【茜坂病院前バス停にて ─終点─】

文字数 898文字

 茜坂病院前バス停にて。
 わたしは生まれて初めて恋に落ちた……

 みーんみんみん。
 みーんみんみん。

 セミがけたたましく合唱する八王子市の山道。
 車もほとんど通らない、峠へ伸びている一車線の道。
 その表面はぼろぼろで、しわくちゃおばあちゃんの様なひび割れたアスファルトが覆っている。
 割れたその隙間からは沢山の雑草が顔を覗かせて、呟く。

『こんにちは。ようこそ、わたしの大好きな茜坂病院へ』

 そんな日本中の皆に忘れられたような道の途中に、バス停がある。
 血に塗れたようなサビだらけで、もう字も読み取り辛い。
 だが確かに、「茜坂病院前」と書いてある。
 裏手にある坂を登った所にある古い総合病院、「茜坂病院」にアクセスする為のバス停だ。

 ……

 この物語の登場人物の一人、赤いワンピースの女性は、そこに立っている。
 二十三歳。
 そんな彼女には、内緒の秘密がある。
 毎日十一時三十分に、そのバス停でバスを待つことだ。
 一人で待つのだ。
 身長は、百七十くらい。
 清楚な黒髪はおかっぱ頭、ボブヘアーだ。
 瞳の色は茶色で澄んでいる。
 痩せていて、肌は抜けるように白い。
 胸は──誰かに似て──ぺったんこで無い。
 赤ちゃんがいるのか、お腹が大きい。
 血で赤く染った、ノースリーブのワンピースに見える服を着ている。
 頭には、白いリボンの付いた麦わら帽子。
 小さな花のチャームが付いた白いお洒落なサンダルを履いている。
 いつもこの時間に、レースの付いた白い日傘を差して、古いアンティークみたいな旅行カバンを持って、バス停で立っている。
 彼女が何処へ行きたいのか。
 何を待っているのか。
 誰にもわからない。
 何故なら、彼女を知っているヒトは、もう誰もいないのだから。
 それでも、彼女は毎日この時間になると、バス停に現れる。
 自分が何者なのか、誰を待っているのか。
 もう彼女にもわからない。
 大きくなったお腹をさする。

 ……それでもいい。
 ずっとずっと、彼女は■■のことが大好きなのだから。
 文字通り、ずっと、ずっと。

 終わらない、一人で待つ日々。
 毎日続くバス停の日々。
 これは、そんな残酷な「()」の、物語である……

【完】
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