第11話 夫婦の寝室

文字数 2,205文字

 高久(たかく)は、渡されていた鍵でドアを開けた。
こじんまりとした玄関に、(たまき)の趣味なのか小さいフクロウの置物がいくつか並んでいる。
手狭ではあるが落ち着いたダイニングが広がっていた。
カウンターにもフクロウがいて、センサーでホーホー鳴かれてギョッとした。
そして、これが一大イベント。
「・・・うおー、キンチョーするー。・・・ふ、夫婦の、べ、ベッドルーム・・・」
ドアを開けると、シングルベッドが二つ並んでいた。
「えっ・・・。シングルなのかよ・・・ビジネスホテルかっつうの・・・」
夫婦はダブルベッドでイチャイチャするもんだと思っている高久(たかく)にはショックだ。
「ここんち、冷め切ってんのかなあ、やっぱ・・・。うわー。結婚に夢見れねー」
ぶつぶつ言いながら、まずは、とクローゼットを開け、引き出しを開ける。
「ん、やっぱりな。どれもこれもババア・マッド・カラー。保護色のつもりかよ」
服も黒紺茶、たまに国防色のようなカーキ。下着も全てベージュなのである。
人生初のブラジャー、当たり前だが。
それもベージュだったので、よもやと思ったが、やはりである。
「俺の人生初のブラジャーくらいは、赤とかよー、黒とかよー・・・ピンクはちょっと恥ずかしいな・・・っ」
ぶつぶつ勝手な要望を言いながら、キッチンに戻り、遠慮なく冷蔵庫を漁った。
「・・・ん。なんかある!」
タッパーがびっしりと並んでいるのだ。
作り置きらしい。
「・・・・全部茶色だな・・・土か泥か・・・腐葉土か、これは石炭・・・?」
きんぴらごぼうに、筑前煮。イカと里芋の煮物に昆布巻・・・。
ビジュアルがもうテンション下がる。
「・・・これなんだろ」
四角く切られた茶色い消しゴムみたいな物体。
「なんだこの上にくっついてるツブツブ・・・。ちょうちょの卵じゃないよなあ・・・」
松風(まつかぜ)焼きだ。表面の粒はけしの実である。
恐る恐る口にいれると、案外美味しかった。
「ん。これうめえ。ハンバーグみたいな味する。あー、なんかこれ正月に食った覚えあんなあー」
調子に乗って次から次へと開けてみた。
「おっ。魚か。あ、これぶりの照り焼きってやつだ。煮カツもあるー。・・・米ねえのかな、ここんち」
冷凍庫を探ると、ラップ保存された米が出てきた。マジックで律儀に品物名と日付が書いて有る。
「ええと。お赤飯。チキンライス。豆ご飯。うわ迷う~。よし、全部チンだ」
景気良く全部レンジにつっこむと、テーブルに並べた。
「うめー。すげー、田舎の法事みてえな飯だなあー」
これをせっせと作って、保存しているのか。
帰ってこない旦那のために。
で、仕方ないから、こうやってあいつも自分で食ってるんだろうなあ・・・。
冷蔵庫をまた開けた。
「・・・お、ミルクティーあるじゃん」
二リットルペットボトルのまま飲み干す。
すごい勢いで食事をすませると、思い出してはっとした。
「そうだそうだ、おかーさまに、お土産を渡せとな・・・」
(たまき)にあらかじめ手渡されたお菓子の袋と・・・。
「点数あげといてやんないとなっ、ヨメとしてっ」
もう一個紙袋を抱えると、高久は階段を下りて行った。
 
