第5話 男子高生の秘密

文字数 2,989文字

 年配のバスガイドが会津磐梯山の歌を軽妙に歌いながら、バスは常磐道を突き進む。
「はーい、今夜は!みなさぁん、お泊まりはスパリゾートハワイアンズとなりますね。みなさん、映画のフラガールはご覧にななりましたかー。感動でしたねー」
以前は常磐ハワイアンセンターという名称であった施設であり、それは斜陽産業であった常磐炭鉱の転身の成果であった。
映画5回見た。フラガールやった女優、超かわいかった、とか。
うちの母ちゃんもフラダンスやってるけど、映画のガールと全然違う、とか。
そんな男子生徒達の声の真ん中で、(たまき)、いや、高久(たかく)の姿をした環は頭を抱えていた。
一番前の席にはこれまたずぶ濡れの担任である自分の姿をした高久が座っている。
彼もまた、何かを考えている様子で押し黙ったままだった。
混乱しているのだろう。そりゃあそうだ。
「しっかしー、さっきはビビったよな。キンタマがいきなりストリップだもんなあ」
高橋(たかはし)が言うと、まわりがどっと沸いた。
「だっよなあ。池に落っこちて頭打ったんじゃねえの」
「お前もだいじょうぶかよ、あの池、深そうじゃん」
「キ、キンタ・・・え?え??
「だから、あいつ。今更何言ってんだ。・・・ほんと大丈夫かよ?」
高橋が指差した先には、間違いなく担任の姿があり。
金沢(かなざわ)(たまき)、だろ。お前が最初に言い出したんじゃないっけ。何言ってんだよ、今更」
今更ということは、自分は生徒間で随分と長くそう呼ばれていたらしい。
情けなさでいっぱいになった。
ちなみに、自分の旧姓は韮崎(にらさき)であり、学生の頃はニラタマというアダ名であった。
十五年たって、ニラタマがキンタマになりましたか・・・。
「・・・あいつよー、ダッセエって前から思ってたけど、けっこう巨乳な」
「でもダセェのは変わらないもんだな」
食べながら頭上で喋られるものだから、スナック菓子やチョコ菓子の食いカスが頭の上に降り注いでくる。
最大に情けなくて涙が出そうだ。
とにかく、高久(たかく)と話すしかない。
なんとか二人で話せる機会を作らなければ。
バスを降りて、フロントで宿泊の説明を受け、それぞれ部屋のカギを班長が受け取った。
その時、ちょっと、と腕を引っ張られた。
自分の姿をした高久(たかく)だ。
「おーい、エレベーター行っちまうぞー」
カートに同じ部屋のメンバーの荷物を積み終わった高橋(たかはし)が、声をかけてきた。
「・・・風邪薬もらってから行くから、先行ってて!」
とっさに吐いた嘘であったが、ああ、わかった、と高橋(たかはし)は不審がる様子もなく、他の生徒とエレベーターに乗り込んで行った。

