part 10 特級生体技能者の情熱 それを蝕む幻影

文字数 787文字



 生体技能とは、生身の体に備わる、まだ抽出・信号化できていないメタ感覚を高度に要する技能のことだ。今だって、連邦政府の存在意義といったら、まずはこれだけ数の減った人類を維持する計画にあるだろう。当時は古い「国」がなくなって、連邦制と呼べるものがどうにかまとまったばかり。なおさらそこに、全てがかかってた。生きた生身の体のサンプルをなるべく数も種類も確保しておきたい肚も当然あったろう。認定者は新しい体にはなれないが、特級ともなると、生身のまま健康を保ち、メタ感覚に関わる環境も保つために、連邦があらゆる手段を講じてくれる。そうも聞かされた。
 それから今まで、(たま)が手を尽くしてくれてるが、(のぞみ)の具合は一進一退だ。動きが止まる不安には、何百年経とうと慣れそうにない。それに、良くないなりに状況が安定すればしたで、また別のことがこたえる。動かない時の望が、昔作った「死体」そっくりなんだ。残酷な眺めだよ。私は心の奥底でこの状態をこそ望んでいて、人形作りはその再現だったんじゃないかと、疑い出すと止まらず、ひどく苛まれてね。球にどうにもできないならば医学の限界だろうが、それを知らされ続けるのも辛い。いっそ認定者を降りて二人一緒に自然寿命に任せるかと思うこともある。
 でも、あんたみたいな変わったお客を迎えて、心が未知と遊び出すとわかるんだよ、それもこれもただ単に、このところのどうしようもない倦怠を、逃れたいだけだったかもしれないってね。きっと私にはもう少し、待つべきものがあるんだろう、まるで知れない明日だとか、そんなものが。なに、球もよく訪ねて来てくれるし、この頃じゃあ望は動き出せば元気なのが救いだよ。今? 止まってるよ、望は。会わせるわけにはいかない、悪いけれど。
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登場人物紹介

剣崎顕(けんざき あき)

人工臓器造りの名手。特級生体技能者に認定され、制作物のあまりの精巧さに、「狂女王」と呼ばれ恐れられるほど。臓器造りを始めるには、あるきっかけがあったようで……

剣崎望 (けんざき のぞみ)

剣崎顕の双子の妹。顔は姉と瓜二つ。造形家で、動物・植物のほか密かに抽象立体も作っている。本物そっくりの動物が評価されてかつては超・売れっ子だったが……?

宮ヶ瀬球(みやがせ たま)

現在多くの人が恩恵を受ける画期的な再生医療技術の礎を築いた天才医師。剣崎姉妹とは浅からぬ因縁があるように見える。

謎の客

「新しい体」を持つ、剣崎より若い人物らしい。剣崎姉妹と宮ヶ瀬球の話を聞きたいと訪ねてくるが、何の目的があるのかは不明。

人形たち

剣崎顕は数多くの人形(人工体)を制作してきた。人間にそっくりだけれど動かないことで死体に見えてトラブルになったこともあるというが……

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