二八、

文字数 2,605文字


 ──二の姫と弦丸、ふたりの物語の結末は悲劇となる。
 それは、二の姫が弦丸への気持ちに気付いても、どんなにその想いが深くても、ふたりは違う世界の存在だから。
 そういう存在として書いたから……。
 共におなじ場所、おなじ時間を過ごしても、触れ合うことすらできないふたりの世界は交わらない。
 互いに絶対に手に入れることのできない存在。

 どうしてそういう物語(はなし)にしたのだろう…──。

   ◆  ◇  ◆

 衣奈(いな)と宗助を出奔させてからもう随分と経っていた。
 その間の二の姫は、杜の中では巫女修行に(いそ)しみながら、里に下りては人の情に触れる、という日々を送っている。
 杜にいる間の姫に表情は乏しく、静かな暮らしの中でも、その胸中には、朝野の家督を奪った叔父長方への恨みの念が(くすぶ)っていると察せられた。
 杜を出て里にあるときには、姫の表情は生き生きとしていて、里の人との交わりの中で本来の朗らかさを見てとれる。そういうときには、朝野の家の事も大祝(おおほうり)に連なる血脈のことも忘れているかのようだった。
 弦丸は、そんな二の姫の傍で穏やかな日々を送っていた。

 そのような折、(()()の起こりであった)主家緒田家の跡目をめぐる戦における長方の不穏な動向が伝わってくる。
 いっこうに決着のつかない戦──争いはもう三年以上続いていた…──の趨勢を一気に(けっ)せんと、緒田御本家の居城の後背に位置する山神の杜を切り(ひら)き、城の背後に兵を送る道を通してしまおうというのである。
 山神の側がいつまでも長方の権威を認めない(託宣を与えない)ことが、長方にこのような暴虐を決意させたのかもしれない。いずれにせよ、それは神域への冒涜である。大祝(おおほうり)に連なる家の者のすることではない。

 二の姫は怒りに身を震わせたが、弦丸は蒼白となった。
 杜に棲まう(あやかし)の類は、神域が失われれば生きてはゆけない。人に触れれば消えてしまう弦丸も、当然、杜の神域の中でしか安住できない。だが彼の顔を蒼ざめさせたのは自分のことなどではなく、ここに住まう妖と、そして二の姫のことを案じてのことだ。
 このときにはもうそれをわかるようになっていた二の姫は、弦丸のそういう優しさに惹かれていた自分に気付いているのだったが、同時に、伯父長方の悪行を止めねばとの想いも、いよいよ強くしていく。

 そうして、結局、戦を避ける手立てのないまま時間だけが過ぎ、(つい)に弦丸と二の姫は、他の妖たちと共に山神の杜を守るため、長方の率いる軍勢に弓を向けることになった。

 長方の手勢が杜に踏み入ってきて戦いが始まった頃には、弦丸の指図の下、妖たちはよく戦った。
 弦丸は〝陰に紛れる〟妖の技のことをよく知っていて、そういう妖の特技を巧みに使う弦丸の用兵は彼の性格の通りに周到だった。長方の()して多くない手勢は散々に追い散らされることとなる。……もう一つ、怪我人はそれなりに出るのだが死者がほとんど出ないのも彼の性格の通りと言えた。

 いずれにせよ、緒戦は杜の妖たちの勝利であった。
 巫女装束に弓を手にした二の姫も、その凛とした立居姿で大いに意気を鼓舞した。打ち負かされた朝野の兵は、彼女の口上──山神の杜に対する戦の是非──を背に逃げ落ちるのが常となる。

 そんな妖たちの善戦に(むな)しく時を費やすばかりとなった長方が、(つい)に道を(ひら)くのを諦め兵を退くのではないかと思われたとき、状況が変わる。
 緒田本家と家督を争う三男達成(みちなり)が、都から強い(しゅ)を操る〝(まじな)い師〟を呼び寄せたのである。

 城を正面から落とすことは難しく、膠着(こうちゃく)状態も長引く中、はじめ気乗りのしなかった〝後背の杜から攻めかかる〟という長方の策に魅力を感じ始めたらしい。
 だが長方に任せていては、いったい何時(いつ)になれば道が拓くのか、(はなは)だ心許ない。聞けば杜を守るのはそこに巣食う魑魅魍魎の類だとか。そのようなモノが相手であれば、たしかに長方の手の者だけでは荷が重かろう。
 なればと達成(みちなり)は、金の力で都から(まじな)い師を招いた。
 山神の杜の神域に道理を(わきま)えぬ物の怪が居付き世を乱している。なればそれは調伏(ちょうぶく)されねばならぬ。それが達成(みちなり)の見解だった。


 果たして招きに応じた鬼一(きいつ)法眼(ほうげん)は、金で雇われた(まじな)い師ではあったが、兵法を知り、(しゅ)技前(わざまえ)も確かな人物であった。
 ……この鬼一法眼に弦丸は捕縛されることとなる。

 弦丸と鬼一法眼の用兵者としての力量は互角だった。お互いに〝敵を見てその戦術を転化する変幻自在の謀計〟を得意としていて、更には事前の備えを怠らぬ周到さも兼ね備えていた。
 置かれた立場と状況に違いあったが、()()能力において、互いに足りないものを見出すことはできなかった。
 それでも勝敗を分けたのは、弦丸にはあって鬼一になかったもの……共に戦う朋友への情愛、なかんづく二の姫に対する想いである。
 それに鬼一は付け込んだ。

 あるとき鬼一は、長方を口説いて出陣させ、わざと兵を敗走させた。そうすることで二の姫を戦場の只中(ただなか)に誘い出したのだ。
 二の姫にすれば、ここで長方を討てば長引き始めた戦を終えられる。父上、母上、そして姉の仇も取れる。千載一遇の機会と思えた。
 果たして目論んだ通りに姫が突出すると、鬼一法眼はただ一人戦場にて姫を待ち受け、警護の二体の妖の自由を(しゅ)で封じると、姫の身柄を押さえてしまったのである。
 その身のこなしは鮮やかだった。
 二の姫は、ふたたび自らの猪突が招いたことに、しまった! と(ほぞ)を噛んだが、もうその時には万事休す、であった。

 人質となった二の姫を前に山神の杜の妖は動きを止め、馬首を返した朝野の手勢に囲まれることとなる。
 身動きの取れなくなった妖の群れにいまにも襲い掛かろうという朝野勢を制し、鬼一法眼は呼び掛けた。
「杜に棲まいし妖どもよ、これなる姫巫女がおまえたちの(まとめ)か?」
 応えはすぐには起きなかった。
 鬼一は重ねて訊いた。
「──では(タレ)か?」


 動きを止めた妖を囲う朝野の手勢の中、鬼一の傍らに引っ立てられながら、二の姫は念じた。

 ──応えることはない。このまま囲みを破って杜に逃げて、と
    皆が逃げ(おお)せはしないだろうが、せめて弦丸……
      おまえだけは逃げて欲しい…──。

 二の姫は身勝手を自覚しながら、そう念じていた。

 だが、弦丸に()()()があろうはずはない。
「俺だ…──」
 十重二十重になって彼の身を護ろうという妖たちの垣根を割って、弦丸は鬼一の前に姿を(さら)した。
「俺が(まとめ)だ」
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