第4話 初めて縋った男
文字数 3,592文字
「・・・ババア、何やってんだよ・・・・!?は、恥ずかしいから、やめろっつうのっ!」
しがみつく
まさか人生初めて
「・・・こ、これェ!離さぬか・・・!」
「あなた神様なんだからお願い聞いてくれてもいいですよね?!私だってたまには神社とか行ってるじゃないですか?!それに、私、実家の神棚だってたまにはお水替えたりお米あげたりしてました!!」
「・・・水とコメって・・・おぬし、鳥の世話ってわけじゃないんだからな・・・。おぬしは事務的で心がないわ。・・・すまんが、無理じゃ、無理!のほほんとした人間の言うことなんか聞いてられんわ」
「神様、自分の名前の沼で二人殺しといてそれはないじゃないですか?!大体、神様なんでしょ?!こんな事故未然に防げないんですかっ!!」
「ふ、二人殺し・・・!?・・・何と人聞きの悪い・・・」
ほとほと迷惑、という顔で
女に追い
「この子ね、こんなわけわかんない見るからにバカっぽい感じですけど、さっき落ちたのだってね、私のこととっさに助けようとしたからなんです!」
足元が崩れた時に、腕を引っ張られた感覚はあった。
間違いなく、あれは
確かに、
だが、助けようとしてくれた
今まで
「神様!先生だってな、大変なんだよ。だってな、こいつ、いつまでたってもババアになるばっかで下っ端なんだもんよ!」
最悪だろ?!と高久が吐き捨てた。
「教えてる科目もよ、全然受験に関係ねー、エッチなことだろ?!あと、保健室だってよ、別にたいしたことやってねえしよ。看護師でも医者でもねえし。マジで、ただの保健室に居るおばちゃんだもんよ?!」
ちょっとちょっと・・・。
環は唖然として
「だから、園長なんかこいつのこと、まじでザコくらいにか思ってねえし。園長のオヤジの理事長なんてこいつの名前すりゃ知らねえよ?だってザコだもんな。学年主任のオッさんだって、当然のようにパシリにこき使いやがってよ。若くてボインでかわいい先生にはデレデレしてどっかの土産のお菓子とかあげてるくせによ?!んで、そのコーハイの若い女は、こいつの言うことなんかシカトしてんだからよ!?」
・・・・うわあ。なんか私、悲惨。
ひどい職場・・・。
なんで辞めないんだろう。
自分でも、わかっていたつもりだが、人に言われるとものすごくショックだった。
「なんか、カワイソーじゃねえか。ババアで、下っ端で、ザコでよー・・・。その上、こんな沼に落っこって死ぬなんて、自分だったら嫌じゃねえ!?ああ嫌だ!俺だったら耐えらんねぇ!」
「・・・ちょっとちょっと、アンタ、いくらなんでも・・・・・・」
「本当のことじゃねえか!」
だから止めてほしいんですけど・・・。
こんなことを聞かされた方だって困るし余計印象悪いじゃないか。
しばし考え込んでいた
「そうか・・・
女性に対する古代の尊称で呼ぶと、
「確かに。それは儂もわかる。あちらをたてればこちらがたたない。まことに、世はしがらみいっぱいで、
「・・・神様の世界まで世知辛いのかよ・・?」
「うむ。一神教は一党独裁で恐ろしいものだが、多神教も縦社会ではあるので、もちろん上に文句どころか意見等できない。同時に横のつながりを軽んじようものならフルボッコじゃ」
壮絶な縦社会で、かつ出る杭は打たれるらしい。
「そうか、
本人に向かって、この人達、ひどくない?
