第23話 音楽教師の告白

文字数 3,313文字

 翌朝、(ゆかり)は出勤すると職員室で(たまき)の姿を見つけて、近寄ってきた。
「おはようございます。サロン早速行ったんだ。・・・髪、ずっといいですよ」
正直な感想らしい。
通勤用パンプスから、なぜかより高いヒールのミュールに履き替えながら(ゆかり)がそう言った。
「・・・これ」
高久(たかく)は箱をぐいっと押し付けた。
一応、お礼のつもりだ。
「昨日、帰りに買ったから」
「ケーキ?ホールで?うれしい。ありがとうございます」
(ゆかり)は笑顔になると、油性ペンで箱に自分の名前を書いて、音楽準備室の冷蔵庫に入れておくと言った。
「どうでした。担当のひと。誰にやってもらったんですか?」
「アキラってひと」
ぶっきらぼうに答えると、ぱっと(ゆかり)の顔が輝いた。
「アキラさん、手が空いてたんだ!上手だったでしょ?私も先週行ったから、再来週また行くんです。アキラさん、優先的に予約取ってくれるから」
「そりゃ当然じゃん。指名料かかんだから。アキラ指名料五千円だったもん」
まるでホストクラブやキャバクラ並みに指名料の一覧があった。
アキラはオーナーだからもちろんトップだったが。
「・・・・(たまき)先生・・・」
「あの男はやめとけ」
え、と(ゆかり)が一瞬、(ひる)んだ。
高久(たかく)はまっすぐ(ゆかり)を見た。
「・・・(たまき)先生、放課後、ちょっとお話しませんか?」
高久(たかく)は、断りたい気持ち半分のまま、うんとだけ頷いた。
 
