3:1 批評とは何か

文字数 4,135文字

Ⅲ Warum sie so gute Bücher schreiben.
ⅰ 批評とは何か
 佐藤清文は批評の方法論に自覚的である。佐藤清文は新たな方法をしばしば抽象的に提示する。その際、既存の批評理論に関してシスティマティック・レビューを試みている。

 佐藤清文は、『作者の死?』(2019)において、文学と批評について次のように述べている。

 文学は自分を含む誰かに物語るための実用性以上の言葉の組織化である。この実用性は対象の直接的な利活用を指す。また、抽象的・一般的概念を扱う際にも具体的・個別的なナラティブを通じて展開される。文学は伝統的には言語と規範を共有する共同体における真・善・美の認識の交歓である。ただ、そのコンセンサスへの異議申し立ても、価値観が多様化する近代以降におけるもう一つの意義となっている。
 伝統的な共同体において最も大切なのはよく生きることである。それは蓄積されてきた習慣や規範に則り徳を実践することだ。言語は知識の伝達・蓄積・共有を可能にする。共同体の継承の際、言語が重要な機能を果たす。だから、その存在理由や規範を共時的・通時的に共有するために、神話や叙事詩を持っている。
 共同体を維持発展させるには、人的ネットワークの強化・拡張が不可欠である。文学は人と人の間で共有されるから、絆を強めたり、広げたりする。こうした社会関係資本の蓄積に寄与する機能がある。それにより今日までこの行為が持続してきたと推察できる。
 主に音声による共時的・通時的共有がなされるものを口承文学、文字を使用したそれを文字文学と呼ぶ。先の定義に基づく文学は文字の発明以前から出現していたと思われるが、起源は定かではない。ただ、人類学がフィールドワークの対象とする伝統的な共同体で物語られている実用性以上の言葉の組織化が初期の文学の姿を推測する手がかりになっている。
 音声による文学の発展・継承はその知識の遍在をもたらす。こうした口承文学は語り手と聞き手が共有する場を必要とする。場が焼失すれば、それは存在しえない。そのため、この発展・継承は社会が安定的=静的であることを前提にする。
 一方、文字による文学の発展・継承ではその知識は集中せざるを得ない。反面、文字文学は場に必ずしも依存しない。不安定=動的な状況に社会が直面しても、発展・継承が可能である。そのため、記されたものが考古史料として発見され、それが死語であっても解読されて後世に伝わることがあり得る。文字による考古史料のおかげで、現存する最古の文学作品としてギルガメシュ叙事詩を知ることができている。
 批評の起源も定かではない。文学作品は評価を経て人々の間で共有される。創作と鑑賞は、共同体において蓄積・共有されてきた言語的・倫理的・文学的規範を共通理解とする。その典拠に基づいて批評もまた行われる。伝統的には、創作者は同時に鑑賞者であり、批評家でもある。
 組織化の規則は繰り返しの中で暗黙知として体得できる。鑑賞の際も同様である。典拠に基づき、創作者や鑑賞者は内省によって作品御出来不出来を判断する。詩歌をめぐる社交や選評会、編纂、試験、指導などの評価・判断基準も、規範を共有している共同体を前提にしているから、必ずしも明示的ではない。
 創作や鑑賞の行為から独立した批評には、この暗黙知を明示知とすることが欠かせない。具体的・個別的な作品の評価にとどまらず、抽象的・一般的な文学的価値の議論を展開する。
 批評は創作や鑑賞のメタ認知である。それは他者との理解の共有をもたらす。行動は感情の共有をしばしば促す。それは具体的・個別的で、場に依存する。一方、理解を共有するには、理論が必要である。それは抽象的・一般的で、場から比較的自由である。この明示知がリテラシーである。それはその領域における学び方のことだ。読み書きの学び方がわかれば、その実践ができる。この学習過程を通じてリテラシーは共時的・通時的な共有において汎用性を持つ。
 今日にける「批評(Criticism)」は対象を「評し(Appreciate)」、「体系付け(Systematize)」、他者に「共感(Empathy)」させる行為である。作品の出来を「判断(Administrate)」したり、他の作品との優劣を「評価(Evaluate)」したりするだけではない。「感想(Book Report)」や「印象(Impression)」にとどまらず、他者と認識を共有するために、論証を示して体系に意味づける必要がある。その際、「理解力(Comprehension)」・「洞察力(Insight)」・「方法論(Methodology)」・「全体認識(Whole Understanding)」・「コミュニケーション能力(Communication Capability)」が求められる。こうした属性により批評は創作や鑑賞のメタ認知たり得る。

 佐藤清文の文学や批評についての認識がよく示されている。佐藤清文の批評は演繹的である。これに対して、文学は近代において成立した概念だとかそう簡単に言い切れるものではないとかなどと指摘することは愚かだ。ここまで書く批評家がそんなことを知らないはずもない。

