ゴンとロク

文字数 5,312文字


ヤカンの蓋がカタカタと鳴り始めると、ロクじいはやおら立ち上がり、味付け海苔の入っていた缶の蓋を開けて、中から枯れた草のようなものを一掴みしてヤカンに入れる。それからもうしばらくの間そのままにして、再びゴンに催促して新聞記事の続きを読ませる。
ゴンはひとしきり新聞を読み進めては、ロクじいが持って帰ってきた包みをちらりと見て、ねぇ、もういいでしょと声をかけ、ロクじいはそれに「あともう少し」と嗄れ掠れた声で応じる。三度ばかりそんなやりとりを繰り返してからようやく、傍の包みをゴンに手渡し、小屋の中からガラスのコップを持ってきて、ヤカンの中で煮出されたどくだみ茶を注ぐ。コップと言ったってラベルすら剥がされていないカップ酒の空き瓶で、ラベルの裏側からは見知らぬ異国の女性が、こちらに向かって微笑んでいるそこへ、藪の中で採ってきたドクダミを干した自作の茶にしては目にも鮮やかな緑色を注ぎ込んだ。女性の顔に緑色のフィルターがかけられて、俄に顔色が悪くなるが、笑顔は相変わらずロクじいとゴンを照らし続けている。
その隣でゴンが夢中になって包みを開くと、紙の蓋と経木で組まれた箱の中には、俵に握られたおこわが3つ並んでいた。まだほんのりと温かいそれはアサリとふきのとうが炊き込まれ、海苔の腹巻きをしめてゴンを見上げている。ロクじいが海で捕ってきたアワビを、町役場近くにある旅館の板場に売ってきたその報酬の一部だ。

ロクじいの生活は海で成り立っている。とはいえ漁協に属して漁に出るわけではない。海へ出て海岸線を歩き岩場へ出れば、海は年寄りにその恵みを分け与えてくれる。ロクじいが座っている折りたたみイスや、この小屋の壁になっている板切れも岩場に打ち上げられていたものだ。


はじめは屋根と、それを支える4本の柱があっただけのこの小屋に、海で拾ってきた板切れを打ちつけて壁を作り、拾ってきた木箱を床の代わりに並べ、時化の翌朝に浜辺に打ち上げられていたむしろを敷き詰めた。そうして作った自分の家と生活用品のほとんどは海から、時には町内の廃品回収の集積所から手に入れた。一度は誰かに用いられ、そのうち顧みられることのなくなった物でロクじいの暮らしは成り立っている。

食べるものは野を分け薮に入っては、自生する草や実を探す。すぐに食べられるもの、加工すると食べられるものを選り分け、ものによっては小屋の裏手に作った小さな畑で栽培した。磯へ降りれば海藻や貝の類、時には潮溜りで、引き潮で海に戻りそびれた小魚が手に入る。形のいいものが手に入ったら、料理屋へ売りに行けば喜んで買い取ってくれた。市場に行けばいつでも取引されている養殖物とは違い、地物には付加価値がつく。かつては町に幾つかあった宿泊施設はひとつ減りふたつ減り、今では煤けたような白壁に囲まれた、古い料亭旅館が営業しているだけになった。そこの板長は、ロクじいの持ち込む地物は型も鮮度も違うと言って重用し、時には代金の他に色をつけ、板場で働く者たちの食べるまかないを折に詰めて持たせてくれたりする。

そういう時は大抵何か頼み事のある時で、代金を入れた封筒と一緒に、詰めたばかりのまだ温かい折をロクじいに渡しながら、来週金曜に宴席の予約があるんだが、何か形のいいものを入れてはくれんかねと板長が言えば、ロクじいは「はぁどうも海のことは海の機嫌に任せるしかのぉて」と曖昧に、「はい」とも「いいえ」ともつかない返事をする。頼りない口約束を横で聞いている若い仕入れ担当が、市場に予約入れておきましょうかと心配そうな顔をするが、板長は「あれの持ち込むのがモノがいい」と言って取り合わない。そうしてその日が来ればちゃんと勝手口にロクじいが現れて、手にしたカゴにはサザエやトコブシ、場合によっては海老やカニなんぞも入ったものを提げてくるのだった。


折の中から早々と、ひとつをつまみ上げたゴンの指が、一口大をちぎり取ってトロの前に差し出す。トロがこぼさないように、指先を皿にしてやると、最後の一粒まで米粒を舐め取る舌がくすぐったい。そうしてようやく両手が空くと、自分の分を一息に平らげて、二つ残った折をまたちらりと眺める。そこからひとつを取り上げたロクじいに「新聞、残りも読むからさ」と言いながら手を伸ばし、最後に残ったひとつを取ろうとする。ロクじいはその動きを見越していたように折を取り上げて、その労賃は今食べただろう、これは儂の夕飯だと言って聞かせた途端に、ぐりゅぐりゅとゴンの腹が鳴る音が聞こえた。

