0.獣の話

文字数 360文字

「ごめんなさい、できません」
 泣きながら僕は言いました。

「どうして?」
 その人は聞きました。

 ごめんなさい。
 僕には、うまく説明ができません。
 言葉が空回ります。
 舌が震えます。

「大丈夫、大丈夫よ」

 その人は僕の頭を抱いて。

 背中を撫でながら、優しく言いました。
「怖い事でも、痛い事でもないから。大丈夫。貴方は優しい子なのね。まだ時間があるから、もう少し私は待つわ。......だから、そんなに泣かないで」

 皺の多い指が、僕の手の甲を撫でました。
 情けなく鼻をすすりながら、頷いてそれに応えます。

 まだ大丈夫。
 まだ取り返しがつく。
 だからお願いします。
 僕に、勇気を下さい。

 歯をカタカタと、自分でもみっともないと思うくらいに鳴らしながら。
 僕はゆっくり、その人の喉に手をかけました。

 予想よりもずっと、細い首でした。
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