「あの、ちょっと・・・」
「わかる、わかるぞ!儂とて同じじゃ。上司には、イエスかはいしか許されぬ・・・」
遠い目をする。
「・・・よし。わかった。儂も中間管理職。感じ入る部分もある」
「神様、一番偉いんじゃないのかよ」
「何を申すか。儂なんぞなあ、割と下の方じゃ。今ほども、実は
外回り中に隠れて休憩する営業マンのようだ。
「なんだよ。神様もパシリかよ・・・。あんただって部下がいんだろ。パシらせりゃいいじゃん?」
へっと、
「そりゃ部下はいるがの。・・・言ったことしかしない、やらない。自分の仕事じゃないってな。じゃ、雑務は誰やるんじゃい!?・・・儂じゃ。・・・その上、ちょっと叱りつけると、出てこなくなる。謎のコンプラ違反にこっちはビクビクじゃい」
「なんだよ。部下ゆとりちゃんかよ。俺の仲間だわ」
「上司は勢いばっかりあって、思いつきを押し付けてくる始末。結局、待遇も変わらぬまま仕事と責任ばかりが増え、儂はいつまでも兵隊じゃ」
ああ、と
「・・・致し方あるまい。そなたらが、雷に驚いて沼に落ちたとなれば、儂の責任でもある。儂は
「なんだよ。ほぼ神様のせいじゃねえか?」
「・・・こ、これも奇縁だのう。・・・そなたらの魂が肉体を離れてまだ時間も浅い。・・・特例である。来し方に戻るが良い」
「生き返らせてくれんのかっ?」
「ありがとうございますうーーーっ!」
今まで心配そうに見ていた鯉が、嬉し気に飛び跳ねた。
「神様の御慈悲じゃなぁ!良かったのう。ならば、そなたら、急ぐがよい。・・・私が浅瀬まで案内してやろう」
「うむ。早い方が良い。他の者は皆、心配しておるのだろう。・・・では、目を閉じよ、口を開けよ。・・・息災でな」
言われた通りに目をぎゅっと閉じ、口をかぱっと開けた、一瞬後。
空気が出て水を飲んだと逆に、今度は、水が体の中から、出て行く。
空になった肺が、空気を求めて膨張したのがわかった。
沼に落ちてわずか数分後、
というか、自分で地の上に這い上がった。
「なんだべなあ。こんな沼に落っこぢた人は、ここしばらくいねえよー?」
地元の土産物屋のおじちゃんが、気の毒そうに頷いた。
膝の上で手製の花柄のちゃんちゃんこを着せられたキジトラの猫がごろごろと喉を鳴らしている。
どうやら溺れるほどの時間水中にいたわけではないらしい。
しかも、なんだか夢を見ていた気がするのだが。
人は溺れていても寝るのだろうか。
ああ、意識がなかったのか。
幻覚というやつか。
顔面蒼白の学年主任の白鳥の黒目が上下左右に動いている。
「・・・いや、これは、事故で・・・いや、事故でも困る。いや、過失で、いやええと・・・」
「ふざけんな。テメーが押してこいつら池に落ちたんじゃねえか?!」
生徒達が
「いやっ、突然雷がなったから・・・」
「責任転嫁すんのかよ。事件だろ、事件っ」
もはや口も開きたくない
とにかく寒くて体がガタガタ震える。
「あのねえ、あんたら。ここらじゃそれは、事件とか事故とか責任問題とかじゃないんだよ。・・・ただのまぬけな話で終わり。・・・あーぁ、頭までびちゃびちゃ。タオルで拭いて、ほら。風邪ひいっちゃうよおー。かわいそうにぃ」
なんとか工務店と書いてあるタオルで、奥方と思われるおばちゃんが頭を拭いてくれた。
すいません、と頭を下げる。
おじちゃんの腕の中のキジトラの猫が、バ~カと鳴いた。
「ま、とは言っても。とにかくちっと謝ったほうがいいんでねえの。・・・先生も悪ぃなら」
そう赤の他人に促されて、
「・・・申し訳、なかった」
一同は不満だったが、おばちゃんは、はいはいと
「あんたら着替えはあんのがい?」
そう言われて、はっとした。
そうだ、衣類の入ったバッグはバスの中だ。
どこかトイレでも探して着替えなければ。
「・・・ほんとにいろいろ、すみません・・・・」
しかし、とんだ引率になってしまった。
立ち上がった時、うおおとも、うああとかまた声が上がった。
今度は何だと目を向けた時、なぜか・・・、ブラジャー姿の自分がこっちを見ていた。
大きな鏡だろうか。
いやしかし、服なんてまだ脱いでないし、なんでそんな白目向いてこっちを見ているのか・・・。
鏡の自分と目が合った、と思った。
それは自分ではなく。いや、自分なのだが。
そして、気付いた。
自分は、ずぶ濡れの黒いジャージで、なんちゃらデザートのスニーカーを履いていた。