4:1 リテラシー・スタディーズ

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(1) リテラシー・スタディーズ
 短歌や俳句を論じる際、その創作の基礎的決まり事を承知していることを前提にしている。ルールを明示的に知ってからでないと、論評しても見当外れに終わりかねない。この領域特有の明示的共通理解の決まり事が「リテラシー」である。

 「リテラシー(Literacy)」は読み書き能力を指す。人は話す聴く能力である「オラリティ(Orality)」を日常生活の繰り返しの中で体得する。ところが、母語話者に文歩を尋ねても、それを言語化して論理的に答えることができない。オラリティは暗黙知・身体知・手続知識である。しかし、リテラシーは日常生活の中で習得することが困難である。人は、そのために蓄積された規範に基づき、先生の指導の下、カリキュラムを通じてそれを学習する。リテラシーは文法であって、明示知・形式知・宣言知識である。

 リテラシーにおいて特に難しいのが書く能力である。新聞が読めても、その訓練を受けていなければ、記事を書くことは困難だ。書く能力を会得してこそ、リテラシーを学習したと言える。リテラシーはその領域において蓄積されてきた規範の明示知である。従来暗黙知とされてきたものや新たな成果を言語化することはリテラシーの拡充である。しかし、言語化できない知識をリテラシーとは呼ばない。

 「リテラシー」が日本の一般社会において持ち出される際、しばしばその領域における利活用能力として使われている。しかし、これではオラリティと変わらず、誤用である。書くための知識を持たずに、読めるだけとしたら、それはリテラシーがあると言えない。読むと書くという二重の対象化がリテラシーだ。リテラシーを習得することはその領域に対するメタ認知の会得である。

 いかなる領域にもリテラシーが存在している。ところが、先の定型氏はむしろ例外で、このリテラシーを十分に知らないまま、批評することが少なくない。鑑賞者中心の読解である「作者の死」はこうした弊害を蔓延させる。

 「リテラシー・スタディーズ(Literacy Studies: LS)」はその領域固有の文法であるリテラシーについて考え、それに基づいて批評する研究である。佐藤清文は2000年代前半から提唱している。これは、原則的に、トップダウン型、すなわち演繹的解析法であり、定義が重要になる。定義が不適切だと、考察する際の選択肢の範囲が見当外れになりかねない。定義は、理解を広く共有するために、機能に着目し、主観性に依存しないものが望ましい。もちろん、セクハラのように、主観性に依存する概念もあるので、あくまでも「可能な限り」である。

 マンガを例に説明しよう。マンガは自分を含めた誰かに示すための線とコマの実用以上の組織化と定義できる。「線とコマ」によって組織化されたものであることが他の分野と異なるマンガの特徴である。「自分を含めた誰かに示す」ことはそれが社会的であることを意味する。線とコマ並びにその組織化は時代を含めた社会的背景の影響を受ける。また、「実用以上」はその対象の直接的利用にとどまらないことを表わす。折れ線グラフは線によって構成されているが、実用のものであって、マンガではない。

 LSによるマンガの考察はこの線とコマの組織化を中心に展開される。そのためには、マンガの基礎的文法を承知している必要がある。マンガをどれだけ読んでも描くことはできない。描くためには、マンガの文法を入門書で学習しなければならない。それを考慮せずに考察しては、マンガを扱いながら、その固有性が抜け落ちる。そこで語られることはマンガも小説もドラマも同じになってしまう。LSは作者と読者のコラボな批評である。読者中心お読解である「作者の死」は克服されなければならない。

 五七五や季語などの規則を知らないままに、俳句を論じることなどあり得まい。上手か下手かはともかく、日本語人であれば、たいてい俳句を作ったこともあるだろう。俳句のリテラシーは広く浸透し、鑑賞者は作成者でもある。俳句の批評はそれに基づいて行われている。ところが、例に挙げたマンガを始め、映画や舞台、美術、音楽、小説、詩などを論じる際、概して、このリテラシーを考慮していない。

