第3話 我こそは毘沙門天

文字数 1,940文字

「我こそは、仏神(ぶっしん)天部十二神将(てんぶじゅうにしんしょう)毘沙門天(びしゃもんてん)である。・・・見るだに知性、教養も低いそなたらでは我を知らぬでも致し方あるまい。・・・でもまあ、ここ、毘沙門(びしゃもん)沼だしね?そんな名前の沼でさぁ、普通、キリスト殿出てくるわけないから。そのあたり、常識でわかるよね?・・・さて、金沢環(かなざわたまき)よ」
え、と顔を上げた。
「私のこと、ご存知なんですか・・・?」
「うむ。ほれ」
と巻物を見せる。
おそらくどこの国の人間にも分からない虹色の文字で、つらつらと文字が書き綴られてあった。
「あー、えーと。・・・そなたはまず、生後のお宮参りやら、七五三はお稲荷(いなり)に挨拶に行ったな。で、元旦には近所の観音(かんのん)様に詣でておる。で、受験合格願いに天神(てんじん)殿に参ったか。ほほー、はるばる太宰府(だざいふ)まで。そうじゃな、受験のメッカじゃものな。ま、お前の志望校なら、近所の文殊(もんじゅ)様で良かったんじゃないのか、コレェ?」
・・・失礼な。
そして、メッカとか。良いんだろうか、言って。
「太宰府天満宮は、高校の修学旅行だったので・・・」
まあ、カトリック系の学校だったのに、天満宮に学年皆で受験合格祈願に詣でたのだから、それもお互い様か。
「結婚式は、日枝(ひえ)神社の神主が執り行っておるな。ふむ。これは、またなんで?」
「ああ、ええと。あの、結婚式を挙げた式場のホテルで、何箇所か神社と提携してまして。で、うちはたまたまその割り当てで・・・」
「あーそういうことね。なるほどね。ふうん。あそこの巫女舞イイっていうものなあ。・・・で。最近はどうなのじゃ?結婚式以来、なんの動向もないからこっちも把握してないんだけど?」
ずいっと迫られた。
不誠実をなじられたようで、気が引ける。
「それは・・・すみません」
「ん、いいのいいの。責めているわけではない」
元旦のお参りすら、寺社仏閣はどこも遠くて行っていない。
素直に不義理を詫びた。
「なんていうかな。うーん。一応、ログインみたいなもんだからね。たまにどっか寺社に足跡つけてけっつうか」
「ログイン、ですか・・・。あの、お寺でも神社でもいいんですか?」
「うむ。・・・わたくしも、本来仏の使いじゃ。・・・んー、ただのう、お前はミッション系の学校卒業であるし。職場にチャペルがあるであろう。だから、一番はそこが使い勝手はいいと思うのじゃが・・・。まだまだそっちとは歴史が浅く、不具合が生じることも多くてなあ・・・。まだちょっと勝手が合わぬ。ま、おいおい擦り合わせていくとして」
「んー、あれだな!ウィンドウズとマックの差みてぇなもんだな」
「んっ!ボウズ。そうそれじゃ」
・・・・そうなの?
「で。問題はそなたなのじゃ、少年」
「へ、俺ですか?」
高久が目を丸くした。
「うむ。そなた、百日参りは、父方の地元の浅間(せんげん)様でしておるな。七五三は母方の地元の成田山(なりたさん)。・・あとはどーもはっきりせんのだが?こういうのが困るんじゃよ。なんとかしてやりたいんだけどのう。記録がないとのお。ほら、うちも書類で仕事してるから」
今度はまるで役所の市民課の職員のようだ。
高久(たかく)は首を傾げた。
「・・・うーん。俺、どうなのかあ?かあちゃんのほうのひいばあの葬式で何回かお寺には行ってるような気がすっけど・・・」
「お前そりゃ、ひいばあさんの為の葬式だ。人のログイン名でプレイはできんからな。別アカ禁止だし」
「・・・そすか?そうっすよね・・・」
「左様。ん、でもちょっと・・・。まあ、仕方ないわな」
何か気かがりがある様子だったが、彼は巻物をくるくると蒔き直した。
「昨今はこういうヤカラが激増につき、こちらでも柔軟に対応すると決まったんでな。打たれ弱い世代だからな、怒ってはならぬ、褒めて伸ばすのじゃ!」
後ろの方でずっと楽しげに高久(たかく)と喋っていた鯉が、時代ですわよねえと口を挟む。
「その通り。時代じゃ・・・。こうして現場の者がガミを食う・・・」
さて。と毘沙門天(びしゃもんてん)が、二人に座れ、と促した。
高久(たかく)(たまき)は、毘沙門天(びしゃもんてん)の前に正座をした。
「間抜け・・・いや、不運にも、その方らは、我が水辺で命を落としたわけであるが」
エッと二人は顔を見合わせた。
「し、死んじゃったんですか・・っ?!」
「うっそ!!マジかよっ?!まさか俺、こんなとこでこんなんで死ぬなんて想定外だっ!」
失礼ではないか、こんなとこなんて、と鯉がくるくると舞った。
「だ、だめです!・・・この子、まだ十七なんです。普通に考えて、あと五十年以上生きれるのに・・・。なんとかなりませんか?!あの、私はもう仕方ないにしても、生徒は・・・。そ、それにこの子、来年受験なんですぅぅぅぅっ!」
環はがばっと毘沙門天(びしゃもんてん)の足に取りすがった。
生まれてこの方、男にすがった経験はない。
そんな事するとも考えた事も無い。
しかも甲冑姿の男になんて、なおさらだ。
だが、なりふり構っていられなかった。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

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