 「・・・ちょっと!高久(たかく)くん!止まりなさいってっ!」
引っ張られて走っていたが、人気のない非常出口の手前で二人は立ち止まった。
(たまき)はギョっとした。
振り返った自分の顔が突然、爆笑し始めたのだのだから無理もない。
「なあ。これ、嘘じゃないよな?キンタマ、俺の体にはいってんだろ?傑作だな、おい!」
「・・・あんた何笑ってんのよ。どうすんのよ・・・」
相手は学生だ、しかも男子学生だ。
だから、わかっていないのだ。事態の深刻さを。
(たまき)は顔を手で覆った。
ええっと、と高久(たかく)(たまき)の羽織っていた上着のポケットに手をつっこんだ。
スマートフォンを取り出す。
「とりあえずこれ、返して。センセイのはこれ」
(たまき)のスマートフォンと財布をほい、と放って寄越した。
「ライン登録しといたから、あとはとりあえず連絡はコレで。・・・ま、とにかくさあ、今日と明日はここに泊まるわけだし。その間はバレないようにすりゃいいよな。こんなバカなこと誰かに言ったら、頭おかしい奴だと思われちまうし」
その先、またその先はどうするのだ。
今日と明日より、その先のほうが長いじゃないか。
「俺さあ、つーか、アンタ?音楽のユカパイと同じ部屋なんだよね。あいつさー、ロリフェロモン系じゃん?楽しみ~」
音楽教諭の一ノ瀬紫(いちのせゆかり)は、理事長の姪で、更にその可愛らしい容姿で生徒にも人気がある。
自分とは正反対である。が、あだ名は同じようにひどい。
「あ、あとさあ。あんた、今寒くねえ?」
あまりのマイペースぶりに、めまいがする。
「寒いわよ・・・。そりゃそうでしょうよっ。あんな沼に落ちて、アンタがいきなり服脱ぎだすから着替えもできずにそのままだからね。風邪だってひくっつうの!」
「・・・ま、まあまあ、落ち着いて・・・」
さすがに悪いと思ったのか、高久(たかく)がばつがわるそうに頭を下げた。
「あのさあ、俺、ちょっとした持病があってね」
「え?」
「あ、いやいやそんな、大変なもんじゃないの。基本治ってんの。薬たまに飲むくらい」
「・・・喘息とか?貧血とか、糖尿病かなにか・・・?」
でも、ならなぜ担任で養護教諭の自分が把握していないのか。
「持病あるなら書類申告しなさいって、入学時に案内あったはずですけどっ?」
「あー、いやいや、そんな毎日とかじゃないから。調子悪くなった時だけ。薬、リュックに入ってるから。・・・あとさ、ここって、結局プールとか風呂じゃん?」
環は思い当たってため息をついた。
「え・・・ああ。そうよね・・・」
まだ見ていないが、噂のタトゥーが入っているとしたら、バレてはまずいのだろう。
「・・・どこなの?シャツとかで隠せる程度なの?」
「前、腹より上あたり。シャツなら全然大丈夫。でも風呂、みんなと入りてぇし・・・」
「って、実際入るの私よっ?私あいつらと入りたくないっ」
「じゃ、風邪っつって。あとで体調良くなったら入るとかテキトーにごまかしてよ。あ、やべえ、ユカパイからラインだー。先生同士でなんか打ち合わせするみてぇ。早く来いって。・・・大丈夫大丈夫、うまくやるからさ。じゃ、また後でなっ」
大股ダッシュしていく自分の後ろ姿を不安なまま見送った。

 高久(たかく)は若い女教師と同室だと浮かれていたが、こっちは男子高生との共同生活だなんて不安だ。
部屋に入ると、(たまき)の予感は現実となった。
水着一枚で、全員が逆立ちしている。
「遅かったじゃん、高久!」
「風邪薬もらえたかー?」
「・・・うん、貰えた」
(たまき)は頷くと、荷物の前に座り込んだ。
とにかく、シャツと薬だ。
「飯の前にプールで遊んでいいっていうから、早くしろよー」
「・・・うん」
言いながら、水着を引っ張り出すと、レオパード柄のブーメランパンツだった。
ショックでそのまましまい直す。
「・・・あのバカ・・・こんなの、どこで買ってくんだよ・・・」
「なんだって?」
「・・・なんでもない」
ええと、あと薬は・・・。
リュックの底に、防水のビニール袋に、三錠だけ放り込まれていた。
これだけ?貧血か、血圧か、アレルギー?
何の薬か確かめようとビニール袋から出す。
「・・・え、これって・・・」
見覚えがあった。
心臓の悪い祖母が、たまに口の中に入れていた。
ニトロだ。
ということは。
「・・・先行ってて!風邪薬飲んでから行くから」
「えー。じゃ、あとでなー」
早くプールに行きたくてうずうずしていたクラスメイトたちは、部屋のカギをテーブルに置くと、我先に部屋を出ていった。
(たまき)は一人になると、洗面所に向かった。
上着を脱ぐと、鏡の前で恐る恐る胸を見た。
高久は腹と言ったが、胸の真ん中より少し下。
縦に走る、傷跡。
バイパス手術だ。
ああ、そうか。そういうことか。
体育、特にプールの授業に出ないのも。人の目のある場所でプールにも風呂にも入らないのも。
(たまき)は、シャツを着ると、リュックに入っていたパーカーを羽織り、ジッパーを首元まで上げた。
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登場人物紹介

◇ 金沢 環 《かなざわ たまき》


私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の、養護教諭。

いわゆる保健のおばちゃんながら、人手不足の為に担任も持たされている。

日々、クラスの男子高生に手を焼いている。

世間に疲れ始めた30代前半。


既婚。夫は警察官。

◇ 高久 五十六 《たかく いそろく》

私立旭鷲山学園《しりつきょくしゅうざんがくえん》の高校2年生。

態度が悪いが、父親が大手商社のCEOで、大口寄付をしている為、学校側に忖度《そんたく》されて野放し。

5月16日生まれなのが名前の由来。

ブランドモノを好むが服のセンスは悪い。


父と兄がいる。

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