 文学全般に関しても同様である。文学は自分を含めた誰かに物語ることを前提にした実用以上の言葉の組織化である。「物語る」は「ナラティブ」のことで、必ずしも実証性に基づいていない。また、この実用は対象の直截的利用を意味する。挨拶は誰かに語るための組織化された言葉であっても、実用であるから、それだけでは文学と呼べない。文学批評の関心は誰かに語るものであるかと実用以上の言葉の組織化であるかの二点が最も米シックである。

 佐藤清文の批評においてリLSは最も中心にある。多くの批評がこの方法論に基づいて書かれている。具体的例として、比較的短いので、次の『わが友トランプ』(2017)の関係部分を紹介しよう。

 その大広間には二人の男しかいません。一人は額が広く、もう一人は小柄で、ちょび髭を生やしています。彼らは今日から始まった事件について話しています。広い額の男が「アドルフ、よくやったよ。君は左を斬り、返す刀で右を斬ったのだ」と讃えます。それに応えて、ちょび髭の男が「そうです、政治は中道を行かなければなりません」と返すのです。
 これは、1934年6月30日夜半、ベルリン首相官邸の大広間の光景です。額の広い男はグスタフ・クルップ、クルップ・コンツェルンを率いるドイツ産業界の実力者です。一方、ちょび髭の男はアドルフ・ヒットラーで、前年に首相に就任しています。
 彼らが話し合っているのは6月30日から7月2日に亘って行われた「長いナイフの夜」についてです。これはナチスが決行した血の粛清です。エルンスト・レームらSA幹部、ナチス左派の領袖だったグレゴール・シュトラッサー、元首相で名誉階級陸軍大将のクルト・フォン・シュライヒャーなど党内外の多数を裁判なしに殺害しています。
 この場面は、実は、三島由紀夫の戯曲『わが友ヒットラー』の第3幕のクライマックスです。舞台はここで幕を閉じます。
 『わが友ヒットラー』は三島由紀夫が1968年に発表した全3幕の戯曲です。初演は翌年の1月18日、劇団浪曼劇場第1回公演として紀伊國屋ホールで上演されています。舞台は1934年6月30日夜半開始の「長いナイフの夜」前後のベルリン首相官邸の大広間です。第1幕と第2幕は事件数日前、終幕の第3幕は6月30日夜半に設定されています。登場人物は、アドルフ・ヒットラー、エルンスト・レーム、シュトラッサー、グスタフ・クルップの4人で、いずれも実在しています。
 この作品は三島が「楯の会」の活動を行い、自衛隊の決起を待ち望んでいた時期に発表されています。彼は会のメンバーを引き連れて、その2年後の1970年のクーデター未遂事件を起こしています。
 こうした背景からこの戯曲は三島の思想や心情の反映としてしばしば論じられます。実際、タイトルはレームの認知が強調されています。しかし、彼がそれを吐露するのは第2幕で、全3幕の芝居にもかかわらず、終幕に登場しません。実質的主役はヒットラーです。論者は、こういった点に注目して、三島の認知行動を読み解くテキストと扱っています。
 ただ、『わが友ヒットラー』は戯曲です。小説ではありません。演劇固有のリテラシーに基づいて創作されています。小説家でもある三島がこのジャンルを選んだのには、演劇でなければ表現できないことがあるからでしょう。演劇のリテラシーを参照しつつ、作品御体現するメッセージを読み取る必要があります。
 なお、リテラシーは、本来、読み書き能力を指します。しばしば批判的に読むこととして使われますが、それでは書くことが抜け落ちてしまいます。書き方を認識した上で、批判的に読むことをリテラシーとして用いられるべきです。
 演劇は、暗転を使わない限り、同じ幕の間で場面が移動できません。物語の展開は人の出入りをきっかけにします。演劇の場面はホテルのロビーのようなハーフ・オープンの場所が基本です。ホテルの個室はクローズドですから、人の出入りがありません。また、ホテルの前の道路はオープンですので、多くの人が通過します。いずれも物語を動かすきっかけがつくりにくい場所です。もちろん、意欲的な劇作家はその難しい条件を逆に利用して捜索します。
 『わが友ヒットラー』は場面がすべて首相官邸の大広間です。立ち入りが、ホテルのロビーのように自由ではありませんが、関係者には開かれていますので、ハーフ・オープンの空間に属します。ただ、登場人物が4人です。空間への人の出入りが多くとれませんから、展開が少なくなります。これですと、物語が動くきっかけのないまま、会話が続くことになり、煮つまっていきます。
 登場人物は作品世界の内部でのみ活動します。世界の境界ないし外部の視点が作品には表われません。登場人物はこの空間からの解放を望むように振る舞います。『わが友ヒットラー』の場面設定と登場人物数であれば、作品は行きづまり状態からの脱却への願望や意思を表現することになります。
 それでは作品のあらすじをたどってみましょう。
 第1幕 は 1934年6月、ベルリン首相官邸の大広間という設定で、奥にバルコニーが見える部隊構成です。前年の総選挙でナチスが第一党になったため、首相に就任したアドルフ・ヒットラーが聴衆に向かい演説しています。官邸に呼ばれた突撃隊幕僚長レームとシュトラッサー、鉄鋼会社社長クルップが演説を終えたヒットラーと会話をします。彼らはそれぞれ思惑を持っています。
 第2幕は その翌朝、ベルリン首相官邸の大広間です。朝食後、ヒットラーは、レームに突撃隊に長期休暇をとることを勧めます。その際、現大統領が死んで自分が職を引き継ぐまでの間、病気を装って休戦するように指示します。
 正規軍の最高指揮官となったヒットラーは、実は、ナチスの私兵の処分を考えているのです。そうとは知らないレームはヒットラーに厚い友情を抱き、「どんな時代になろうと、権力のもっとも深い実質は若者の筋肉だ。それを忘れるな。少なくともそれをお前のためにだけ保持し、お前のためにだけ使おうとしている一人の友のいることを忘れるな」と言い、指示に従うと去ります。
 レームとの会話を盗み聞きし、ヒットラーの意図を見抜いたクルップが現われます。彼は「嵐の兆そのものだった」とヒットラーをヨイショします。
 昨夜からにヒ首相の目論見に気づいたシュトラッサーは、このままでは殺されてしまうとレームにヒットラー追い落としのクーデター計画を持ちかけます。レームはそれに反発し、両者は口論を始めます。レームはヒットラーを裏切るような行動に加担できないとシュトラッサーの提案を拒むのです。
 第3幕は1934年6月30日夜半、ベルリン首相官邸の大広間です。レームとシュトラッサーを「長いナイフの夜」で粛清し、眠れぬヒットラーはクルップを呼び出します。二人は粛清が正しかったと語り合います。