 一階に降りると、そのままキッチンに繋がるドアを開けた。
声が聞こえる方向に進んでいくと、どうやら電話中のようだ。
「そう、そうなのね。明日、ランチのお店って、何時から入れるのかしら。私少し早めに着きそうだから」
楽しげな話だ。明日ランチに行く計画をしているのか。
「えーっ、十一時。だって私、十時には着いちゃうもの」
いや、おかーさま、昼飯食いに行くんだろ、と突っ込みたくなったが、黙っていた。
「わかったわ。じゃ、いい。大丈夫。少しゆっくり行く。え、そうねえ。じゃ、十一時三十分に着くから」
最初からそうしろよ。
それから何度も同じような挨拶を繰り返し、彼女は受話器を置いて顔を上げた。
と、目が合った。しばらく、置いて。
「ああっ」
叫ばれて、高久(たかく)は驚いて飛び上がった。
「えええっ?」
「・・・(たまき)さんじゃない。びっくりした」
反応、おせーよ・・・・。なんだよ。
「あ、す、すいませーん。あの、修学旅行から帰って来ましたので、お土産ですー」
「あらあ、悪いわねえー。いいのに」
わざわざ。どうせたいしたものじゃないだから。
と、顔に書いてある。
「海外が普通の今時の修学旅行だけど、福島に行って来たのよね。・・・何かしら。フルーツが有名よね。今の時期だと・・・」
「あー、確か、クッキーです」
「・・・そうよねえ」
落胆とちょっと侮蔑の顔。
ほら、金沢のアホめ。クッキー一個じゃダメなんだよ。
得意気に、高久(たかく)は紙袋をもう一つ差し出した。
「あ、気持ちです、気持ち」
電話が鳴った。
「すみません、どうぞ。私、失礼しまーす」
「え。あ、あらそう。ありがとうね・・・」
慌ただしく去っていった嫁を不審気に見送ると、また受話器に手を伸ばした。
「はい・・・ああ。ともちゃん。え、明日、やっぱりうちに来てからお店に向かうの?・・・いいわよ。・・・ん?なにこれ・・・」
喋りながら梱包を開けた、金沢るり子はつい声を出した。
「・・・あ、ごめんなさい。それがウチの息子の嫁。そうそう、保健の先生の。修学旅行でお土産って、つまんないお菓子と、木刀よっ?!・・・防犯対策かしらね」
金沢るり子の手には、白虎隊と焼印の押された木刀が握られていた。
その後、高久(たかく)は、一晩かけて(たまき)が作り置きした常備菜をあれこれ食べ、その後は夜中にコンビニに行って好きなお菓子や飲み物や雑誌を買ってご満悦だった。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

都内の夫の実家で夫の母と別世帯の二世帯同居。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

◇金沢 諒太 《かなざわ りょうた》


環の夫。警察官。

激務で不在がち。

◇ 一ノ瀬 紫《いちのせ ゆかり》


私立旭鷲山学園の音楽教師。

吹奏楽部顧問。

音大出身で、学園長の姪。


環の同僚。

環の事は好きなタイプではないので、あまり積極的に関わっていない。

同性の友人が少ないタイプ。

◇ 白鳥  学  《しらとり  まなぶ》


私立旭鷲山学園 二学年の学年主任。数学担当。

教頭候補。

進学特進クラスの担任。


親の七光くクラスと揶揄される、環《たまき》のクラスの生徒をよく思っていない。

◇ 一ノ瀬 幸太郎 《いちのせ こうたろう》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんこうこう》の学園長。


紫《ゆかり》の叔父。

◇  高久 一三 《たかく かずみ》


五十六《いそろく》の兄。

家業の高久商事に勤務して居るが、就職以来、度重なる転勤と出張の生活。

実家にはあまり寄り付かずに、本社の近くにマンションも所有して居るが、そもそも転勤ばかりしている為にそこにも居付けない。

名前の由来は一月三日生まれ。

◇ 高久 九十九 《たかく つくも》


高久商事のCEO。

一三《かずみ》と五十六《いそろく》の父親。

出張が多く、不在がち。

まだ学生の五十六《いそろく》の事は、家政婦のしなのに任せて居る。


早くに結婚したが離婚。

九月十九日生まれが名前の由来。

◇ 青柳 倫敦 《あおやぎ ともあつ》


海天堂病院の心臓外科医。

五十六《いそろく》が子供の時からの主治医の一人。


伝説のゴットハンド ドクター 鬼首 静香《おにこうべ しずか》 通称鬼の静香《おにのしずか》女史の弟子。

◇ 三条 昭和 《さんじょう あきかず》


美容師。

紫《ゆかり》が長年通って居るサロンのオーナー。

通称アキラ。

異性交友関係が派手。

◇ 毘沙門天  《びしゃもんてん》


仏神であり、天部四天王。

五穀豊穣や家内安全等の信仰を担う七福神の一人でもある。

激務の為、しばし休憩しようとした場所で、環《たまき》と五十六《いそろく》と出会い、手違いを起こす。

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