part 12 謎の客が語り始める、人と大きく違う出生

文字数 736文字


 む、と剣崎は声を飲み込んだ。
 目をすっと細め、そのまま心をどこかへやってしまったようだった。蝶の羽ばたきに似た夢想的な間合いでまた目を開き、細め、を繰り返す。目前の客を透かして途方もない遠くを眺めているかに見えた。
 単調な砂漠の景色を映し慣れた窓は、一日で最も劇的な夕刻の訪れに浮き立って輝き、沈黙に奇妙に音楽的な濃淡を与えている。剣崎は、その細部に引かれたように、ゆっくりと今ここにある世界に目を戻すと、ぶつぶつと小さく呟き出した。
「だったらやはり、生身の体のわけがない。それにしても、ついに新しい体で生まれた子供がいるって噂は聞いたが、はじめから大人ってのはいくら何でもまだ……もっとも、それもあんたが、我々と同じ人間だったらの話だが」
 どこか夢見るような変拍子ながら、その声には不敵な落ち着きが戻っていた。客はそれを事もなげに聞き流すと、おもむろに立ち上がった。上着のポケットを探り、掌ほどの、わずかに反った白い薄片を取り出す。遠くで残照の熱を受けた砂土の放つ赤い光が、白にほのかな暖かみを添えている。
 一方、手渡された剣崎の顔は、蒼白に転じた。

「これは……しかし、なぜ」
 剣崎は勢いよく直立したきり、手の中の、花弁のかたちの白い物体に見入ったまま凍りついている。
「あなたになら、ありふれた品でないのがおわかりでしょう。でも材質まではどうですか。有機物と見紛う多孔質の構造ながら、主成分はこの地上によくある鉱物と同じ、珪素化合物です。最も特異な点は、ある金属を微量に含むことで、人体には影響を及ぼさないとされていますが、実は特定の構造下で意外な働きをする……」
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登場人物紹介

剣崎顕(けんざき あき)

人工臓器造りの名手。特級生体技能者に認定され、制作物のあまりの精巧さに、「狂女王」と呼ばれ恐れられるほど。臓器造りを始めるには、あるきっかけがあったようで……

剣崎望 (けんざき のぞみ)

剣崎顕の双子の妹。顔は姉と瓜二つ。造形家で、動物・植物のほか密かに抽象立体も作っている。本物そっくりの動物が評価されてかつては超・売れっ子だったが……?

宮ヶ瀬球(みやがせ たま)

現在多くの人が恩恵を受ける画期的な再生医療技術の礎を築いた天才医師。剣崎姉妹とは浅からぬ因縁があるように見える。

謎の客

「新しい体」を持つ、剣崎より若い人物らしい。剣崎姉妹と宮ヶ瀬球の話を聞きたいと訪ねてくるが、何の目的があるのかは不明。

人形たち

剣崎顕は数多くの人形(人工体)を制作してきた。人間にそっくりだけれど動かないことで死体に見えてトラブルになったこともあるというが……

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