ったの?」
「はぁ?何の話だ?」
「さっき言ってただろ。"藤の家でお好み焼き作った"って。」
たこわさを口に頬張りながら大和が放った台詞に、華丸がピクリと眉根を寄せた。
当の俺は丁度ビールを喉に流し入れた所だったので、不意打ちを食らった動揺で派手に噎せこんでしまう。
「…何?その話。藤って誰?」
「最近できた長谷見の友達らしいぜ?なんか先週もその藤君の家で飯食べたって。」
「へえ…。はせに友達ができるのもそうだけど…家に行くまで気を許すなんてホントに珍しい。」
「な?でもなんか知らんけどコイツ、そのお友達のこと全っ然教えてくんねーの。はぐらかしてばっかでよぉ。」
「ふーん…。」
俺が咳き込んでいる間に、大和はオフィスで俺から仕入れた情報を洗いざらい華丸に吐いてしまった。
そればかりかわざと聞く者に猜疑心を抱かせるような話しぶりをするので、華丸は間延びした相槌をした後黙ってビールを仰いでから俺を真っ直ぐに見つめる。
その目には「詳しく聞かせろ」という無言の圧力が込められていた。
一方この状況を作り出した大和は呑気に頬杖をついて、刺身を口に放りながら楽しげに俺を見て笑っている。
この男、藤の話を俺から語らせる為に最初からその機会を虎視眈々と狙っていたのである。
「大和…お前まさかこの為に今日華丸を呼んだのか。」
「別にー?元々このメンツで集まる予定だったし。まあただ?長谷見が何か隠し事してるみたいだから、そこはやっぱ華丸ママに教えてあげた方が良いかなーって思っただけでぇ。」
大和は鼻にかかったダミ声で不遜にもそのように弁明した。その隠す気のない悪気たっぷりの態度に、俺の額には青筋が浮かぶ。
華丸は「誰がママだ」と大和を一睨みだけして再び俺に視線を据えた。
「で?はせ。その藤って人はどういう人なの?どこでどう知り合った人?」
改めて問い詰められ、俺は再び窮地に陥る。
物心つく前からの幼馴染みである華丸は、何故か俺に対して過保護気味な所がある。本人に言うと機嫌を損ねるので決して言わないが、大和の揶揄したとおりそれは母親さながらなのである。
本来ならばその過干渉に律儀に従う謂れはないのだが、昔色々あった手前俺は特に華丸に対して強く出ることができない。
だからこそこういう事態を避けるため、余程のことがない限り藤のことはこの二人に話さないと決めていたのだが、もはや時既に遅しである。
俺は改めて大和を恨みがましく睨み付けた後ため息をつき、なんとなく背筋を伸ばして、藤のことを二人に話し始めた。
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刺身の盛り合わせと天麩羅をメインに、小鉢が数品、そして大和の定番メニューであるたこわさと金目鯛の煮付。
色とりどりの豪華な食事に俺たちは各々箸を進めながら、酒と会話を楽しむ。
「あ、金目鯛美味しい。」
「だろ?実はこれ、俺が店主に作らせてメニューに載るようになったんだぜ。」
「お前は本当に遠慮というものを知らないな…。」
「別に無理言ってやらせたわけじゃねぇっつの。人聞き悪いぞ長谷見。」
「大和の日頃の行いのせいでしょ。」
「失礼な。俺ほど他人の幸せを祈って敬虔に生きてる男は他にいねーぞぉ華丸?」
「そのジョーク全然面白くない。」
ご機嫌に酔って絡む大和を、華丸は無表情で切り捨てる。
しかしその間も華丸の箸は金目鯛をつついてその口に運んでいくので、相当美味いのだろう。
俺も興味が湧いて、横から手を伸ばし、その白く分厚い身を一口大に切って頬張った。
ふっくらと柔らかな身は上質な脂を纏いつつ醤油の味もしっかりと蓄えており、噛めばその出汁の旨味をじゅわりと口の中一杯に染み渡らせる。
確かに、気を付けていなければ一気に食べ尽くしてしまいそうな逸品だった。
「確かに美味いな。魚の煮付けか…今度調べてやってみるか…。」
殊の外その味に感動した俺は、咄嗟に思ったことが口から出てしまっていた。
それに大和が、ん?と反応を示す。
「なに、長谷見今も自炊してんの?」
「ああ、まあな。」
「へえ、忙しいのによく続けてるね。」
華丸は感嘆の声を上げた後また金目鯛に箸をつける。それをみた大和が食いすぎだから、と不満げに咎めた。
俺が料理を作るようになったのは、大学生になり一人暮らしを始めたことがきっかけだ。