背は伸び盛り、腹は減り盛りの子供の視線に結局は負けて、あとで一局将棋に付き合うならくれてやると言うが早いか、ウンウンと頷いてロクじいの手元から折を攫うと、ゴンの指は海苔の腹巻きを掴んでまた一口をちぎり、トロの口元へと運ぶ。

必ずだ。何を与えても、ゴンはまず一口をトロのために千切って食べさせる。
得たものを誰かと分けあうということが(たとえ相手が犬であったとしても)当たり前のことだと思っているのだろう。もはや単なる「癖」かもしれないが、ロクじいの目には好ましい「習慣」に映る。
暮らし向きのあまり良くないゴンの家は、飢えない程度の食事にはありつけたが、それで満足できる訳もない年齢だろう。ささくれた指先の皮を齧っても、余計に腹が減るばかりだった。ゴンはいつでも腹が減っていて、それは初めてロクじいと出会った時から今のいままでずっと同じだ。

あれは確か、ロクじいが手製の干物を焼いていた時のことだ。小屋を囲んでいる藪がカサカサと乾いた音をたてた。来客にはまずこの音で気が付くから、ロクじいにとっては呼び鈴も兼ねている便利な壁だ。大人だったらどんなに小柄な人物でも頭くらいは見えるはずが、カサカサと草叢をかき分ける音だけが近づいてきて、それからまずは犬が一匹、次に犬に引っ張られるように、萱の壁から小僧が姿を現した。犬に引かれて突然現れた小さな客は、ロクじいの驚いた顔よりも煙を上げるイカの一夜干しに目が釘付けになっている。漁協で貰ったものの残りを開いて干しておいた、ロクじいのお手製品だ。


お前、どこの子だと尋ねると、小僧は「エイセイ丸」と船の名前で答えた。
この漁村にエイセイ丸は二杯ある。ひとつは網元である大濱家の第十八栄成丸。もうひとつはその三男が分家となって操船する栄誠丸。大濱家のお坊ちゃんにしては不思議な犬を連れている。ということは、後者の方が正答だろうとロクじいは思ったが、口には出さずにいると小僧が自分から「ゴンベンの方の…」という、頼りない声が継ぎ足された。

網元大濱家の分家騒ぎは、集落からは離れて暮らすロクじいの耳にも届くほどで、この小さな漁村にあってはちょっとした話題になっていた。
噂話を繋ぎ合わせたところによると、家長が亡くなり家督を相続した総領息子が、父親の通夜の席で以前から反りの合わなかった博打狂いの末弟に勘当を言い渡し、告別式が終わるや否や本家から叩き出したという。遺産分与の頭数にも入れずせめてもの情けとして漁師小屋に住まわせ、廃船同様に捨て置かれていた老朽船を押し付けると(それもあくまで貸与だとして)長兄は末弟に毎月幾らかの賃料を納めさせた。本家の姓を名乗ることも許さず、分家とは名ばかりの網子同然の暮らしをさせていることは集落中の誰もが知っている。

お前、名前はと尋ねると、小僧は「ゴン」と答えた。犬じゃなくて、お前の名前だよと聞けば「だから、ゴンだよ」と言ってロクじいを見つめ返してくる。ゴンベエか、ゴンスケか、いずれにせよ無骨な上に古風な名前だ。利発そうな目をしたひょろっと線の細い、薄ら赤くて粉が吹いた頬の子供に似つかわしくない。どこか腑に落ちていない様子を、ロクじいの表情から読み取ったらしいゴンが説明を追加した。

「……ゴンベンの子だから、ゴンって呼ばれてる」

大濱家の末弟は金を工面して、本家から押し付けられた船をようやっと買い取ると、誠志郎という自分の名前に因んで、船体にペンキで書かれた船名の「成」に言偏を書き足し、船名を『栄誠丸』と改めた。これでやっと自分の船になったと満足したというところまでが、漁師たちの間で語り種になり、誰が言い始めたか栄誠丸を『ゴンベン』と呼ぶようになった。どうやらそのゴンベンの倅らしい。


