part 20 古くて新しい出会い

文字数 737文字



「あんたが、あの……いや、確かにそうだ、そうじゃないか」
 見知らぬ訪問者であることだけは、今に至るまで疑いもしなかったのだろう。その相手の肌の上に、自分だけが知る秘密の痕跡でも見出したのか、剣崎の目の色が変わった。瞳の奥から、これまでにない銀色の光が浮かび上がる。あたりを焼灼しそうに強烈で、人の感情など超えた何かとしか見えないのに、体温と湿り気を感じさせて生々しい閃光だった。それはぎらりと短い輝きを放つと、無の空白のような残像を置いて駆け抜けて行った。
「ええ、あなたが作ったのは人間でも、死体でもなかったんです」
 剣崎は放心したように、はたまた高次元を跳躍するかのように静止していたが、やがて低く声を殺して笑い始めた。客の表情はそれに反し、水底に沈みゆく石の重さを感じさせてますます冷えてゆく。
「これしきで理解を超えて気が変になりましたか、人間でもあるまいに」
 どこか虚勢の覗く冷笑を浴びて、剣崎はようやく仏頂面を作って笑いを抑えたが、
「いや、むしろ合点がいった、悪くないね。変だと思ってたこと全部に説明がつくじゃないか」
 と、言葉に出すうち堪え切れなくなったのらしく、かがんだ腰に両手を当てた格好で椅子から立つと背を向けた。肩を震わせ、乱れた息を整えている。
「……球のやつ、あの死体人形を、私に内緒でね」
 ひとしきり笑いと格闘した後、まだおかしそうに言うと、入口の扉と窓との間へ目をちらちらと往復させ、またくるりと客へ向き直る。
「その球だけど、今夜来る予定なんだ。会うかい。もうそろそろだ」
 ひどく唐突な誘いだった。だが客は顔色も変えず、辞去の構えである。
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登場人物紹介

剣崎顕(けんざき あき)

人工臓器造りの名手。特級生体技能者に認定され、制作物のあまりの精巧さに、「狂女王」と呼ばれ恐れられるほど。臓器造りを始めるには、あるきっかけがあったようで……

剣崎望 (けんざき のぞみ)

剣崎顕の双子の妹。顔は姉と瓜二つ。造形家で、動物・植物のほか密かに抽象立体も作っている。本物そっくりの動物が評価されてかつては超・売れっ子だったが……?

宮ヶ瀬球(みやがせ たま)

現在多くの人が恩恵を受ける画期的な再生医療技術の礎を築いた天才医師。剣崎姉妹とは浅からぬ因縁があるように見える。

謎の客

「新しい体」を持つ、剣崎より若い人物らしい。剣崎姉妹と宮ヶ瀬球の話を聞きたいと訪ねてくるが、何の目的があるのかは不明。

人形たち

剣崎顕は数多くの人形(人工体)を制作してきた。人間にそっくりだけれど動かないことで死体に見えてトラブルになったこともあるというが……

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