第25話 ヒヤリ・ハットのゴッドエラー

文字数 2,859文字

 「マジかよ」
翌日、また保健室である。
昨夜の毘沙門天(びしゃもんてん)との再会を話すと、五十六(いそろく)は目を瞬かせた。
「そっか。ちゃんとあちこち営業所があんだな。俺も今日行くよ。千円持って行けばいいの?」
「ついでに、その美容室連れてってよ。結局、毘沙門(びしゃもん)様のとこ行っちゃったし、行けてないのよ」
「うん。あとさあ、ユカパイが病院行ってきたらしい」
「どうだって?」
「カンジたらしい」
「何を?」
「違うよ。カンジタってやつ。そんな病気があんだろ?こぇー。なんなんだそれ?」
恥ずかしそうに、今朝、(ゆかり)がそう言ってきたのだ。
「ああ・・・まあ、カンジタくらいだったら・・・。体力落ちてる時に抗生物質飲んだりとかね、プールとかで感染するし。薬で治るの。よかったじゃない」
「な、なあなあ、それって、俺、大丈夫なのかよ・・・?」
「ああ。男性はあんまり発症しないらしいんだけど。だから女性に知らずにうつしちゃうの。自覚がないから」
おお、と五十六(いそろく)は真面目に話を聞いていた。
このくらい真面目に授業も聞いて欲しかった。
「何かのバイ菌とかウィルスなのか?インフルエンザみたいな・・・」
「ウィルスじゃなくて、真菌。カビ」
「カビィ!?あ、あんなとこにカビが生えんのかよ・・・。おっかねー・・・!」
想像して、五十六(いそろく)は震える思いだった。
「少なくとも、カンジタの可能性はあるわけね、そのアキラも」
「だな。アキラだってよ、早く病院行かねーと大変なことになっちまうぞ!カビだらけになってもげちゃうんだろ・・・!?」
まあ、カンジタだというなら、泌尿器科に行きやすい。
というか、待った無しな状況だとわかった今、それより先に循環器科に行きたいんだけど・・・。