 佐藤清文はともかく、古典的作家・思想家は概して戦略的であり、別の事情を承知の上で、自身の表現・主張を展開している。彼らがそれを知らないとでも言いたげに批判することは自惚れだ。例えば、プラトンは理想論を語る。だが、それを現実によって批判することは浅はかだろう。と言うのも、彼には実際の政治にコミットしたシラクサの経験があるからだ。

 文芸批評は世界各地に見られる。西洋を参照してみよう。ホメロスを酷評した古代ギリシアのゾイロスなどがいるものの、最初に体系的な文芸批評を試みたのは、現存するテクストを見る限り、アリストテレスである。彼は、『詩学』において、悲劇のもたらすカタルシスについて論じ、演劇においてプロットが一つのテーマに統一されなければならないと主張している。

 ローマ時代に入ると、ホラティウスがギリシア詩を参考に、精緻な詩論を展開し、古典的な詩学をほぼ完成させる。3世紀になって、アテネの弁論家ロンギノスは修辞学や文体論の領域で画期的な業績を残している。

 中世では、形而上学や神学の議論の中に吸収されていた批評は、ルネサンスを迎えると、ほかの学問同様、新たな動きを示すようになる。ダンテ・アリギエリは、『俗語論』(1304~05)や『饗宴』(1304~07)の中で、イタリア語の体現する美しさを生かした詩学を主張する。これは、後に発展する近代ヨーロッパの国民文学の先駆けである。また、イギリスのフィリップ・シドニー卿は、『詩の擁護』(1595)において、アリストテレスが『詩学』で使用した概念を頻出して、詩論を再構築している。ルネサンスの文芸批評はグレコ・ローマンの詩学を復活させると同時に、イタリア語や英語といった俗語でいかに表現するかを課題にしている。

 17世紀後半になると、グレコ・ローマン文学の美的規範に基づきながら、国民文学を生み出そうとする新古典主義が登場する。この時代を代表する批評家はイギリスではジョン・ドライデン、フランスではニコラ・ボワローである。イギリス最初の桂冠詩人は古典時代の規範を尊重しながらも、ウィリアム・シェイクスピア以来のイギリス文学の伝統を高く評価し、文学作品の自律的な価値を認める姿勢を示している。さらに、「批判者を持つことは優れた本にとって必須である」と言った批評家は、ジャン・ラシーヌと共に、「新旧論争」──古代人と近代人のどちらが優れているのかという論争──に際して、古代人の優越を主張し、文学作品を支配する法則の普遍性を強調している。彼は、アリストテレスの詩学を『詩法』(1674)において新古典主義的な美学として復活させている。

Qu'en un lieu, qu'en un jour, un seul fait accompli
Tienne jusqu'à la fin le théâtre rempli.
(N. Boileau, “Art poétique” chant III, vers 45 - 46)

 この二人を引き継いだイギリスのサミュエル・ジョンソンが、52人の詩人の伝記と作品を分析した彼の『詩人伝』(1779~81)を執筆し、新古典主義の批評を完成させる。また、ドイツのゴットホルト・エフライム・レッシングは新古典主義からロマン主義への橋渡しをしている。絵画と詩を比較しながら、それぞれの芸術としての機能を分析した『ラオコーン』(1766)は、新古典主義の美学の限界を示し、ロマン主義的な認識を先取りする。

 「世界精神」がヨーロッパを震撼させると、新古典主義に代わって、ロマン主義が登場する。ドイツでは、ヨハン・ゴットフリート・フィヒテやフリードリヒ・ヴィルヘルム・ヨゼフ・フォン・シェリングなどが哲学的基礎付けを行い、アウグスト・ウィルヘルムとフリードリヒのシュレーゲル兄弟が指導的な批評家として新世代の文学者たちに影響を与える。イギリスにおいては、ウィリアム・ワーズワースとサミュエル・コールリッジが、詩論の分野でもロマン主義的な批評原理を展開している。マシュー・アーノルドは、グレコ・ローマン以来のヨーロッパ文学全体を視野に入れながら、宗教や倫理と文学の関係を追求している。フランスでは、最初の職業的な文芸批評家シャルル=オーギュスタン・サント=ブーヴが、心理主義的な立場から作家の伝記研究を作品分析と融合させ、新聞に連載した『月曜閑談』(1851~62)および『続月曜閑談』(1863~70)において、近代的な批評を確立する。デンマークのG・ブランデスは、『19世紀文学の主要思潮』(1871~90)で、ヨーロッパ文学の相互影響を広い視野で把握している。アメリカではラルフ・ウォルド・エマーソンやエドガー・アラン・ポーなどが、ロマン主義的な原理に基づいた詩論を書いている。
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