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【【【【【【  雲霧放談   】】】】】】
vol.11  04.20.2024

キャバ嬢と見てゐるライバル店の火事  北大路翼
新宿歌舞伎町俳句一家ー「屍派」-アウトロー俳句より、印象的な一句。すんなりと情景が眼に浮かぶのは何故なんだろう。少しだけ恐怖で強張った頬のキャバ嬢、その隣にいるのは店の黒服かあるいは客か。火の粉がかからない距離で、火事場の騒乱を見ている二人の表情を想像すると、それだけで物語のひとつも書けてしまう想像力の豊かな皆様、ご機嫌いかがでしょうか。
気がつけば火災がらみの話が続いている雲霧放談。建築物は木造が基本の日本、火事は大敵ですのでここはひとつ、火伏せのおまじないをご紹介いたしましょう。

「霜柱 氷の梁に雪の桁さす貫までも水垂木哉」
(しもばしら こおりのはりに ゆきのけた さすぬきまでも みずたるきかな)

これは弘法大師が作ったとされる火伏せのおまじない。「この家は水分たっぷりにできてるから、火の粉が飛んできてもすぐに消えちゃうんだからね!」というイメージでしょうか。主に能登半島の古い慣習で、家を建てる際にこの句を書いた板切れを、護符として屋根裏に掲げておりました。 って、アレ? そういえば沖縄にも似たような習慣があります。その名も紫微鑾駕。何この漢字、ビャンビャン麺ほどではないけど普段使いとは思えないのが出てきましたが、コレ「しびらんか」と読みます。これも家を建てる際に火伏せのおまじないとして、大工さんが板に書いて屋根裏に掲げました。

「しび」と聞いて奈良飛鳥のお寺に詳しい方、鴟尾(しび)と音が同じ!って思いませんか。東大寺の大仏殿や唐招提寺の金堂、大屋根のてっぺんにシャチホコ的に乗っかってるアレ、名前を鴟尾って言います。あれも火伏せのおまじないで、魚の尾がピンと水面からはみ出た形をイメージした造形です。意味合いとしてはシャチホコと同じことで、つまり屋根の天辺から下、瓦よりも下は水面下であり、火の力が及ばぬ場所。「このお堂は水の中にあるから、火災なんて出ないんだもんね!」という願望を形にしたものと思われます。

鴟尾と紫微(紫微鑾駕)、同じ音で、同じく火災避けのおまじないですが、紫微鑾駕の「紫微」は古代中国で「天帝」を表す言葉。鑾駕は輿を表す言葉で、直訳すると「天帝さまが乗る輿」ということになります。輿に乗った天帝においで願い、この家に福を授けてほしいと願う意味合いがあるのだとか。そうなると火伏せ、というよりは家内安全除禍招福に近い印象ですね。華僑を多く輩出してきた福建省辺りから渡ってきた、中国由来の慣習のようです。沖縄にはほかにも中国由来の魔除けがありまして、石敢當とシーサーは特に有名なオキナワン・カルチャーのキーワードです。こちらは紫微鑾駕とは違ってだれからも目につく場所に設置されてますので、認知度は高めのはず。石敢当は道を歩けば目につくし、シーサーは焼き物で、ペアで門柱に載ってる魔除けでしょ、という印象の方も多いのでは。

しかしシーサーも本来は集落全体を火災から守る存在として、戸外に祀られたものでした。現存最古と言われるものは本島南部の集落にあります。昔々のこと、あまりに火災が多く出るので、占い師のアドバイスによって獅子をつくり祀ったらぴたりと治まったことがシーサーの起源とされておりますが、この頃のシーサーは「ソロ活動」つまり一匹で、いわゆる阿吽のペアにはなっていません。どの時代辺りからかしら、次第に神社の狛犬のようにペアの存在になりはじめます。ソロ活動時代のシーサーの多くは琉球石灰岩を素材にした彫像で、塑像(焼き物)タイプは戦後に観光土産として焼き物のシーサーが量産されたため、これが広く一般に普及して個人宅にも設置されるようになったようです。

赤い瓦と白漆喰のコントラストが美しい沖縄の民家には、瓦と漆喰で作られたシーサーが屋根の上に載っているスタイルも散見されます。大工さんが家を建てる際に余った瓦を利用して作った遊び心のある装飾です。こういうのは古くからありそうじゃない? と思うんですが、あったとしても琉球処分(日本政府が強制的に琉球王朝を廃し、併合して「沖縄県」とした)以降のことでしょう。王朝時代には自宅に赤瓦を使用できるのは士族と呼ばれる、本土でいうところの武家階級にのみ許される特権でした。庶民は草葺の家に住むことしかできません。赤瓦は高級な建材ですので、身分制度廃止後もシーサーはそう簡単に庶民の手に届くものではなかったようです。

庶民の魔除けはシャコ貝の貝殻を設置したり、「サン」と呼ばれるものを自分で作って使うのが一般的でした。「サン」はススキなどの葉を結いて作るもので、これを家の軒や門柱に付けたり、魔物に近寄ってほしくない所へ置きます。そして、何はなくともマース(塩)。塩が汚れを払い魔物を除けることは日本も琉球も同じです。塩漬けにした食品が長く腐食を免れることから、魔物に侵されることがないイメージを塩に託したのかもしれません。どちらも材料は簡単に手に入りますし、神社やお寺で授かるものではなく、自分で作れるってところがポイント。簡単に手に入るもので自作できる魔除けは実にサスティナブル。だからこそこの習慣が現代まで生き延びているのかも。

■■■ 今回のまとめ ■■■
●沖縄には中国由来の文化がたくさんあるよ!
●シーサーはもともと地域まるごとの火災避けだよ!
●サンを軒につけた家を長野で見たことあるんだけど、沖縄の方が住んでたのかしら?

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