 (たまき)が指差した先に、赤い伽藍(がらん)が輝いていた。
ネットで調べたらやはり有名な寺院らしかった。
「江戸時代中期にできたんだって。立派よね」
「ふーん・・・。すげえじゃん。神様・・・じゃなくて。ここては仏様か」
よっしゃ、と五十六(いそろく)が駆け上がりバッグから財布を取り出した。
「全部千円にしてきた!」
ばっと札束を取り出そうとするのを(たまき)が制した。
「ちょ、ちょっとまってよ。入れすぎ、入れすぎ・・・」
「なんだよ、ケチくせえなあ」
五十六(いそろく)は無造作に千円札を三枚賽銭箱に入れた。
柏手(かしわで)があたりに響き渡った。
「びしゃもんさまっ。来るのが遅くなってすいませんっ。出てきてくださいっ」
「アンタ、ここお寺だからさ、手、パンパンしちゃダメなんだってば」
あまりの無作法と大声に、(たまき)は呆れて柱に寄りかかってその様子を眺めていた。
と、体が突然沈み込んだ。
「おおっと・・・?」
柱だと思っていたものは、突如輝く虎の形に変わっていた。
「一万円札でもよいのだぞ」
ナンのように巨大な舌で、ぺろりと舌なめずりをする。
「おおおおおおっ、スッゲーッ!」
五十六(いそろく)が興奮して、輝く虎を見つめた。
「うっわーー。あ、でも熱くない・・・」
眩しいが、温度は感じない。
「LEDみてえだなあ・・・」
ほほお。と虎は五十六(いそろく)をまじまじと見て、尻尾を動かした。
「・・・ふむ。こちらがご新造のもとの体か。まこと、中身は少年が入っておる・・・」
信じがたい、と虎は唸った。
「まさか、わが主がしでかすとは・・・。やはり、昨今の過重労働が原因であろうか。・・・その上、毎度のように上の方にお叱りを受けておられて・・・」
「なんだよ、パワハラまであんのかよ・・・ブラック企業だなあ」
(たまき)は紙袋から、どん、と一升瓶を取り出した。
おお、と虎の目が輝いた。
実家の父にメールをして地元の銘酒を送ってもらったのだ。
「ほう。これは・・・飛露喜(ひろき)ではないかぁ!?・・・よく手に入ったのぉお!?なるほど。よい香りだ。ちゃんと奉献(ほうけん)熨斗(のし)までついておるのう。存外たしなみの身に付いたおなごではないか」
母が寺や神社に行く時はいつも酒を持って行っていたのを思い出したのだ。
般若湯(はんにゃとう)でございます。お納め下さい」
「うむ」
神社ではお神酒(みき)でいいのだが、寺では酒とは大っぴらに言わず、般若湯(はんにゃとう)と称する。
「で。毘沙門様とお話しがしたいんだけどね」
虎が酒を受け取り、大事そうに抱えた。
ごろごろと喉を鳴らした。
「また来たのか。・・・酒までもらったのか・・・・」
忽然(こつぜん)と姿を現した毘沙門天(びしゃもんてん)がため息をついた。
虎が酒の箱をがっしり抱えた。
「こういった物が仕えます者のくらしを支えまする」
「あーわかったわかった。ったく、下の者からは突き上げられ、上からは押さえつけられ・・・」
彼は環の体の中の高久をじっと見た。
「ああああ・・・やはり、入っておる・・・。取り違えておる・・・。ヨシで気づかぬ指差し確認。ヒヤリ・ハッとのヒューマンエラー・・・いや、ヒューマンじゃないから、ヒヤリ・ハッとのゴッド・エラー・・・」
おかしな標語を捻り出し、額に手を当てて、がくっと肩を落とした。
「びしゃもんさまァ!いやー、新宿に居るとは思ってなかったー!」
「・・・あー、うるせー。久しぶりだのう、少年」
(たまき)がじっと見ているのに、しどろもどろで彼は続けた。
(たまき)の唇が、ごめんの一言も言えないわけ?と言っていた。
「あ、あの・・・儂の手違いで、苦労させたようだのう・・・」
「いやいや。結構面白かった!でけえプールにも初めて入ったし、ウォータースライダーもできたし。こないだなんかマラソン大会の練習に付き合って5キロ走った。あ、女湯にも入ったし」
本心だった。まさか、今まで禁忌だった事がこんなにいっぺんにいろいろ出来る日が来るなんて。
自分の体ではないのは残念だが。
「でもよ。このままだとよ、先生が死んじゃうんじゃねえの?」
うむ、と毘沙門天(びしゃもんてん)が口ごもった。
「自分でも、このままじゃそんなに長生きできるとは思ってねえよ。・・・なあ、もしこのままで死んじゃった場合、中身の俺たちはどうなっちゃうんだよ?」
「・・・本来。肉体が滅せば魂は回収される。そして、それぞれこの世で身につけた瑕疵や穢れを落とし、必要な徳を身につけ、また次の生に向かうのだが・・・。そなたらの場合、肉体と魂が取り違っておるから、その流れに乗れない」
「ハードの品番とソフトのフォーマットが違うからみたいなもんかよ?」
本当にパソコンみたいだ。
「然り。そして、回収されない魂は、この世にも、あの世にもいけないままだ」
「つまり、幽霊になっちゃうのか?」
「そうではない。幽霊というものは、どれだけ時が経とうとも、どれだけ未練があろうとも、自分が何者であるかという証がある。良くも悪くも、自分であることに嘘はつけないのだ。そなたの頭でわかりやすくいうと、規格もメーカーもはっきりしている、ということだ。そうすれば、いつかは回収して初期化できるだろう。幽霊としてどんなにこの世を彷徨(さまよ)うともいつかは救われる可能性があるのだ」
「・・・じゃ、証明できない規格外品はメーカーが受け取り拒否するってことか?」
「然り」
(たまき)は、よくわからないんですけど、口を挟んだ。
「・・・これだからおばちゃんは・・・」
「とってもわかりやすい説明だと思うが・・・これだけはおなごは・・・」
毘沙門天(びしゃもんてん)が、ぱん、と軽く手を打った。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

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