18.少女の話-物語徴集人と

文字数 2,079文字

お城の一室で、私は椅子に座っていた。当然だけど、普段家で使う椅子とは素材が全く違っている。何となく落ち着かなかった。
 二メートル程先には書類の広げられたテーブル。そしてその奥には、眼鏡をかけた女性が座っていた。
 神経質そうに右目をぴくぴくと震わせながら、手に持った残りの書類を読んでいる。彼女から発せられるひりついた空気が、部屋全体に充満しているようだった。
 居心地は、正直あまり良くない。
「ふぅ.....、まあ、とりあえず状況は納得しました」
 全く納得していないであろう口調で彼女はいった。私は思わず苦笑いを漏らす。はは、と乾いた笑い声が妙に大きく部屋に響いて、物語徴集人はますます眉間の皺を深くした。
 胃がキリキリと痛む。
「筋書きのブレがあったとはいえ、物語自体を完遂した事は評価します。ですが、貴女の問題行動は見逃せない。猟師を呼ぶ為に狼に抱きつく、その上、物語が破綻してもいいと鋏を要求する。これらは演者の行っていい行為ではありません。理解していますね?」
 きつい口調で彼女は言った。
 私は頷く。
「理解しています。その上で私が自分の意思でやりました。罰があるなら、お受けするつもりです」
 目を逸らさず、じっと徴集人を見つめながら私はきっぱりと答えた。彼女も私を怒りに満ちた目で見る。
 無言の睨み合いが数秒続いた後、重い息を吐いて先に視線を逸らしたのは、徴集人の方だった。
「.....他の演者からの苦情等もなく、神の心から頂けた魔法の品も規定量はクリアしています。今回だけは、特別に許しましょう。ただし、次はありませんよ」
 思わず私は顔を綻ばせる。内心は気が気ではなかったからだ。禁固刑であったらどうしようかと思っていた。
 安堵の息を吐いて、背もたれに寄りかかる。ふかふかの椅子が、私を優しく支えてくれた。
 徴集人は眼鏡を軽く押し上げ、先程よりは硬くない口調で、私に続けて問う。
「これは処遇とは関係ない質問なのだけれど、一つだけ聞かせてもらっていいかしら。――どうしてそこまで、あの狼を庇ったの?」
 少し悩む。
 私に問うておきながら、彼女は手元の書類に目を落としていた。それを私はじっと見て、言うべき言葉を自分の中から掬い上げる。
「......許されたかったからかもしれません」
「何から?」
 私の言葉に、彼女はノータイムで言葉を返す。その目は、私に向けられないままだ。
「私は、両親が家に居ない日が長く続きました。でもそれを寂しいとは思わなかった。思えなかった。寂しいと思ったら、両親の頑張りを否定することになるから。努力は自分を裏切らない崇高なものだと、私は知っていたから」
 それでも私は徴集人を見つめたまま言う。
 ずっと誰にも伝えてこなかった、自分の中のどうしようもない感情の欠片をこぼす。
「でも、寂しさ自体は私の中から無くならなかった。彼に会って――彼を想うことで、ようやく私は寂しいという感情の存在を認められた。私の中もあるんだという事実を許容することができた。私は彼を守ろうと思うことで、寂しかった自分自身を守っていたんです。今回もきっとそう。自分が狼であると思えなかった彼を庇う事で、寂しいと思えなかった自分を許したい。孤独だった昔の自分に、認めずに一人にしてごめんなさいと伝えたかったんです。彼は認めないわけじゃなくて、心がそもそも狼ではなかったわけですから......私たちの抱える痛みは別種のものなんですけど」
 独りよがりですね、最後にそう呟いて私は口を閉じた。
 それでも彼女は顔を上げない。そのまま細く長い息を漏らし、もう行っていいわ、と小声で言った。
 私は立ち上がり、扉に向かう。
 部屋を出る前に振り返ると、彼女はまだ硬い面持ちで手元の書類を見つめていた。
 本当に不器用な人だと、私は心の中で小さく笑う。
 パタン、と軽い音を立てて、扉を閉じた。
 城の廊下は陽光に明るく照らされていて、窓からは花の香りがした。

 赤ずきんが部屋から去ると、徴集人は大袈裟に溜息をついてだらんと椅子にもたれる。
「あーーーー、疲れた」
 先程とは打って変わって、硬さの欠片もない行動であった。
 テーブルに散らばった書類をダラダラと面倒そうに集めながら、彼女は愚痴をこぼす。
「なんで娘に向かってこんな圧迫面接じみた事しなきゃいけないのかしら。ほんっとにお城に勤めるとかしなきゃよかった。継母役でいじめの演技してた頃の方が何倍も楽だったわ、全く.......」
 集め切った書類の束を両手で持ち、その下をテーブルで軽く叩いて合わせる。
「......そうすれば、思い詰めるほど寂しくさせる事もなかったのに。本当、私ったら」
 立ち上がると、締め切っていたカーテンを開けた。灯っていたランプの明かりを落とす。
 そして、軽く右手の束を見ると、
「でも......筋書きは破綻寸前だった筈なのに、献上されたらしき物語の質は普通――どころか、いつもよりだいぶ良さそうなのよね。魔法の品の量も普段の倍近くあるし。一体、神の心は何がお気に召したのかしら」

 不思議そうに、そう呟いた。
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