当初は親の仕送りに加えてバイト代もあったので、食事はレトルトや出来合いのものを買って済ませてばかりいた。
しかし、量産されたその味を食べ続けることがどうしてもできず、やむを得ず自分で作りだしたのだ。
インターネットを使いレシピを調べては作ってを繰り返すうちに、段々とそのメソッドが身に刻まれて、大学卒業の頃には簡単な炒め物や煮物程度なら手癖で作れるような腕前になっていたのである。
「カップ麺もコンビニ弁当もレトルト食品も食べられないとか、どんな贅沢舌だよ。」
「別に食べられない訳じゃない。自炊の時間がなければ時々利用している。どうも苦手だから、極力避けてるだけだ。」
「まあ、自炊の方が健康的だし、面倒でなければそっちの方がいいよ。僕も見習わないとね。」
「華丸は相変わらずカップ麺三昧か?そんなんだからお前はいつまでたってもそのサイズなんだよ。」
「…左足も蹴られたいならそう言えよ、大和。」
華丸の低い声を皮切りに、掘ごたつの下でドタバタと二人の攻防が始まる。
普段滅多に取り乱したりムキになることのない華丸も、昔から大和にだけはこうして子供のように突っかかっていく。
それだけ大和が、人の神経を逆撫でする術を心得ているのだ。
俺が溜め息をつきながら二人とも止めろ、と仲裁すると華丸が先に大人しくなり、大和はへーい、と気の抜けた返事をして掘りごたつから出したままの両足を静かに元の位置に戻した。
「で、何だっけ。華丸のせいで話飛んだわ。」
「どう考えてもお前のせいだろっ。」
「お前たちいい加減にしろ…。今はあれだ、自炊の話だろ。」
「ああ、はいはい…。自炊っていやぁ長谷見、お好み焼きもお前が作ったの?」
「はぁ?何の話だ?」
「さっき言ってただろ。"藤の家でお好み焼き作った"って。」
たこわさを口に頬張りながら大和が放った台詞に、華丸がピクリと眉根を寄せた。
当の俺は丁度ビールを喉に流し入れた所だったので、不意打ちを食らった動揺で派手に噎せこんでしまう。
「…何?その話。藤って誰?」
「最近できた長谷見の友達らしいぜ?なんか先週もその藤君の家で飯食べたって。」
「へえ…。はせに友達ができるのもそうだけど…家に行くまで気を許すなんてホントに珍しい。」
「な?でもなんか知らんけどコイツ、そのお友達のこと全っ然教えてくんねーの。はぐらかしてばっかでよぉ。」
「ふーん…。」
俺が咳き込んでいる間に、大和はオフィスで俺から仕入れた情報を洗いざらい華丸に吐いてしまった。
そればかりかわざと聞く者に猜疑心を抱かせるような話しぶりをするので、華丸は間延びした相槌をした後黙ってビールを仰いでから俺を真っ直ぐに見つめる。
その目には「詳しく聞かせろ」という無言の圧力が込められていた。
一方この状況を作り出した大和は呑気に頬杖をついて、刺身を口に放りながら楽しげに俺を見て笑っている。
この男、藤の話を俺から語らせる為に最初からその機会を虎視眈々と狙っていたのである。
「大和…お前まさかこの為に今日華丸を呼んだのか。」
「別にー?元々このメンツで集まる予定だったし。まあただ?長谷見が何か隠し事してるみたいだから、そこはやっぱ華丸ママに教えてあげた方が良いかなーって思っただけでぇ。」
大和は鼻にかかったダミ声で不遜にもそのように弁明した。その隠す気のない悪気たっぷりの態度に、俺の額には青筋が浮かぶ。
華丸は「誰がママだ」と大和を一睨みだけして再び俺に視線を据えた。
「で?はせ。その藤って人はどういう人なの?どこでどう知り合った人?」
改めて問い詰められ、俺は再び窮地に陥る。
物心つく前からの幼馴染みである華丸は、何故か俺に対して過保護気味な所がある。本人に言うと機嫌を損ねるので決して言わないが、大和の揶揄したとおりそれは母親さながらなのである。
本来ならばその過干渉に律儀に従う謂れはないのだが、昔色々あった手前俺は特に華丸に対して強く出ることができない。
だからこそこういう事態を避けるため、余程のことがない限り藤のことはこの二人に話さないと決めていたのだが、もはや時既に遅しである。
俺は改めて大和を恨みがましく睨み付けた後ため息をつき、なんとなく背筋を伸ばして、藤のことを二人に話し始めた。
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