そうじゃなくて、お前の本当の名前だよと言おうとしたロクじいに、小僧は「これはトロだよ。トロ箱に入って家に来たからトロ」そう言って犬の頭を撫でてみせる。誰かの使いで来たのかと尋ねると首を左右に振り「散歩で通りかかったら、トロがこっちに行きたがるから」と小僧が答えた途端に、炭火の上でイカがパチンと爆ぜる音がした。ロクじいは慌ててかまどに向かう。何となく本当の名前を聞きそびれたまま、焼けたばかりのイカの一夜干しを少し切り分けて、食べるかと尋ねると嬉しそうに頷いて、齧り付いたイカを一口喰いちぎり、手に乗せて犬に与えようとする。
あぁ、四つ足にイカをやったら拙い。こっちにしておけと言って蒸したジャガイモを渡してやると、小僧は食べやすいように指で割って犬に与えた。そのうちのひとかけらを自分の口に入れてからイカに取りかかる小僧に、ロクじいが自分で作ったどくだみ茶を注いだコップを渡してやる。子供の喜ぶものでもないなと手渡してから思ったが、小僧は案外旨そうに残さず全部飲み干してみせた。

それからというもの、犬と小僧は気まぐれにロクじいの小屋へやって来るようになった。要するに腹が減るから、何か与えてくれそうなロクじいのところへやって来るのだろう。
ロクじいは食べるものがあるときはそれを分け与え、何もない時は一緒に食べるものを獲りに行った。薮へ入り磯へ降りて、獲物を探し集めて小屋へ戻り、火を起こして茹でたり炙ったりして加工する。時には食べられる状態になるまでひどく時間がかかり、あまりに遅くなると実際に食べるのは翌日になったりもしたが、それを厭うでもなくゴンはトロを連れてロクじいの小屋を訪れた。

何を獲るにはどこへ行き、どんな方法でそれを獲るかをロクじいはゴンに教え、ゴンはそれをよく覚えた。
食べられるものと、食べられないもの。加工によっては食べられるもの。それから、食べられるものによく似た食べられないもの。ロクじいがそれらを教えると、最初のうちは見分けることすらできなかったが、次第にロクじいよりも早く目当てのものを探し出せるようになった。ゴンは歳をとって目が萎えたロクじいよりも早く獲物を見つけ、あればあるだけを採り尽くしてしまいそうになる。ロクじいは『今日食べる分だけを採る』ことを教え、それができるようになると、いつも魚介を獲りにゆく磯へゴンを連れて行った。


そこは神社の崖下の入り組んだ磯で、急峻な斜面を降りるためにロクじいが足場を作り、周囲に繁る木の幹には、手すり代わりのロープが括り付けてある。危ないから、ここへは一人で来たらいけないとロクじいに言い含められたが、言われなくともゴンひとりでは足が竦む程の急峻な崖地だ。岩を伝ってポンポンと降りてゆくのはトロだけで、足が二本しかないロクじいとゴンはロープを伝ってゆっくり降りてゆく。万が一転がり落ちでもしたら、救助の手がもらえるかわからないどころか、下手をするとここにいることさえ気づいてさえもらえないだろう。取り付けられたロープは普段は人目につかないように隠してあったから、この小さな入り江はほとんどロクじいだけが知っている漁場とも言える。そしてとにかくたくさんの獲物がいた。ロクじいが旅館の板場に売る地物はここで獲るもので、魚介の類はもちろん、小さな入江に仕掛けた網にはよくワタリガニが掛かった。それも大きくて身の詰まったのが驚くほど沢山入る日もあったが、今日食べる分だけを獲るというのは何に対しても同じことで、そんな時は持ち帰る数匹だけを魚籠に入れ、残りは海へ逃した。

収獲物を小屋へ持ち帰り、火を起こして採ってきたものを焼き、茹でて食べた。汲んできた海水を空き缶に注ぎ火の横に置いて、水分が蒸発した跡に白く残った塩を擦っただけの味付けでも、ゴンとロクじいには充分だった。そうして腹が満ちればゴンはロクじいに乞われるまま、漁協からもらってきた昨日の新聞を読んで聞かせた。

新聞は公園で寝起きしていた路上生活者が何者かに襲われて死んだ事件を報せている。
ロクじいがかつて街にいた頃から路上で生活する者は多く、今のロクじい自身も彼らとそう違わない生活をしている。高速道路のガード下やビルの谷間に暮らすのも、この裏寂しい集落跡の農具小屋で暮らすのとどれほどの違いもない。都市の埃を浴び、彼等が古新聞や廃品、空き瓶や空き缶を集めて現金を作るように、ロクじいは海で得たものを板場に売る。ただ、ここにはロクじいを襲いに来る者がいない。ただそれだけの違いだ。
新聞で報じられている路上生活者のことが自分自身のような気がして、ロクじいはゴンが記事を読み上げる声を聴きながら、暮れはじめた西の空を見上げて小さく黙祷した。
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