ヒットラー 射て!…射て!…射て! レームあってこそ肩で風を切っていた、あの若い逞しい無頼漢ども。筋肉だけをたよりにしたやつらの青春のこれが最後だった。・・・これでおしまいだ。これであいつらの兵隊ごっこも、口先だけの義侠義血も、旗日ごとの人もなげな行進も、ビヤホールでの放歌高吟も、古臭い野武士気取も、ノスタルジヤも、感傷的な戦友愛もおしまいだ。…これでおしまいだ。あいつらの夢みていた革命もおしまいだ。…親衛隊の銃弾が、やつらの子どもっぽい革命の夢の、金モールで飾り立てた胸もとを、穴だらけにしてしまった。…これでどんな革命ごっこもおしまいだ。
クルップ どんな革命ごっこも…。もう二度と革命を夢みるものは出ては来るまい。革命の息の根がとめられた今日、軍部はこぞって君を支持している。君ははじめて天下晴れて大統領になる資格を得たのだよ。こうなくてはならなかった。
ヒットラー あの銃声が、クルップさん、ドイツ人がドイツ人を射つ最後の銃声です。…これで万事片附きました。
クルップ そうだな。今やわれわれは安心して君にすべてを託することができる。アドルフ、よくやったよ。君は左を斬り、返す刀で右を斬ったのだ。
ヒットラー そうです、政治は中道を行かなければなりません。 

