第13話 旦那のパンツを履く妻

文字数 2,658文字

 (たまき)は勝手知ったる保健室のドアをノックした。
「・・・失礼します・・・」
遠慮がちに開けると、よっと高久(たかく)が手を上げた。
机の上に山のようなパンが積まれていた。
リットルパックのままホースのようにぶっといストローをさしてコーヒー牛乳を飲んでいる。
「・・・学生、けっこうサマになってんじゃん。ダサいけど。・・・指定のカーディガンなんか初めて見た、どこにあったの。・・・髪がダサすぎる・・・せっかくのツーブロックなのに・・・」
高久(たかく)が嫌そうな顔をした。
「はあ?この坊ちゃん刈り途中でやめたみたいな頭のおかげで、大変だったのよ・・・まあ、三十代やらせちゃって、悪いなあと思ってるわよ」
大変さの比重は、絶対的に高校生をやるより社会人のほうだろう。
「・・・これ、食べなさいね」
弁当箱を差し出す。
「俺の弁当箱じゃん」
嬉しそうに受け取る。
「しなのさん、私より、あんたに食べて欲しいはずだしね」
「マジか。いいの。・・・んじゃ、これ、パン食ったら。あ、オレ、パンも食うから。焼そばパンとあんバタメロンとっといて。・・・あー、やっぱ、うめー。すげーだろ、しなのさん、チョー仕事出来るんだよ」
確かに。しなのの家事能力は素晴らしい。料理だって、びっくりするくらい上手なのだ。
(たまき)は、椅子を引っ張ってくると座って、チョココロネをかじった。
「・・パン、取り合いなのに、よく買えたわね・・・」
「オレ、センセーだもん。先に欲しいのあらかた買ったわけよ」
高久はエビフライを咥えたまま笑った。
今頃、校内中の目当てのパンを変えなかった生徒に恨まれてそうだ。
「・・・大丈夫だった、昨日?」
「うん。大丈夫。心配すんなってー。旦那は帰って来てないし、おかーさまにもお土産渡したし」
「そう」
環はほっとした。
「問題はさあ、旦那じゃん。いつ帰ってくんの?」
「んー。捜査本部ができちゃってるからね。事件解決して解散するまでは帰れないの。着替えとか取りには来るんだけど」
「そっか。警察官って大変なんだな。なんか、おまわりさんってもっと暇なイメージだったんだけど。・・・んじゃ、しばらく大丈夫かな。・・・あ、うちの父ちゃんと、兄ちゃんは、マジあんま帰ってこないし、そもそもあんまりタイミングが合わない」
「・・・ちょっと。うちはまあ仕方ないにしても、あんたんち心配なんだけど・・・。お兄さんは海外に出張に行かれたそうよ。・・・お父さんと顔合わせたの、いつ」
「えーと、確か。夏休みのお盆。じーちゃんちに行ったんだ。途中で兄ちゃんも合流して、ほうとう食ってぶどう買って信玄餅買ってきた」
そうか、父親の実家は山梨か。
「だって、もう九月も末じゃない?そんなに会ってないの?」
「まあ、用事があれば会うけど、今んとこないし。あのね、そっちだって相当じゃん」
「何がよ」
「単身赴任でもないのに、旦那が全然帰ってこないでさ、地味なおかずばっかりせっせと自分で冷蔵庫にしまって、それ自分でせっせと掘り返して食ってるってどんななわけ。しかも、服も化粧品も下着も全部萎えるようなもんでよー」
「なんで知って・・・。・・・ああ、冷蔵庫見たのね。捨てていいわよ。どうせ誰も食べないもの。(いた)んじゃうし」
「もう大体食った。なんか、寺で出てくるみたいな飯ばっかだったけど、うまかった」
「・・・あ、そう。ありがと・・・。ていうか、あれ、一週間分なんだけど・・・」
「え、全然足らないんだけど。冷凍庫にある米的なもんも半分は食っちゃった」
なんという食欲だ。何でも食っちゃうんだな・・・。
「冷凍庫に、あと何入ってんの?ガチガチでわかんないんだけど」
「え。えーと。カレーとかシチューとか。ミートソースとか。あ、グラタンもあったな」
「おっ、ラッキー。しばらく食えるじゃーん」
「コンビニとか外食とかしたら・・・?」
「何言ってんだよ。あるうち食わないともったいないじゃん。うまいし」
割と一人暮らし気分を満喫しているようだ。
不満だらけよりはいいが。
「あの・・・お米くらいは炊けるのよね?」
「いや炊いたことないからやってみないとわかんないけど」
(たまき)は、米の保管場所と、測り方と炊き方を紙に書いて渡した。
「昔、調理実習でやったっきりだなー。あのコップ、米すくってるだけじゃなくて測れるんだー。すげー」
心配だ。まあ、水加減を失敗したくらいでは、胃腸を悪くしたりはしないだろうから。
高久(たかく)は足を投げ出してぶらぶらしていた
「あーー、だっりーーー」
パンプスが痛いと、高久はこぼした。
「女って皆こんな痛いの履いてんの?スニーカーじゃだめ?女物ならなんでもいいんだろ?」
「黒とか、目立たないようなスニーカーにしてよ。あのド派手なやつはだめよ。・・・ちょっと、ストッキングは?」」
高久は、なにそれ?と全くわけがわかっていない様子だ。
「だから!パンティーストッキングだっての!」
「・・・パ、パンティーなんて!・・・バカ!女のパンティーなんかはけるかよ!」
「パンティーとか言わないでよ!いやらしいっ。あれ、肌色の薄いタイツみたいなやつ」
「あ、あーー、知ってる。あれね。あれ履くのかよ・・・?」
「履くのよっ。・・・じゃ、あんた、下着、今何履いてんの?」
「え?」
「・・・だから、パンツ。女物じゃないなら何履いてんのよ」
「そんなの。男物のパンツに決まってんじゃん」
「・・・・・そんなの履いてたら、おかしいじゃないの・・・」
「何言ってんだよっ。女だって、ショーパン履くじゃんっ。似たようなもんだろ」
(たまき)がため息をついた。
「なんだよ、じゃ、アンタは、男物の・・・俺のパンツ履いてんのかようっ」
「当たり前じゃないのっ・・・この格好で、それこそパンティー履けっての!?
「うわっ。信じらんねー。よく履けるな、女のくせに・・・・。変態っ。だからババアはよう・・・」
変なところで繊細だ。
「面倒くさいわねアンタ。・・・下着はコンビニで買ったわけ?」
「え、いや。あったから旦那の借りた」
「えええええっ!嫌っ!!なんで私が旦那のパンツ履かなきゃなんないのよ!?
「な、なんだよっ。今は俺じゃんっ。大体、夫婦なんだし、まあいいじゃんっ」
「良くないって。・・・どこに、まあいいやって旦那のパンツ履いてる女がいるのよ・・・」
「お、奥さんのパンツはいてる旦那よりはいいじゃん・・・・!」
「それじゃ丸っきり変態よ・・・・」
ああ、血圧が上がる。
絶対にそんなの履いてるのバレないでよ。絶対に!と念を押す。
「わかった・・・」
といいつつ、高久(たかく)は、すでに園長にトランクスを見られていることは、黙っておこうと思った。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

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