part 16 次元の狭間で
文字数 761文字
「じゃあ、私たちはどうして赤ん坊から成長した? 望の病気はただの不運か? 長く健康でいるのも簡単だというなら、なぜ。それに、あの卵殻は何なのかをまだ聞いていない」
客は落ち着けとばかりに咳払いをした。
「第一世代のあなたたちは地球での生きやすさを優先された個体です。記憶の回復が鈍いのも、幼生型から始めた影響でしょう。望さんの病気に関しては推測しかできませんが、恐らくそれは、高次元上の跳躍です」
初めて剣崎の表情が大きく動いたのが、その時だった。
「何の、跳躍だって」
続く立ち話に今になって気づいたのか、それにしても不自然なほどの動揺を見せ、剣崎はぎこちない動きでスツールに腰を下ろす。客もつられて、肘掛椅子の座面に再び身を沈めた。
「我々は、四次元を掌握した存在らしいです。遠くへ旅するために削ぎ落としたのか、地球生物圏に適応した結果なのか、今の私もあなたも元来の能力を失い、三次元の自由しか利きません。ですが望さんは、何かの拍子にそれを取り戻し始めたのでは」
「飛躍が過ぎる」
「例えば、一次元の直線に住む者から見れば、ジグザグに歩く二次元生物は消えたり現れたりして見える。平面上しか認識できない二次元生物から見た、垂直に飛び跳ねる三次元の存在も同じ。さらに一次元上げれば」
淡々と続く説明を蹴散らし、剣崎が全身に苛立ちをあらわに割って入る。
「そんな能書きは聞きたかないんだ。だいたい、それならば消えたり現れたりするだろう、望はただ、止まるんだよ」
「それは三次元人の認識世界が補完する、一種の残像かと」
「いい加減なことを」
剣崎の唇が馬鹿にしたように歪んだが、何かを考えめぐらせる目は真剣さを隠せていない。