part 26 宇宙へ
文字数 974文字
「いいか、コマンドはあんたを守りもするが、所詮、現状優先の図面みたいなお題目だ、信じないくらいじゃ手ぬるい、しつこく疑ってかかるがいい。あんたの言う通り私たちはフラフラ揺れ動く情報そのものさ。私は情報の表面ばかり、物質の見せる深淵ばかりに取り憑かれてきたからこそよくわかる。ただ、同じ情報がどこでも同一の作用をしやしないのはあんたも認めるだろう。コマンドが教えてくれた最大のことは、コマンドだけじゃ存在できないってことさ。あんたが宇宙に惹かれるのも、知らずもっと上位のコマンドに従っているとも、違うとも言えるが、それを知って何になる? 誰を仲間として守るかも、あんたが決めるほかないんだ」
それからしばらくの間、娘の息遣いだけがかすかに響き、ぐったりと椅子の背にもたれ、暗い天井を見上げる様子を静かに伝えていた。
やがてぽつりと言うのが聞こえた。
「長い旅になるのでしょうね、宇宙へ出れば」
軽く頷いたらしい間の後、剣崎はふと何かを思い出したようにくすりと笑った。
「ここの暮らしも長かった。思い返せば、良きにつけ悪しきにつけ、人間とは思えないだの人間離れしているだのと言われてきた。あんたに言わせりゃ、そりゃごもっとも、ってところだろう。別段嫌でもなかったがね、私は自分が何者なのか、わからなかったよ。今だってわかりゃしない。それに、三百年をひどく長いと感じるんだ。どっちも随分、人間らしいことじゃないか」
闇があたりになじめば、窓に切り取られた夜空の、無数の星の輝きが際立って目に入る。生き写しに同じ造作の二つの顔が、見つめ合うのをやめ、初めて並んで同じ景色を見ていた。
「あの星のひとつひとつがとても遠く、足がすくむのは、この星に生まれたからなのでしょうか」
四角い星空に吸い寄せられる娘の目は、いましめを解かれ、かえって強くどこかへ繋がれたようでもあった。
宵闇のはじめ、ひときわ強い輝きのいくつかは、失敗し遺棄された宇宙居住区の残骸が反射する太陽光だ。この時代の暗黙知である偽物の星のことを、だが二人とも、同じ時を生きる人間たち同様、口に出すことはない。
人類の宇宙時代前夜の、ある一日のことであった。
(了)