第22話 老婆の霊

文字数 2,109文字

 (たまき)は久々に自分の手料理をテーブルに並べた。
筑前煮、鯵の南蛮漬け、イカと里芋の煮物、おから煮、かぼちゃ煮、甘唐辛子の煮浸し。ひじき煮、切り昆布炒め、大根餅、赤貝とあさつきの辛子酢味噌和え。
品数はやたらとあるのだが、確かに法事の飯と高久が評しただけはある。
明日、本屋に寄ってもうちょっと華やかな料理本を買ってこよう。
四十代を見据えた三十代の自分ならこの食事が実に健康だと思うのだが、現在十七歳の肉体の自分では体を維持出来ないのではないか。
男子高校生というのは、もっと高プロテインで高エネルギーのアスリート飯みたいのを食べた方がいいのだろうか。
だが、別に運動部でもない。
「ま、とにかく魚を食べよう。頭が良くなるように。高久の脳をちょっとでもスキルアップしなきゃ。来年受験なんだから。血もサラサラになるし」
できればそれまでにこの体とおさらばして、自分の体に戻りたいものだが。
それも考えなくちゃ。どうしたらいいんだろう。もういっそそれこそ怪しげな祈祷師やら霊能者のところにでも行ったほうがいいのだろうか。
雑穀ご飯も炊いた。味噌汁はわかめと豆腐にした。
今日は面倒だからこれを食べるとして、明日はしなののお見舞いに行った帰りに魚でも買ってきて焼こう。
自宅ではこんな感じで、常備菜をメインとした食事をしていたのだが、全てはなんだか遠い昔のようだ。
「はぁ、考えても仕方ない。・・・とりあえず落ち着くババ飯でも食べるとしますか」
いただきます、と手を合わせた時、ドアが開いた。
「・・・・お、とう・・・さん!?お、おかえりなさい・・・」
手にケンタッキーのバケツを持った高久の父が立っていた。
彼は呆然と食卓にずらりと並んだ小鉢と息子を交互に見比べている。
「・・・ちゃんとしたもの食ってんだな・・・」
信じられないという様子で彼はチキンを手渡した。
受け取ると、香ばしい香りがした。
うまそうな匂いに男子高生の体がうずうずとした。
「ありがとうございます。わー。おいしそうーー」
九十九(つくも)は、しなのが入院したと聞いたので、次男に差し入れでもと思って買って来たのだが。
「いや、なんだか、こんなの余計だったか?」
口座にある程度の金は振り込んであるし、家族カードを渡しているし、必要なものは自分で買うだろうとは思っていたが、これはどういうことだろう。
父親は改めてテーブルのお惣菜を凝視した。
法事専門の仕出し屋にでも頼んだのだろうか。
「お父さん、ごはん食べましたか?」
「え?いや。まだだけど・・・」
「良かったら、食べませんか。いっぱい作ったから!」
(たまき)はこれは良い機会だと喜んだ。
家族の団欒(だんらん)はまず食卓から、というではないか。
ナイスアイディアだ。
チキンを手にキッチンに引っ込んだ環はお盆に乗りきらないほどの小鉢を運んできた。
言われるまま高久九十九(たかくつくも)は、小さなナッツのようなものがいっぱい入った飯と味噌汁を出されて、テーブルに並べられた皿を見てもまだ、詐欺にあっているような気分で。
「す、すごいな・・・・」
どこでこんなものを覚えてきたのだろう。
「あの、さ。なんでこれを作ろうと思ったんだ」
え、だって普段作ってるから・・・と思ったが、はっとした。
そうだ、確かに、男子高校生が自炊として作る系統ではない。
大抵は、カレーとかチャーハンとか、牛丼と言ったところだろう。
「えーと・・・おふくろの味、的な・・・?」
それらしい言葉を選んで言ってみた。
「はあ?これ、お前のおふくろの年こえちゃってるだろ・・・?俺の母親、いや、ばーさんが作るような飯だぞ・・・?」
「・・・あー・・・そっかあー・・・?」
私、おばちゃん超えちゃっておばあちゃんなのかな、と環は何だかがっかりした。
「・・・うまいな・・・」
しみじみと九十九(つくも)は言った。
「・・・そうか・・・。いそは、ばあちゃん子だったもんなあ・・・」
感慨深い様子だった。
「あ、それ雑穀米なんで。体にいいですよ」
「・・・雑穀・・・?」
九十九(つくも)は不思議そうに飯茶碗から雑穀米を口に含んでいた。
(たまき)は夢中でフライドチキンにかぶりついていた。
久々に食べたらやたらうまい。
この骨を取っておいて、あとで鶏ガラスープをとろう。
食事を済ませると、環がお盆に乗せた湯呑みを持ってきた。
「ほうじ茶いかがですか?」
九十九(つくも)は、湯呑みを受け取ると、一口すすった。
「・・・なんだこれ・・・うまい・・・」
普段ほうじ茶なんて飲まないからだけではないだろう、これはやたらとうまい。
自慢ではないが、嗜好品にはこだわりがある方で、酒もコーヒーも日本茶も、最高級のものを日常嗜(たしな)んでいる。
これはよほどいい茶なのだろうか。
「そんな高いほうじ茶買えませんよー。賞味期限が先月で切れてるお葬式で頂いたっぽい緑茶を棚から見つけたんで、自分でさっき焙じたんです。あと、甘酒炊いたので良かったら味見しますか?」
息子は、デザートに梨があるんです。豊水お好きですかー?と言いながら、キッチンに消えていく。
・・・・一体全体、どうしちゃったんだろうか。
確かに、高校生の息子である。しかし、離婚して実家に帰って来た妙齢の出戻り娘のよう、いや、まるで、老婆の霊が取り憑いているかのような様子に父は首を傾げるばかりだった。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

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