 これで幕引きを迎えます。
 合法的・非合法的を問わず、非主流の勢力が権力を握ると、経験不足から統治に行きづまるものです。中心的人物は権力を手放さないために、共に頑張ってきた左右の急進派を切り、現実的な統治にしばしば向かいます。明治維新の後に岩倉具視ら穏健派が西郷隆盛や板垣退助を下野させたことなどがそうした例です。
 ところが、この作品のヒットラーは全体主義を徹底化する目的で国民の警戒感を解くために中道のポーズをとります。彼は現実的な統治に急進派が邪魔だから「長いナイフの夜」を起こしたわけではありません。極右のイデオロギーから決別したと国民に思わせるためです。レームはヒットラーにとって「わが友」であるからこそ粛清されなければならないのです。

 この三幕の戯曲で私が書きたかったのは、1934年のレーム事件であって、ヒトラーへの興味というよりもレーム事件への興味となっている。政治的法則として、全体主義体制確立のためには、ある時点で、国民の目をいったん「中道政治」の幻で瞞着せねばならない。それがヒトラーにとっての1934年夏だったのであるが、このためには極右と極左とを強引に切り捨てなければならない。そうしなければ中道勢力の幻は説得力を持たないのである。
(三島由紀夫「作品の背景──『わが友ヒットラー』」)

 しかも、登場人物4人のうち2名がいなくなります。これではもう物語の展開が望めません。この状態が今後続くことになります。全体主義が完成するのです。
 確かに、ナチスを美化しているという批判もあり得ますが、ヒットラーが権力をわがものにするための過程の一面を演劇の特性を生かして表現したという点で、すぐれた作品です。小説家としての三島は空疎な比喩の羅列のナラティブやロマンス構造と心理描写のミスマッチなどにより無残な作品しか残していませんが、戯曲においては近代日本文学でも傑出しています。

 繰り返しになるが、リテラシーは明示知=形式知である。それは言語によって他者と共有できる知識であり、認知心理学の述語を用いるなら、宣言知識である。リテラシー・スタディーズはこの明示知を参照するが、それは暗黙知を取り扱わないことではない。むしろ、暗黙知=身体知=手続知識と見なされてきたものを言語によって言い表すことに取り組む。母語話者は往々にしてその体得した言語を文保によって説明できない。彼らは母語を話すことができるけれども、それをわかっていない。その暗黙知を明示化して認識する時、母語に関する理解が深まる。LSはあらゆる知識の対象化による批評のことである。

 嘉納治五郎は、従来の柔術と区別し、言語によって体系化された柔を「柔道」と命名します。柔術から柔道への進化は暗黙知から明示知への革新です。彼に従うなら、「道」は奥義ではなく、むしろ、言語化=理論化です。明示知にすれば、新たなものと接触した際、それを取り入れて進化することもできます。
 嘉納治五郎は柔道をエリート主義的奥義と捉えず、普及を重視しています。「道」を極めるとは暗黙知を明示知にすることの探求です。明示知ですから共時的・通時的な共通理解が形成しやすくなります。柔道をするには、その言語化された体系を受け入れなければなりません。五輪の金メダリストも白帯も理解を共有しています。それにより量的拡大と質的向上を前提にしている。両立できます。こうした言語化が柔道の国内外での伸長の重要な理由の一つでしょう。
(佐藤清文『日本バレエに見る若者と教育』)

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