第2話 晩餐会2
文字数 1,983文字
長谷見はとにかく態度がデカい。
本人曰く、仕事の取引先や目上の人に対してはちゃんと使い分けているとのことだが、俺に対しての振る舞いを見る限りでは同期や同世代の同僚にはすこぶるウケが悪そうだ。
その上この男、見た目はスーツの上からでも分かる引き締まった体躯と足長のスタイル良しで、真ん中できっちり分けられた優等生ヘアスタイルすらもスマートに見せる精悍な顔立ち。
ダメ押しに、「有言実行」を信条に生きる本物のエリートときているので、長谷見を目の敵にしようものなら、そいつは余程の実力がない限り物陰でハンカチ噛みながら地団駄を踏むことになるのが、関の山だろう。
(コイツ、友達居なさそうだな。)
俺が長谷見に思う率直な印象は、そんな所だ。
「よし、できたぞ。フライパンごと持って行け。」
そう言って長谷見が手渡したフライパンの中には、ユラユラと鰹節が揺らめき、甘いソースの香りの湯気が立ち込めるお好み焼き。
俺が皿洗いを終えて、食卓の準備をしている間にそいつは完成していたらしい。
「ああ、美味そうだ。デカくて食い応えありそうだな。」
「お前の食欲ならそれでも足りないくらいだろう。」
「まあな。」
「少し待ってろ。5分もあればもう2品できる。」
そう言って、長谷見はテキパキと別のフライパンとボールを取り出し次の調理に取りかかる。
俺は小さく苦笑しながら、言われた通りフライパンを居間の食卓に運んだ。しばらくするとキッチンからまた熱した鉄板に何か放り込まれた音がしだして、それが軽快なリズムを刻み始めた。
長谷見は特別料理が好きという訳ではないらしい。
単純に健康管理と節約の為に普段からしているに過ぎない、と出会った頃に聞いたことがあった。
しかし、こうしてうちに来る度に2、3品料理を作っていく。仕事終わりで体は疲れているだろうに。
一度、そんなに沢山品数を出してもらわなくてもいいと言ったこともあるが、それに対しては「作るのに1品も3品も変わらん。」と一蹴されてしまったので、それからは何も言わずに好きに作らせるようにした。
そうして半年付き合ってみて分かったのは、多分コイツは料理じゃなくて、誰かの為の労働が好きなのだろうということ。
いつも品数を多く作るのは、見かけによらず大食漢の俺が満足するようにとの長谷見なりのサービスなのだ。
「できたぞ。藤、運ぶの手伝ってくれ。」
「ん、おお。」
長谷見が調理を始めてきっちり5分後、キッチンから良く通るテノールの声が俺を呼ぶ。
そこに向かうと、今度は濃厚な味噌の香りが辺りを包んでいた。
コンロの前でシャツの袖を捲りネクタイを肩にかけた姿の男が、箸でフライパンの中身をつまみ食いし、うん、と頷く。何だかミスマッチな光景だ。
「いい匂いだな。今度は何だ?」
「キャベツの肉味噌炒めだ。先々週挽き肉大量に買ってたやつ、冷凍してたから使ったぞ。」
「あーあれか。よく覚えてたな。」
「1キロの挽き肉買ったことを忘れる方がどうかしてるだろ。ほら、皿に盛ってこれも持って行け。俺は味噌汁とサラダを運ぶ。」
長谷見は言うなりお椀に味噌汁を注いで、さらにボールに入った細切れのキャベツでできたサラダを皿に盛り付ける。
一分の隙もないその動きに俺はまた苦笑しつつ、キャベツの肉味噌炒めを盛り付け居間に運んだ。
「それじゃあ、満を持して。いただきます。」
「いただきます。」
ちゃぶ台に向かい合わせで座り、2人して両手を合わせる。
今日は最後のだめ押しの2品も合わせて、計5品が食卓に並んだ。
長谷見の宣言通り、全品キャベツを使用したキャベツ祭り。しかし、食べてみるとやはりどの料理も美味で、同じ野菜が使われているだとかは全く些末なことに思える。
「やっぱ、長谷見の飯は美味いな。肉味噌なんかあんな短時間で作ったとは思えないぜ。」
「まあ、下拵えも入れればもっと時間は掛かってるけどな。それより藤、お好み焼きだけで足りるか?冷凍庫に白米もあったぞ。」
「うーん、量は問題ないだろうがせっかくの肉味噌だし、白米もいっとくかな。長谷見は?」
「俺がそんなに食えると思うか?」
「だな。本当に少食だなあ。」
「お前の腹の方がおかしいんだ。いいから食ってろ。お前目を離すとレンジ壊しそうだ。」
「…長谷見ぃ、俺がここで何年一人暮らししてるか知ってるか?」
俺のそんな皮肉めいた反論を無視して、長谷見はさっさと冷凍庫に向かって歩き出す。
「自分のことは自分で」が基本スタンスの俺には、長谷見のような世話の焼き方は到底真似できない。
しかし、長谷見にとってはそれが生まれつきの性質、というか、もはや趣味なのだと思う。
体の疲れも、自分の時間が割かれることも全くお構い無しで、甲斐甲斐しく人の世話を焼き、見返りは何も求めないのだから。
(友達は居なさそうだけど、ヒモにはモテそうだなー。)
それが、ここ最近で更新した長谷見という男の印象である。
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