第19話 少年の主張

文字数 2,474文字

「多分、それこそいきもの界全体から言えば、産むとか産まないとか、あんま関係ないんじゃね?」
少子化が国の喫緊の課題であるなどという時代において、高久の考え方は、それこそ反社会的なものだろう。
たが、そこに罪悪感なんか感じてる余裕は、小さな高久(たかく)には無かったし。
少なくとも、自分が入院している間、死にたくて死ぬやつなんか、誰もいなかった。
頑張りすぎるくらい頑張る子供ばっかりだった。
わがまま三昧で、言いたいこと言って、やりたい放題だった自分が珍しいくらいで。
彼らの代わりに、そうしていた部分もあったのだ。
そうしない、できない子供達の代わりに高久(たかく)は、叱られ、そして可愛がられていた。
病気で家族に多大な迷惑をかけている自覚がある子供達は、高久(たかく)のように問題行動は起こさない。
だが、高久は散々やって、怒られて、叱られて、それでも周囲に愛されていた。
それでも愛されるのか、と他の子供達には新鮮だった。
そうだ。もっと言いたいこと言え。やりたいことしろ。そんで、もっと可愛がられろ。
高久(たかく)の丸出しの行動は、確かに困ったものだったけれど。
高久(たかく)の問題行動を参考に、ほんの少しだけ我儘(わがまま)になった子供達に、看護師達は密かに喜んだ。
もちろん、その我儘(わがまま)高久(たかく)ほどではないが。
ふくれっ面で高久は続けた。
「だってよ。どんな子供産まれるかもわかんないじゃん。なんで都合良い方良い方に考えて、ちょっとポシャると、解散やら終わりなんだよ。いいじゃん、そのまま続けたって」
高久(たかく)がふくれっ面で続けた。
「俺、心臓悪いとか言われて何回か手術して。もう治ったって言われたらさ。母ちゃん、自分は責任果たしたからとか言って父ちゃんと別れたんだ」
そもそも無理のある結婚だったのだと父は言った。
いわゆる政略結婚で、大学を卒業してすぐに父と結婚した母は、兄を産み、そして年の離れた自分を産んだらしい。
「今はニュージーランドってなんか羊いっぱいいる国?そこで再婚して、新しい家族と暮らしてるらしくて。詳しくは知らないけど。前、テレビでやってたんだよね」
いきなりの告白に(たまき)は驚いた。
「な、なんで、テレビ!?
「よくあるじゃん、日本人の女が海外で現地の人と結婚して、どんな生活してるか、みたいな番組。たまたまやってたの見た」
確かに前夫の子としたら複雑な心境かもしれない。
「俺たちのことは、終わったことですからって感じに言ってたし。過去は忘れて前向きに生きてます、的なよ」
どのような意図で作られた編集の番組構成かはわからないが、そうか、それはショックだったろう。
「病気、再発したのは、お母さんは知ってるの?」
「父ちゃんが言うなって。別に言う気もないけど」
そういうことだったのか。
なんだか自分が思った以上に複雑な話のようで。
(たまき)は改めて、困難さを感じた。
「・・・ねえ。お互いの体が戻るかわからないよね。だから、それまでお互いの生活や体に慣れようって事だったよね、高久(たかく)
「うん・・・」
「今のところ、私、実感としてこの体使ってて、具合悪いな、とか無いのよ」
「俺も大して無かったよ。まあ、体育とか手抜いてたしな」
たまに胸が苦しいかな、と思った時に甘い味をつけたニトロを舌の裏側に放り込んでおくとそうのち治るのだ。
しかも、度々あるものでもない。
三ヶ月に一度くらいだった。
「すげー疲れたり、不規則な生活してるとなりやすいみたいだけど。そもそもたいして疲れる事しないし」
そっか、と(たまき)は頷いた。
「・・・心臓って不思議でさあ。私、学校で、ネズミの赤ちゃんの心臓が動きだす瞬間っていう映像見せられたことあんのよ」
まだゼリーかグミのようにしか見えない小さな塊の、これまた小さい飴みたいな心臓がいきなり、ピク、と動きだすのだ。
一度動いたら、鼓動は規則的に続く。
「心臓って、脳が命令出す前に最初に心臓が動くんだって。体を動かす機能は脳が全部やってるはずなのに、最初に心臓のエンジンかけるの自分なのよね」
自動細胞というものがあるらしいのだ。
それが、心臓に電気を走らせる。
「へえ。心臓すっげえな!」
「そう、すっごいのよ。あのね、うちのばあちゃん、すっごい元気だったの。肉や乳製品が好きだったせいか、筋肉質だったし骨密度高かったし。素手でタヌキとか鮭捕まえてたし。でも心臓が悪かったのよね。いつものようにご飯たらふく食べた後、猫抱いて寝っころがってるうち、コタツでぽっくりよ」
しばらく誰も気付かなくて。
猫も一旦寝だすと長いものだからそのまま一緒に寝ていたのだ。
母が、三時のおやつに好物のいよかんとカレーパンを持って行ったら、すでに心臓が止まっいたらしい。
「・・・それって、いい死に方じゃねぇ・・・?」
「うん。そうなの。近所の年寄り、羨ましがって拝んでたもんね。普通、心臓って苦しむしさ。で、うちのじいちゃん。昔から体が弱くて、胃腸弱いだの喘息だの肝臓が悪いのだの通風だのいろいろ小病気タイプで。毎年正月に餅食って死ぬ死ぬって言いながらご健在なのよ。つまり心臓が強いかららしいの。人間って、心臓が動いてるうちは生きてるのよ。でも、心臓っていうのは、突然止まるの」
高久(たかく)が、表情を変えた。
「あんたはまだまだ生きれるのよ。私の三十代の体なんかより、もっと長く。ならば、私、あんたにもっといい状態で返してやりたい。手術が嫌だって言うなら、私がこのまま受けるから。・・・どうしても、どうしても仕方ないならば、受験だって、就職試験だって代わりにやってやってもいい。だから、今はとりあえず治療しようよ」
有無を言わさぬ口調で(たまき)がずいっと迫った。
高久(たかく)がしばらく考えてから、観念したように頷いた。
「わかった。・・・じゃ、俺は。俺も、その、不妊治療した方がいい?なんかよくわかんないし、怖いのと痛いのは嫌だけど」
「ううん。しなくてもいいよ。だって、夫の意思もあるでしょうし。話してみないと」
「だな。まあ、リングの上にも出てきてねえからな、アイツ。ちょっと喋ったけどさ、どーも小心者で外面良いっぽいよな。でも、不良になったのかと心配してくれて親切でいいヤツだった、うん」
環は苦笑した。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

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