【逢沢瞳 ─冬─】

文字数 1,298文字

 さああっ。

 関東地方の冬は寒い。
 空は抜けるように蒼く高くて、お日様も出ている。
 陽の光はすっかり落ちた木の枝からきらきらと差し込んでいる。
 それなのに、空気は切れるように冷たくて、日向でも暖かみを感じない。
 こんなふうに風が吹き抜ける度、指先が刺すように冷たい。
 こんな日でも、博巳の想い人はノースリーブのワンピースだ。
 膝上のスカートは、その白い足を隠そうともせず、露わにしている。
 でも、震えてもいないし、鳥肌も立っていない。
 冷たい風が吹いても、聖母のように穏やかに前を向いて静止する瞳さんは、まるで大理石の彫刻のよう。
 そんな瞳さんが、博巳はこの上なく好きだし、愛おしい。
 ふわり。
 スカートがはためく。

(あ。今日も水色かあ)

 痩せた四肢の根元を包むただの布が一枚あるだけ。
 それだけなのに、とてもどきどきする。

(ああ、いけないいけない)

 今日は、違う。
 なにもぱんつを見に来たわけじゃない。

(この前の続きを考えに来たんだった)

 たしか「何度目か」で、悩んでいた……ような気がする。
 あの時は秋で……

(あれ、秋だったっけ。でも、水着を着てもらったのは……あれ、夏じゃなかったっけ。あれ。で? 今は冬だ。うん。間違いなく冬だ)

 博巳は首を傾げる。

(で……?瞳さんと出会ったのは……四月だ。それで。七月に、確か一回……倒れなかったっけ)

 それから。それから?
 なんで。なんでそんなこと。考えてるんだろう。

(だって、だって僕は)

 僕は?

(いつから、ここにいるんだっけ。いつから……)

 ぶろろろろ。

 遠くからバスの音が聞こえてくる。
 お馴染みの西東京バスだ。
 朱色とクリーム色の車体は、冬の山ではとても目立つ。
 八王子駅北口。
 いつもの行先が読める距離まで近付くと、ディーゼルエンジンの臭いがしてくる。

 ごおっ。

 バスは、いつものように瞳さんと博巳とバス停を無視して通過する。
 一層排ガスの臭いが鼻の奥を刺す。
 でも、赤いワンピースの想い人は、顔色一つ変えない。

 おおおん。

 坂道を登るバスは、エンジン音を大きく響かせながら、遠ざかって行った。
 ぱちん。
 瞳さんが日傘を閉じた。
 するすると慣れた手つきで傘を留め紐で巻いて、旅行カバンと一緒にバス停の横に置いた。

「きーん!」

 誰も見ていないはずなのに、瞳さんは両手を広げて、アニメの女の子のように走り出した。

(わからない)

 いつから、こうして瞳さんと居るのか。
 いつから、バスを待っているのか。
 一体どれくらいの月日、待っているのか。
 何を、待っているのか。

 ……

 ざっ。

 視界が急に暗くなる。
 夜だ。
 上を見上げる。
 月が出ている。
 満月だ。
 前を見る。
 また、バス停が埋もれている。
 病院に繋がる道も、全部、がけ崩れでもあったかのように埋もれ、跡形もない。

 ぴー。ぴー。しゅー。しゅー。

 何かの機械の音が聞こえる。

(なんだ? なんの音が聞こえるんだ? 僕は今、「どこ」にいるんだ?)

 ……

 ざっ。

 さああっ。

 冬の風がして、博巳はまた元のバス停に戻っていた。

(今のはなんだ? わからない。僕には、何もわからない)

 関東地方の冬は……寒い。
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