part 3 剣崎の思い出話 数百年の昔のこと

文字数 987文字



「昔は姿かたちが似るのは不思議な、時にそれを通り越して、禍々しいことでした。私たちのような双子も、もっと古い時代には不吉とされ、片方は棄てる習わしだったというから恐ろしい。でも、私たち姉妹も生後間もなく揃って棄てられていた子です。親が古い俗信で双子を嫌ったとすれば、これでもまだ、早く生まれ過ぎたのでしょうか」
 客は聞き手に回るなり押し黙り、わずかに首をかしげたまま微動だにしないのは、人工体のひとつかと思わせるほどだった。剣崎は腕組みをして下目遣いに相手を伺うと、そのまま遠くへ目を移し、言葉を継いだ。
(みや)()()(たま)との出会いは忘れられません、あの時、狭い部屋にそっくりな人間が四人、いたのですよ――今ならば珍しくもないことですから、古い物言いを引きましたが――世の中にいるという同じ顔の五人の人間のうち、四人までが揃うとは当時にしてみれば驚くばかりで。もっとも、うち一人は実は人間ではなかったのですが」

 ちらりと見やった若い来客の顔には依然、まるで表情の変化がない。剣崎の瞳には、不審げな、逆に得心したとも取れる、複雑な色差しがあらわれた。だがそれも、小さな果実がソーダ水に沈み、すぐに気泡をまとって浮かび上がるほどの、ほんのひとときの移ろいだった。

「まだ世界が国に分かれていた最後の頃です。『国』が今の『地区』とは似て非なるもの、主に地理的に濃縮された遺伝子を共有する、原始的な集団だったのはご存じでしょう。私の育ったジャパンは黒髪に黒い瞳の人ばかりが住み、私の――あなたも同じですね――灰がかった緑色の瞳などは、誰もが外国の血と疑わず、珍しがるような国でした。ええ、おっしゃる通り、生きていた言葉も、公用語でもあった古いものがひとつきり。その後共通話を覚えたおかげで、こうして神経同期に頼らず話せますが……何ですって、ジャパニーズをお話しになる? ええ、私はその方が不自由がないくらいですが」
 客の突然の提案がよほど思いがけなかったか、蝋のように白かった剣崎の頬にかすかに赤みが差した。持ってまわった口調の「連邦共通話」をやめ、くだけたジャパニーズを口に乗せると、自然と剣崎の舌はなめらかに、表情も多少の起伏と変化を得てゆくようだった。
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登場人物紹介

剣崎顕(けんざき あき)

人工臓器造りの名手。特級生体技能者に認定され、制作物のあまりの精巧さに、「狂女王」と呼ばれ恐れられるほど。臓器造りを始めるには、あるきっかけがあったようで……

剣崎望 (けんざき のぞみ)

剣崎顕の双子の妹。顔は姉と瓜二つ。造形家で、動物・植物のほか密かに抽象立体も作っている。本物そっくりの動物が評価されてかつては超・売れっ子だったが……?

宮ヶ瀬球(みやがせ たま)

現在多くの人が恩恵を受ける画期的な再生医療技術の礎を築いた天才医師。剣崎姉妹とは浅からぬ因縁があるように見える。

謎の客

「新しい体」を持つ、剣崎より若い人物らしい。剣崎姉妹と宮ヶ瀬球の話を聞きたいと訪ねてくるが、何の目的があるのかは不明。

人形たち

剣崎顕は数多くの人形(人工体)を制作してきた。人間にそっくりだけれど動かないことで死体に見えてトラブルになったこともあるというが……

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