part 2 超絶技巧の人工臓器造り 旧式の会話を望む謎の客

文字数 906文字



 生きたようであるためか、死んだようであるためか、いずれもが言いようのない不穏な違和感をもたらすこれら工房の主たちこそ、人々の畏怖を集め、剣崎(けんざき)に「狂女王」の異名を与えたものだった。実際、その合目的を超えて精緻な作り込みは、見る者の精神を何かしら変質させずにおかないらしい。むろん創造主たる当の本人の精神は別のはずだが、剣崎はその日、なぜかあまたの創造物から目を逸らして歩き回り、果てには窓の外の砂漠をぼんやりと数時間も眺め続けたのだった。挙句、ふと、
「退屈だね」
 と、どこか偽悪的に顔を歪めて呟いたその時だ、不意の訪問者があったのは。

 今時ろくに使われないインターフォンの、通話を促すランプが点灯するのに応えれば、神経同期を使わず話したいという珍しい申し入れがあり、これは剣崎を大いに驚かせた。カムイン、と戸を開けた際、その目はまた別の驚きで見開かれたかに見えたが、すぐに、人形じみた、とよく評されるつるりとした無表情にかえり、客が訪問の理由を一方的に述べ立てるのを聞いた。気分を害した様子はない。剣崎をよく知る人ならば、むしろ抑えきれない好奇心で瞳が輝くのに気づいただろう。
 妹の剣崎(けんざき)(のぞみ)に会いたいと客は言うのだった。まずは丁重に断るが、特に失望の色も見せず、では望の作ったものを見たいと言い出す。本人に了承を取れる状態でないからと、これまた断る。ならば、と客は臆せず、矢継ぎ早に次を切り出した。話を聞きたい、剣崎(あき)(のぞみ)、そして(みや)()()(たま)のことについて、と。
 ふむ、と頷くと、剣崎は手招きをして灰色の廊下を奥へ向かい、工房の重い扉を開いた。伴った客に椅子をすすめると、剣崎も向かいに腰掛け、油断なく相手を眺め回した。やがてゆっくり口にしたのが冒頭の言葉である。遅い午後、まだあかりをつけない工房は薄暗かったが、剣崎の、齢三百を超えて若々しい頬が、薄い笑みとも取れる形に張り詰めたのは客の目にも映っただろう。
 話は以下に続く。
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登場人物紹介

剣崎顕(けんざき あき)

人工臓器造りの名手。特級生体技能者に認定され、制作物のあまりの精巧さに、「狂女王」と呼ばれ恐れられるほど。臓器造りを始めるには、あるきっかけがあったようで……

剣崎望 (けんざき のぞみ)

剣崎顕の双子の妹。顔は姉と瓜二つ。造形家で、動物・植物のほか密かに抽象立体も作っている。本物そっくりの動物が評価されてかつては超・売れっ子だったが……?

宮ヶ瀬球(みやがせ たま)

現在多くの人が恩恵を受ける画期的な再生医療技術の礎を築いた天才医師。剣崎姉妹とは浅からぬ因縁があるように見える。

謎の客

「新しい体」を持つ、剣崎より若い人物らしい。剣崎姉妹と宮ヶ瀬球の話を聞きたいと訪ねてくるが、何の目的があるのかは不明。

人形たち

剣崎顕は数多くの人形(人工体)を制作してきた。人間にそっくりだけれど動かないことで死体に見えてトラブルになったこともあるというが……

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