 放課後の音楽準備室で、高久(たかく)(ゆかり)と向かい合っていた。
ここに入るのは久しぶりだ。
数えてみれば、今まで三回だけ。
いかがわしい行為に及んだ時のみ。
(たまき)には一回と嘘をついたが。
三回半関係があった。
いつも頭に血が上っていたから、こんなにいろいろ物があったのには気づかなかった。
楽器や楽譜が棚に積んであった。
最後は、(ゆかり)に、もう二度と入んないでよね、と言われてこの部屋を叩き出されたのだが。
また入ることになるとは。
「これ、食べません?」
(ゆかり)は冷蔵庫から今朝貰ったケーキの箱を取り出す。
五千円する和栗のモンブランは、大仏の頭のように栗が埋め込んである。
「合宿の時に使った紙皿と紙コップあるんです」
言いながら、どこからか取り出した包丁でケーキを切っている。
「ほ、包丁・・・あるんだ・・・?」
「何かと便利なんで」
「・・・ふ、ふーん・・・」
無理やり追いすがって刺されなくて良かった・・・。
「フォーク無いから、割り箸でいいですよね」
案外、雑な女らしい。
紙皿に取って割り箸で食べることとした。
普段皿もコップもフォークもないのに、包丁はあるあたりが恐ろしい。
「・・おいしい」
(ゆかり)の口元がほころんだ。
「うまいよね。これ、伊勢丹の地下で売っててさあ」
「へえ。デパートなんて最近行ってないなあ~。駅ビルとか、ファッションビルばっかり。実際買い物はネットだしなあ」
「ふうん」
「環先生、結婚して何年ですか?」
「えっ!?・・・えーと、五年目・・・?」
二十六で結婚したと言っていたから。
「そっかー。いいなあ・・・あー、結婚したい・・・」
「ええ!?
結婚願望あるんだ?!そうは見えないけどなあ・・・。
「なんですか、ええって・・・?」
「えっ?!だってほら、(ゆかり)先生、まだ若いし、モテるだろうしぃ・・・?」
(ゆかり)がちょっと肩をすくめた。
否定しないあたりが腹立たしい。
普通、謙遜するだろ。
どういう神経してんだ。
「・・・・生徒に手を出してるし?」
「えっ?うん。あ、・・・いや、ハイ・・・・」
(ゆかり)がミュールを脱いで椅子の上に胡座(あぐら)をかいた。
(たまき)先生、私ね、学生の頃からあのお店通ってるんです」
「え?ア、アキラの店?」
「そう。その時からずっと好きで。・・・奥さんとちっちゃい子いるのも知ってて。私から誘ったの」
「ええ?!あんたらマジで付き合ってたの?!
半分カマをかけたのだけど。
「といっても。本当にたまに呼ばれた時に会えるくらい。でもね、いつ連絡来るかわからないでしょ。週末かもしれないし、平日かもしれない。だから、自分の予定なんか何も入れないでずっと待ってたの」
・・・・ああ、わかる。自分と一緒だ。
(ゆかり)から気まぐれに来る連絡をドキドキしながら待っていた。
「呼ばれて行くでしょ?そうすると、違う女の子と一緒にいたり。行ったのに、他の女の子から連絡来たりすると、じゃあねってそっち行っちゃったりして」
「・・・うわー、すげえクズッぷりだなあ・・・ひくわー・・・」
「でしょ? ・・・でも、もっとひくじゃない、そんなのに必死な女なんて」
ああ、そうか。
だから、こいつ、いっつも過剰に着飾ってるんだ。
いつアキラから連絡が来てもいいように。
さすがいつもなんの予定もない(たまき)とは違う。
「私ね、男でイライラすると別の男で解消するタイプなんです」
・・・・・ひどい。
改めてハートを切り裂かれたような気分だ。
「生徒ね。私が来てって言うと・・・うきうきして来るのよ。コドモのくせに。・・・自分見てるみたいで、嫌だったなあ・・・」
ああ、自分の事だ、と高久(たかく)は気付いた。
(ゆかり)から連絡が来るといつも舞い上がっていたから。
「・・・あのさ。なんで生徒なんだよ。結婚したいんならさ、普通のヤツと付き合った方が効率いいじゃん」
だって、と(ゆかり)が下を向いた。
「誰かと付き合っちゃったら、アキラさんとこ行けないじゃない。あ、もう、今は生徒に手は出してないからね。言っとくけど」
「じゃ、アキラとは、もう()めんの?」
それは、と(ゆかり)は歯切れが悪かった。
「・・・・わかんない。連絡きたら、多分また行っちゃうかも。・・・まああんまり来ないんだけどね。・・・ただ。話せてよかった。こんな話でも、誰かに話せて嬉しい」
なんで誰にも話も出来ないような恋愛ばかりずっと続けているのか。
好きだからだ。相手もそうだと信じたいからだ。
高久(たかく)(うつむ)いた。
「すいません、ちゃんとした奥さんの(たまき)先生にこんなこと話して」
(たまき)の結婚生活がちゃんとしてるかどうかは別として、(ゆかり)が誰かに話したかった気持ちはよく分かる。
「いや。いいよ。大丈夫。・・・あのさ。ひとつ聞いていい?・・・私のクラスの、高久(たかく)の事なんだけどさ」
「え?はい・・・」
(ゆかり)は、ちょっと困った顔をした。
「なんで、高久(たかく)に声かけたの?」
不思議だった。
(ゆかり)に嫌われた理由はさっき分かった。
自分に重なって、惨めだったからだ。
そもそもそれほど好きでもなかったろうが。
それだけ聞いたら、すっかり諦めようと思った。
少なくとも、好意を持ってくれたということだから、それは素直に嬉しかった。今でもそう思う。
ただ、その好意が何だったのか、いつからだったのか、それが知りたかった。
(ゆかり)は、照れたような顔をした。
「・・・最初見た時に思ったの。あの子、ほら、アキラさんに、ちょっと似てない?」
目元とか、じっと見る時ちょっと眼を細めるところとか・・・。
もじもじと頬を染める。
高久(たかく)はあまりの事に立ち上がっていた。
「はぁぁぁぁっ?!オメー!アキラアキラっていい加減にしろよなあっ!!どこが似てるんだよ!?眼を細めるのはあいつは老眼だからだっ!!ああいうのはよ、かっこいいんじゃなくて雰囲気かっこいいっつうんだよっ。密室の中とか、蛍光灯の下とか、画像だから何かそんな風に感じるだけで、日中外で見てみたことあんのか!?
「・・・・だって・・・・!」
日中会ってくれることなんて、無かったもの・・・。
「だろ?!太陽の下の・・・昼間の河川敷にでも出してみろよ、見れたモンじゃねえぞっ!?
突然の同僚の怒髪天を、(ゆかり)は驚いて見上げていた。
「・・・いいかっ。目を覚ませ!?元カレの元カノの元カレの元カレ・・・あ、なんだっけ・・・そんなんなぁ、何やってっか、わっかんねーんだぞっ。おめーはとりあえず、病院に行ってこいっ!!話はそれからだっ!そんな下半身が忙しいやつ、あぶねえだろうが!?そんないい加減なやつと付き合ってると、性病で死ぬぞ、お前っ!!
「え・・・ええっ!?
どうしよう、と(ゆかり)が手で口を覆った。
「た、(たまき)先生・・・どうしよう・・・、私最近、あの・・・」
(ゆかり)は何とも言えない表情をした。
「え?なんだよ?!はっきり言えよ!」
「・・・か、痒いの・・・」
「マジかっ!?ヤッベーー!」
俺も・・じゃない、先生に病院行かせなきゃ・・・。
ああ、キレるだろうなあ・・・・・・・。
高久(たかく)は、今度こそ天を仰いだ。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

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