第23話 音楽教師の告白
文字数 3,313文字
「おはようございます。サロン早速行ったんだ。・・・髪、ずっといいですよ」
正直な感想らしい。
通勤用パンプスから、なぜかより高いヒールのミュールに履き替えながら
「・・・これ」
と
一応、お礼のつもりだ。
「昨日、帰りに買ったから」
「ケーキ?ホールで?うれしい。ありがとうございます」
「どうでした。担当のひと。誰にやってもらったんですか?」
「アキラってひと」
ぶっきらぼうに答えると、ぱっと
「アキラさん、手が空いてたんだ!上手だったでしょ?私も先週行ったから、再来週また行くんです。アキラさん、優先的に予約取ってくれるから」
「そりゃ当然じゃん。指名料かかんだから。アキラ指名料五千円だったもん」
まるでホストクラブやキャバクラ並みに指名料の一覧があった。
アキラはオーナーだからもちろんトップだったが。
「・・・・
「あの男はやめとけ」
え、と
「・・・
放課後の音楽準備室で、
ここに入るのは久しぶりだ。
数えてみれば、今まで三回だけ。
いかがわしい行為に及んだ時のみ。
三回半関係があった。
いつも頭に血が上っていたから、こんなにいろいろ物があったのには気づかなかった。
楽器や楽譜が棚に積んであった。
最後は、
また入ることになるとは。
「これ、食べません?」
五千円する和栗のモンブランは、大仏の頭のように栗が埋め込んである。
「合宿の時に使った紙皿と紙コップあるんです」
言いながら、どこからか取り出した包丁でケーキを切っている。
「ほ、包丁・・・あるんだ・・・?」
「何かと便利なんで」
「・・・ふ、ふーん・・・」
無理やり追いすがって刺されなくて良かった・・・。
「フォーク無いから、割り箸でいいですよね」
案外、雑な女らしい。
紙皿に取って割り箸で食べることとした。
普段皿もコップもフォークもないのに、包丁はあるあたりが恐ろしい。
「・・おいしい」
「うまいよね。これ、伊勢丹の地下で売っててさあ」
「へえ。デパートなんて最近行ってないなあ~。駅ビルとか、ファッションビルばっかり。実際買い物はネットだしなあ」
「ふうん」
「環先生、結婚して何年ですか?」
「えっ!?・・・えーと、五年目・・・?」
二十六で結婚したと言っていたから。
「そっかー。いいなあ・・・あー、結婚したい・・・」
「ええ!?」
結婚願望あるんだ?!そうは見えないけどなあ・・・。
「なんですか、ええって・・・?」
「えっ?!だってほら、
否定しないあたりが腹立たしい。
普通、謙遜するだろ。
どういう神経してんだ。
「・・・・生徒に手を出してるし?」
「えっ?うん。あ、・・・いや、ハイ・・・・」
「
「え?ア、アキラの店?」
「そう。その時からずっと好きで。・・・奥さんとちっちゃい子いるのも知ってて。私から誘ったの」
「ええ?!あんたらマジで付き合ってたの?!」
半分カマをかけたのだけど。
「といっても。本当にたまに呼ばれた時に会えるくらい。でもね、いつ連絡来るかわからないでしょ。週末かもしれないし、平日かもしれない。だから、自分の予定なんか何も入れないでずっと待ってたの」
・・・・ああ、わかる。自分と一緒だ。
「呼ばれて行くでしょ?そうすると、違う女の子と一緒にいたり。行ったのに、他の女の子から連絡来たりすると、じゃあねってそっち行っちゃったりして」
「・・・うわー、すげえクズッぷりだなあ・・・ひくわー・・・」
「でしょ? ・・・でも、もっとひくじゃない、そんなのに必死な女なんて」
ああ、そうか。
だから、こいつ、いっつも過剰に着飾ってるんだ。
いつアキラから連絡が来てもいいように。
さすがいつもなんの予定もない
「私ね、男でイライラすると別の男で解消するタイプなんです」
・・・・・ひどい。
改めてハートを切り裂かれたような気分だ。
「生徒ね。私が来てって言うと・・・うきうきして来るのよ。コドモのくせに。・・・自分見てるみたいで、嫌だったなあ・・・」
ああ、自分の事だ、と
「・・・あのさ。なんで生徒なんだよ。結婚したいんならさ、普通のヤツと付き合った方が効率いいじゃん」
だって、と
「誰かと付き合っちゃったら、アキラさんとこ行けないじゃない。あ、もう、今は生徒に手は出してないからね。言っとくけど」
「じゃ、アキラとは、もう
それは、と
「・・・・わかんない。連絡きたら、多分また行っちゃうかも。・・・まああんまり来ないんだけどね。・・・ただ。話せてよかった。こんな話でも、誰かに話せて嬉しい」
なんで誰にも話も出来ないような恋愛ばかりずっと続けているのか。
好きだからだ。相手もそうだと信じたいからだ。
「すいません、ちゃんとした奥さんの
「いや。いいよ。大丈夫。・・・あのさ。ひとつ聞いていい?・・・私のクラスの、
「え?はい・・・」
「なんで、
不思議だった。
自分に重なって、惨めだったからだ。
そもそもそれほど好きでもなかったろうが。
それだけ聞いたら、すっかり諦めようと思った。
少なくとも、好意を持ってくれたということだから、それは素直に嬉しかった。今でもそう思う。
ただ、その好意が何だったのか、いつからだったのか、それが知りたかった。
「・・・最初見た時に思ったの。あの子、ほら、アキラさんに、ちょっと似てない?」
目元とか、じっと見る時ちょっと眼を細めるところとか・・・。
もじもじと頬を染める。
「はぁぁぁぁっ?!オメー!アキラアキラっていい加減にしろよなあっ!!どこが似てるんだよ!?眼を細めるのはあいつは老眼だからだっ!!ああいうのはよ、かっこいいんじゃなくて雰囲気かっこいいっつうんだよっ。密室の中とか、蛍光灯の下とか、画像だから何かそんな風に感じるだけで、日中外で見てみたことあんのか!?」
「・・・・だって・・・・!」
日中会ってくれることなんて、無かったもの・・・。
「だろ?!太陽の下の・・・昼間の河川敷にでも出してみろよ、見れたモンじゃねえぞっ!?」
突然の同僚の怒髪天を、
「・・・いいかっ。目を覚ませ!?元カレの元カノの元カレの元カレ・・・あ、なんだっけ・・・そんなんなぁ、何やってっか、わっかんねーんだぞっ。おめーはとりあえず、病院に行ってこいっ!!話はそれからだっ!そんな下半身が忙しいやつ、あぶねえだろうが!?そんないい加減なやつと付き合ってると、性病で死ぬぞ、お前っ!!」
「え・・・ええっ!?」
どうしよう、と
「た、
「え?なんだよ?!はっきり言えよ!」
「・・・か、痒いの・・・」
「マジかっ!?ヤッベーー!」
俺も・・じゃない、先生に病院行かせなきゃ・・・。
ああ、キレるだろうなあ・・・・・・・。