2006年9月12日

文字数 951文字

2006年9月12日
 今日はあの日から5年目に当たる。あれは第二のブラック・セプテンバーである。合衆国政府は、テロ掃討を理由にアフガンとイラクへ派兵したが、効果覿面だったと言えず、おまけに、その余波で核の封じ込めまで失敗している。怒りにかられて、ハード・パワーで解決しようとしたのはやはり短絡的である。「すぐに行動したがる性向は、精神の不均衡を示す兆候である」(『情熱的な精神状態』)。イラク戦争はベトナム戦争とのアナロジーで語られるが、停戦の交渉相手がいないという点では、ソ連のアフガン侵攻に近い。いや、開戦の正当性のなさでは、それ以下だろう。

 9・11以後、アメリカ=「帝国」論が流行したが、視点がハード・パワーに限定されていて、幅広く考える別の概念が必要だ。ただ、アントニオ・ネグリ=マイケル・ハートはアメリカを帝国自身ではなく、その表象であり、帝国がグローバルなレベルに達し、固定された境界のない最高度に拡張した脱属領化だと言っている。

 EUは史上初めてのソフト・パワーによる欧州の統合である。それ以前の統一への野望は、古代ローマからアドルフ・ヒトラーに至るまで、ハード・パワーに基づいている。20世紀は「魅力によって望む結果を得る能力」(ジョセフ・S・ナイ『ソフト・パワー』)のソフト・パワーの重要さが顕在化した時代である。アルカイダを代表とするイスラム主義者の連携もソフト・パワー的現象であろう。大英帝国が終わって英連邦が誕生した歴史を考慮すれば、「帝国」ではなく、ソフト・パワーによる連合を含む「コモンウェルス(Commonwealth)」を使うべきである。

 加えて、「ハード・パワー」や「ソフト・パワー」という概念よりも、前者を「エネルギー」、後者を「エントロピー」とそれぞれ言い換えるのが賢明である。エネルギーは力の源あるいは物であり、エントロピーは情報を指す。対象を物として扱うことになれているため、エネルギーが一般に定着しているのに対し、エントロピーはイメージしにくいが、それこそソフト・パワーが理解されにくい点も反映している。「帝国」の発想がエネルギー=物質であり、「コモンウェルス」はエントロピー=情報に基づく。「帝国」は普及し、「コモンウェルス」が浸透しないのは当然だろう。
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