第8話 マル秘ノート

文字数 2,078文字

  騒ぎを聞きつけた警備員を伴ったスタッフが、駆け付けてきた。
「何かございましたか?言い争いと物音が聞こえたと連絡があったんですが・・・」
訝しげな警備員に、一ノ(いちのせ)白鳥(しらとり)がドアから顔だけ出して頭を下げた。
「・・・すみません。どうもテレビの音が高かったみたいで・・・。ね、白鳥(しらとり)先生」
「・・・あ、はい。・・・私が椅子を蹴って転んでしまいまして・・・」
そうですかと、スタッフと警備員は頭を下げて帰って行った。
ドアを閉めると、一ノ(いちのせ)は引っ張られて床に倒れた。
白鳥(しらとり)も、もんどり打って転がる。
二人の脚にはヒモが括りつけてあった。
その長く伸ばされた端っこは、高久(たかく)が握っていた。
「・・・よし。行ったな」
「・・・金沢ァ、こんなことして・・・・タダで済むと思ってんのかあ・・・」
「おっ。まさに悪人が言うセリフだな。それ」
ケタケタと高久(たかく)が笑った。
上半身こそアロハ姿だが、下半身はスボンと下着まで脱がされた一ノ(いちのせ)白鳥(しらとり)は、床の上でヒモがからまり身動きが取れなくなっていた。
騒いでいるのを不審がられ、人の気配を感じ、そのまま一ノ(いちのせ)の部屋に入った。
(たまき)は、上司二人の下半身が気になって、伏目がちで叫んだ。
「・・・たか・・・じゃなくて、金沢先生。もう、やめてよ・・・。どうすんの、これ・・・」
「どうって。どーすっかなあ・・・」
にやりと笑う顔はまるで悪魔のようだった。
「そ、そうか・・・わかったぞ・・・。金沢。お前、高久(たかく)と男女の仲なんだなっ!?だから、突然強気に・・・」
「バーカ。んなわけねえだろ。おめーんとこの姪っ子じゃねえんだからよ。あー、白鳥(しらとり)センセイも知ってるよなあー?」
「・・・は?・・・(ゆかり)が、なんの関係が・・・」
「・・・ちょっと、やめなさい・・・」
(たまき)高久(たかく)の腕を叩いた。
「ユカパイ、いろんな生徒とヤッてんの知らねーの?」
「やめなさい!」
(たまき)が声を荒げた。
「・・・金沢(かなざわ)先生、(ゆかり)先生は今関係ないでしょう?」
「・・・なんだよ・・・」
ちょっと意外そうに高久(たかく)は肩をすくめると、どれ、と一ノ(いちのせ)に向き合った。
「・・・んじゃま、そういうことだから。関係ねえってさ」
「・・・か、関係なくないっ。・・・なんだ、どういうことだ・・・」
「ま、今はこっち優先してよ」
高久(たかく)が、ぐいっとまた紐を引っ張る。
「とりあえず。落とし所みつけようじゃん。まず、白鳥(しらとり)センセイのせいで、高久(たかく)君とアタシが沼に落ちて、高久(たかく)君は死にそうになったんだよね。責任なすりつけられそうになったアタシがアンタに強姦されそうになった、のを、高久(たかく)君が父親に言う」
「・・・なん、だと・・・?!」
「ほぼ事実だろがよ。聞けよ。・・・もひとつは、アタシと高久(たかく)君は沼に落ちましたが、白鳥(しらとり)センセイも園長センセイもカンケーありません。つまり、金沢先生と高久(たかく)君は、今までもこれからも園長先生の大事な部下と生徒です。・・・学校生活これからもがんばります。勿論、修学旅行楽しかったと高久(たかく)が父親に言う」
「ちょっとアンタ何言ってん・・・」
(たまき)高久(たかく)をつっついたが、知らんぷりだ。
一ノ(いちのせ)が口を開いた。
「・・・そうして、くれるか」
「おう。・・・な?高久(たかく)くん」
「・・・・・え・・・」
「いいよな?いいんだよ!」
「・・・あ、ああ、うん」
「オッケー。んじゃそう言うことで」
紐の端を一ノ(いちのせ)に渡すと、高久(たかく)は立ち上がった。
高久(たかく)くん、行きましょう。・・・白鳥(しらとり)先生、園長先生、これからもよろしくお願いしまぁす。・・・あ、あと土産代出せな。みんなの分」
「・・・は、はあっ?何をバカな・・・」
「出すよな?な、全員分。・・・言うぞ、言うかんな?」
「・・・わかった」
よっしゃと、高久(たかく)(たまき)の腕を引っ張って部屋を出た。

 翌日翌々日は石炭と化石の博物館や、水族館、市場等を周り、宿は変えずの工程だったので、助かった。
いつも嵐のように喧しい学生たちだが、海辺に残る震災の傷跡を見て、静まり帰ったのが印象的だった。
(たまき)は帰りのバスで、高久(たかく)に渡されたノートを開いた。
表紙にマル秘ノートという思わせぶりなタイトルが付けられているのが全くばかばかしい。
家族構成とか、何か気をつけなければいけない事を書き出してくれと言って自分の分は渡していた。
最初は元気いっぱいでバスガイドと一緒にゲームをしたり、さかんに飲み食いしていた生徒達だが、バスに揺られて、すっかり寝入ってしまっていた。
「ええと・・・名前は高久五十六(たかくいそろく)・・・知ってるっつうの。・・・五月十六日生まれ」
生年月日が名前の由来のようだ。
「趣味、ゲーム、アニメ鑑賞。・・・あいつオタクか。好きな食べ物、ハンバーグ、カレー、ラーメン、丼物、あんこ系スイーツ。嫌いなもの、辛いもの。酢の物。若いのにあんこ好きなんだ。ふーん・・・って。・・・もっと役に立つこと書けよ。普段の行動とか。・・・家族構成。父、兄。名前。父、九十九(つくも)、会社員。兄、一三(かずみ)、会社員・・・ああ、皆、生年月日が由来なんだ・・・」
もっとこう、人となりとか書いて欲しい。
最後の一文に目が止まった。
「・・・どっちもあんまり家にいないから大丈夫、か」
ここんちも、大丈夫じゃないみたいだ。
気が重いまま、(たまき)はノートを閉じた。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

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