受領証

文字数 1,923文字

以下の作品をイメージの源泉として「楽天地」はここに出現いたしました。

【いずれの日にか国に帰らん/安野光雅】
画家にして絵本作家である安野光雅氏の著書。時代は昭和初期、著者の生まれ故郷である津和野の思い出話が、瑞々しい挿絵に彩られた一冊です。冒頭見開きに草原を歩く女の子と、その後をついて歩く琵琶を背負った僧の絵があります。一面に広がる草原の中をゆく、小さく、素朴な線で描かれた二人なのですが、画家っていうものは凄いもんですな。あんな小さな描写でもちゃんと情景が伝わるんですから。そんなイラストに影響されて、主人公二人の父親を櫂禅坊了斎という僧に仕立てました。


【セメント樽の中の手紙/葉山嘉樹】
これはもう、言わずと知れたあの場面。主人公ロクの近所に住む子供達マサオの父が物故するわけですが、この作品を読んでしまったからああなっちゃったわけで。教科書に採用された初のプロレタリア文学ということで、ご存知の方も多いはずの名作短編です。私も国語の授業で読んだのが初めだったと思うんですが、まあまあグロな内容なので、今時の保護者からは「やめてー!こんなの!」って言われてそうだなあ…。
ちょっと心配して調べたんですが、高校の教科書には今でも掲載されているようで安心しました。


【洲崎パラダイス赤信号/川島雄三監督】
1956年、日活製作・配給の邦画。「洲崎パラダイス」は江戸から続く根津遊郭の移転先として造成されたいわゆる赤線で、本作の瀬ヶ崎楽天地はこの映画で描かれた当時の洲崎、および横浜黄金町界隈にかつて存在した青線地帯を参考にして描かれています。江東区を散歩中、偶然旧洲崎界隈を通りかかったのですが、今はすっかり普通の市街地。帰宅してからこの映画を観て、散歩中に見た地形や寺社にほんのりと映画撮影時の洲崎が残っていたことに気がつきました。これ観てなかったら作中ロクが言うところの「ぷうかぷうか、どんどん」は来なかったなぁ…。


【悪党・ヤクザ・ナショナリスト 近代日本の暴力政治/エイコ・マルコ・シナワ】
アメリカ人研究者による、日本近代政治と暴力の関わりについての論評。
かつて政治が暴力を公然と内包していた時代があり、やがてそれが分離されてゆくわけです。モチは餅屋、暴力はやはり暴力専門家が重用され、結果的に権力とヤクザは表裏一体になっておりました。安保粉砕を叫ぶ若者を蹴散らし、賃上げを要求するデモに乱闘を仕掛けて解散させる。そうした需要もなくなった今では、ヤクザもお役御免となっていくわけで。賭博や売春、違法薬物や武器弾薬および闇物資の取引、そのほかにもこうしたシノギがあります、という事例としての「矢上一家」でした。


【天楽丸口伝 遊芸の世間師/阿彦周宜】
猿倉人形芝居は鳥海山の麓に生まれ、庶民の娯楽として大正期に大流行。全国巡業するほどの人気を博しました。その創始者池田与八の子であり、自身も一座を率いて各地を遊芸して歩いた吉田天楽丸の数奇な半生を、近所に住んでいた著者が聞き書きした一冊。晩年は山形県酒田市で占い師をしていたので、もしかしたらご存知の方もいらっしゃるかもしれません。まあまあ古い本なので入手困難かと思いますが、民俗学が好きな人におすすめの本です。


【百物語/杉浦日向子】
大変ファンの多い杉浦日向子作品。「百日紅」も「合葬」も好きだけど、「とんでもねぇ野郎」も最高に好きだわ。「百物語」は江戸に住む不思議な話が大好きなご隠居が、いろんな人から怪談を聞き集める、という各一話で構成された短編集です。第何話だったかなあ。手元に本がないのでうろ覚えで恐縮ですが、自分が生まれる前に亡くなったはずの姉と会話できる弟の話がありました。年齢を重ねた弟が「最近姉の話す声が聞こえないんだ」と言って心配するコマがあって、たぶんその印象がチヤとロクの骨格です。


【バルタザールの遍歴/佐藤亜紀】
バルタザールとメルヒオール、双子兄弟の物語。何がすごいってこの二人、体が一つしかない。生まれつきひとつの身体に同居する二人の魂。いやしかしビリー・ミリガンに至っては24人もいたらしいから、チヤとロクもまだまだ甘ちゃんですな。ともあれこの人が描く西欧文明は、匂い立つようでとても魅力的。難解な部分があっても、なぜか投げ出す気にならないのが不思議。そして佐藤亜紀作品の一番すごいことは、どれを読んでも「こんなの書ける人、他にいないよなぁ」って思うことです。


「何かを作ることは、誰かからバトンを受け取ることだ」と、某映画監督が仰っておりまして。
私が書く物語は「確かに受け取りました」という証拠としての産物かもしれません。
いずれの作品にも、不尽の称賛と敬愛を込めて。

流矢アタル


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み