4:11 森毅を思え

文字数 4,448文字

ⅱ 森毅を思え
 以上の10の方法論から明らかだが、佐藤清文の批評は時代的、あまりに時代的である。「作者の死」は読者中心の批評で、20世紀後半に他分野の主流派の発想と平行している。医療における患者中心や教育学の自動中心、経済学の消費者中心などがそうした例である。しかし、その後、それに対する批判が生じ、チームワークや協同、共生がキー・コンセプトとなっている。医師と看護師、患者はいずれも同じ目標を持ったチームであり、どれかに中心があるわけではない。佐藤清文の批評はこの流れに呼応している。作者と作品、読者の協同・共生を前提にしている。だから、佐藤清文は作者の意図を排除する「テクスト」という述語を好まない。「作品」を使うことが多い。

 もちろん、この10の方法も一般に知られていない。佐藤清文の名前さえ知られていないのだから当然だ。ここまで論じてきたことからも、佐藤清文が無名である理由もわかるだろう。こんなものを読む奇特な人もそういるはずもない。従来の批評に比べて、佐藤清文の文体は読者にとって感情移入しにくく、いささか不親切である。けれども、この文体が言及してきた方法論に基づき自覚的に構築されているとわかると、別の姿が見えてくる。近代化と共に形成されてきた日本語の暗黙知を明示化している。それは批評を書く際に使っている日本語自身をさらに知ろうと絶え間ざる取り組みだ。気がつかれないかもしれない。しかし、これは、もし気が向いたら、省みてもいいオルタナティブを追求する「もう一つの批評の世界(The World of Yet Another Criticism)」である。

子曰、「吾十有五而志乎学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲不踰矩」。
(『論語』為政第二)

 佐藤清文は「天命を知る」年齢をすでに超えている。批評をするために生まれてきたと自覚しているが、それが「天命」であるかはわからない。しかし、佐藤清文は汝自身を知ることを続けている。その都度、森毅がもういないことを痛感する。

 声高な狭量さが静かなる寛容さを圧殺しようとしている現代では、大量の問題が生み出され、滞積しすぎている。しかし、そのことを知らないと居直る者が増殖する。無知によって責任から解放されるわけではない。

“Mulier, non novi illum!”. Et post pusillum alius videns eum dixit: “Et tu de illis es! ”. Petrus vero ait: “ O homo, non sum!”.
Et intervallo facto quasi horae unius, alius quidam affirmabat dicens: “Vere et hic cum illo erat, nam et Galilaeus est!”.
Et ait Petrus: “Homo, nescio quid dicis!”. Et continuo adhuc illo loquente cantavit gallus.
Et conversus Dominus respexit Petrum; et recordatus est Petrus verbi Domini, sicut dixit ei: “Priusquam gallus cantet hodie, ter me negabis”.
Et egressus foras flevit amare.
(“Evangelium Secundum Lucam” 22: 58-62)

 無知とは知識がないことではなく、その自覚がない者や知ることに意義を見出さない者、すなわち自身への反省的態度を持たぬ者を指す。彼らは批評を嫌い、無視し、嘲り、罵倒する。インターネットは現実を増幅する。その浸透に伴い、無知の弊害も大きくなる。歴史上かつてないほど無知は禍をもたらしている。現代社会は無恥の反逆に試されている。

At first I was afraid,
I was petrified,
Kept thinking I could never live without you by my side,
But then I spent so many nights
Thinking how you did me wrong,
And I grew strong,
And I learned how to get along.
And so you're back,
From outer space,
I just walked in to find you here with that sad look upon your face,
Should I have changed that stupid lock,
Should I have made you leave your key,
If I'd've thought for just one second you'd be back to bother me,

Oh and now go !
Walk out the door !
Just turn around now,
'Cause you're not welcome anymore !
Weren't you the one who tried to hurt me with goodbyes,
You’d think I crumbled,
You’d think I laid down and died ?
Oh no, not I,
I will survive,
For oh as long as I know how to love,
I know I am still alive.
I got all my life to live,
I got all my love to give,
And I survive,
I will survive !

It took all the strength I had not to fall apart,
Kept trying hard to mend the pieces of my broken heart,
Now I spent oh so many nights,
Feeling sorry for myself,
I used to cry,
But now I hold my head up high.

And you see me,
Somebody new,
I am not that chained up little person still in love with you,
And now you felt like dropping in
And expecting me to be free,
Now I am saving all my loving for someone who's loving me.

Oh and now go !
Walk out the door!
Just turn around now,
'cause you're not welcome anymore !
Weren't you the one who tried to hurt me with goodbyes,
You think I crumbled,
You think I laid down and died ?
Oh no, not I,
I will survive,
for oh as long as I know how to love,
I know I am still alive,
I got all my life to live,
I got all my love to give,
And I survive,
I will survive, yeah yeah!
La la la la la ...
(Gloria Gaynor “I Will Survive”)

 汝自身を知れ!「人間を含めてすべての生命は体のなかに死をくみこんで生きている」(森毅『死を思え』)。– Haben sie uns verstanden? – Tsuyoshi Mori gegen Memento Mori...
〈了〉
参照文献
小栗康平、『映画を見る眼』、NHK出版、2005年
笠原潔、『西洋音楽の諸問題』、放送大学教育振興会、2005年
柄谷行人、『マルクスその可能性の中心』、講談社学術文庫、1999年
坂本龍一=村上龍、『EV.Cafe 超進化論講』、談社文庫、1989年
関根清三、『旧約聖書の思想』、講談社学術文庫、2005年
手塚治虫、『ぼくはマンガ家』、角川文庫、2000年
中沢英彦、『はじめてのロシア語』、講談社現代新書、1991年
ノースロップ・フライ、『批評の解剖〈新装版〉』、海老根宏他訳、法政大学出版局、2013年
森毅、『数学の歴史』、講談社学術文庫、1988年
同、『生きていくのはアンタ自身よ―佐保利流「人生」と「勉強」トラの巻』、PHP文庫、1992年
同、『人は一生に四回生まれ変わる』、知的生きかた文庫、1996年
同、『みんなが忘れてしまった大事な話―マイナスが実はプラスなんだという発想』、ワニ文庫、1996年
同、『変わらなきゃの話―時代の風を楽しんで生きよう』、ワニ文庫、1996年
同、『ゆきあたりばったり文学談義』、ハルキ文庫、1997年
同、『自分は自分「頭ひとつ」でうまくいく―森流“ものぐさ発想・はみ出し思考”』、知的生きかた文庫、1998年
同、『考えすぎないほうがうまくいく―“やわらか発想・寄り道思考”のススメ』、知的生きかた文庫、1998年
同、『時代の寸法』、文藝春秋、1998年
同、『二番が一番』、小学館文庫、1999年
同、『ええかげん社交術』、角川oneテーマ21、2000年
同、『年をとるのが愉しくなる本』、ベスト新書、2004年
ロン・ルチアーノ、『アンパイアの逆襲―大リーグ審判奮戦記』、井上一馬訳、文春文庫、1987年
DVD『ENCARTA総合大百科2004』、マイクロソフト社、2004年
「アナモルフォーシス」、『Wikipedia』、2019年3月8日確認
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/
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