第14話 赤べことストッキング

文字数 2,318文字

  途中寄って買い物したコンビニ袋をガサガサさせて、インターホンを押すと、しなのがおかえりなさいといって迎えに出てた。
玄関に、男物の革靴があった。
「いっちゃん、ちょうど、今ほどお父様お帰りですよ」
・・・・高久の、父親か。
高久商事の、代表だ。
やだー。そんな上場企業の偉い人と会うの緊張するー、しかもこんなことになっちゃって・・・。
だいじょうぶだってー!
だって見たってわかんないし、そんなのー。
一瞬、頭の中で一人会議をしたが・・・。
こっちは三十代、教諭、担任だ。
「わかりました。ご挨拶申し上げてきます」
意識チャンネルを変えて、(たまき)は顔を上げた。
「失礼します」
と言うと、(たまき)(ふすま)を開けた。
中学校は茶道部だったので、(たまき)の開け方は体に叩き込んである。
和室に大きなソファセットが置かれている。
食事中だった高久九十九(たかくつくも)が顔を上げた。
「おう、久しぶりだな。元気だったか」
「はい。(おおむ)ね元気です。おかえりなさいませ」
「え・・・うん、じゃあ、いい」
驚いたように、うどんをすすっていた箸を止めたまま、じっと息子を見ている。
変だな・・・という顔をしている。
やばい。一旦退散、と(たまき)は一礼して、部屋を出ようとした。
「おい、いそ」
と呼ばれた。
ああ、五十六(いそろく)の短縮か。
「お前、修学旅行行ったんだって?」
「・・・あ、はい。そうだ、お土産があるんだ。・・・ちょっと失礼します!」
バタバタと(たまき)は部屋へ紙袋を取りに戻った。
自室までが遠いので、時間がかかったが、父親はちゃんと待っていてくれた。
「どこだっけ?」
「福島です。福島市でフルーツ狩り、土湯温泉でこけしの絵付け、会津若松で鶴ヶ城を見て、赤べこの絵付け、絵ろうそくの絵付け、裏磐梯で五色沼を散策の後、いわき市のスパリゾートハワイアンズに泊まって、小名浜の学習型水族館と化石と石炭館を見学。津波の被害の現在を見て参りました。その詳細は来月の学年だよりにカラーで掲載の予定です」
どうだ。この面接力。
三十代教員のスペックを見よ。
高久の父親は、不思議な生物を見るような表情のまま。
「・・・うん。そうか・・・津波か。どうだった」
「まだ、そのまま住宅が倒壊したままのところもあって、堤防も壊れている場所もありました。海岸の様子もずいぶん変わったところもあるそうです」
「そうか。・・・震災の後すぐに宮城の方は行ったんだけど。福島も大変だな・・・」
「原発がありますからね・・・。避難したままの方が未だにたくさんいますから。あ、でも。いわきにある高専の生徒が、廃炉に役立つような技術を企業と共同開発をしたりしているそうなんです。福島市や会津でも農業体験等もあるし、今後は学校同士でそういう交流できればなあなんて話も出てまして・・・」
「・・・うん。・・・いそ、あのさあ・・・」
何か言いだしそうな気配にしまった、と環は舌打ちしたい気分だった。やりすぎたか。
「お父さん、これ、お土産です」
どうぞ、と紙袋をどんと渡した。
「・・・あ、ありがとな・・・」
「はい。少しですみませーん。じゃ、おつかれさまでした」
九十九(つくも)は呆気にとられていたが、紙袋から土産を取り出した。
銘菓が箱ごとと、赤いやかんかと思ったが、赤べこだった。
「あら、赤べこですか。まあ大きい」
コーヒーを持ってきたしなのが言った。
「なんだかいっちゃん、修学旅行から帰って来たら突然しっかりしちゃったんですよ!」
「はあ・・・確かにねえ・・・。あんなこと言うなんて知らなかったなあ・・・」
修学旅行というのは、やはり大人になるのであろうか。
集団生活がそうさせるのか。はたまた、被災地で少し考えるものがあったのか。
しかし、津波の被災地見た意外は、実に慰安旅行のような内容ではないか。
「男の子は、子供の期間が長いですけど、突然大人になりますからねえ。いっちゃんったら、まるで一回りも成長したみたいですよ」
なかなか鋭い。
しなのがコーヒーと小さなメレンゲ菓子をテーブルに置くと部屋を出て行った。
ふと気づくと、畳の上にコンビニのものと思われる袋が置いてあった。
チョコレート菓子とジュースが入っていたのに、まだまだ子供だよ、と父親は苦笑した。
もう一つ紙袋が入っていたのに、封を開けると、中からストッキングのパッケージが見えたのには彼は首を傾げた。
丁寧にテープを貼り直す。
「・・・・うーん。頭でも打ったのかね。なあ、お前どう思う?」
と、尋ねられたとぼけた顔をした赤い牛が、ぴょこぴょこと頷いていた。


 同じ頃。
担任と保健医の仕事、というのは結構ある。
日誌であるとか、そういうものを適当に片付けて、高久は、本来の帰路と反対側の電車に乗り、デパートへ向かった。
いろいろ考えたのだが、とりあえずここなら全部揃うだろうと思ったのだ。
コンビニで女性用ファッション雑誌を買って、なんとなく分かったことは、女をするには、いろいろと装備品や道具が必要なのだ。
付け焼き刃の知識だが、化粧も、べたべたする下地を塗って、漆喰のようにまた肌色の液体を塗って、その上にまた塗って、粉まで叩きつけるらしいのだ。
小学生の頃、お手伝いをしようという宿題の為に、しなののコロッケ作りを少しだけ手伝ったことがあるのだが。あれくらいの手間を感じる。
・・・コロッケで言うところの、イモ部分。
あれが、女子本体とすると。
とき卵と、粉と、パン粉まで買う必要があるわけだ。そして、揚げるという手間まで。
そこまでやって、はじめて一般的な女子的なものが出来上がるとしたら。
もはや自分一人では手も足も出ない。
(たまき)本人に聞いたって、分からないだろうし、そもそもあんな手抜きでは納得がいかない。
そもそもがジオラマを手作りする凝り性なのである。
「よっしゃ」
高久(たかく)は意気揚々とドアをくぐった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み