4.狼の話-むかしむかし

文字数 1,606文字

 昔々の話だ。
 僕のひいお爺さんの頃にはもう既にそうだったらしい。
 文献が残っていたから、確かな筈だ。
 だから本当に、昔の話。

 僕達の住むこの世界に、光り輝く塊がいくつも空から落ちてきた。
 輝く球体。多くの被害を(もたら )したそれらを、僕達のご先祖は神と呼んで恐れ崇めた。
 山火事などの災害が落ち着いた後。ご先祖たちは神に近づく、すると地上に落ちた神は、表面の割れ目.....口から、幾つもの魔法の品をご先祖たちに与えてくれた。
 それは、どんな野菜や果物も立派に育つ土だったり。持つと軽いのに風では飛ばす壊れもしないレンガだったり。尽きない水が湧き出る井戸だったり。痛みも傷も残さずにお腹を開けられる鋏だったり。
 ご先祖たちの生活水準を爆発的に向上させる、正に神の力の籠った品々だった。
 たいそう喜んで、ご先祖たちは神様に捧げ物をしようとした。
 食べ物を、お酒を、どうぞお召し上がりくださいと。けれど神はそれを口にしなかった。神にはそうする事が出来ないようだった。
 時間が経つにつれ、神の輝きはどんどん薄れていった。与えてくださる魔法の品も、量は減っていく。その力も弱り、すぐに動かなくなってしまう物まであった。
 困り果てたご先祖たちは、神に祈りを捧げた。
 毎日毎日、晴れの日も雨の日も。
 太陽の下で。曇り空の下で。大雨の下で。月光の下で。
 どうか力を取り戻してくださいと。
 けれど、神は輝かない。
 今度は生贄を捧げる事にした。人の、狼の、犬の、猫の。
 血と臓物を神の口に詰め込む。
 けれど、神は輝かない。
 生贄を食べる様子もない。
 
 ご先祖たちは行き詰まった。
 このまま神を失うのかと、絶望に暮れた。

 恐らく偶然だったのだろう。
 或いは文献用に脚色されているのかもしれない。

 一人の美しい女性が、神の近くにある岩の上で。童話を二人の子供に読み聞かせていた。
 女性はある時は優しく、ある時は低く恐ろしい声を上げながら、息子と娘に物語を伝える。
 二人はその言葉を真剣に聞きながら、笑ったり泣いたり。心を震わせていた。
 その時だった。ふと眩しさに気付き、女性が神の方を見ると。神は落ちてきた時そのままの輝きを取り戻していたのだった。

 神の食べ物は、物語と人の心だったのだ。
 落ちてきたのは神そのものではなく、神の心だったのだ。

 ご先祖たちは、神の心に物語を捧げるようになった。周りで考えついた物語を演じた。その物語を言葉にして纏めた。それを朗々と歌い上げた。
 神の心は今までよりもずっと多くの品を与えてくれるようになった。そして成長するように、少しずつその体積も増した。
 比例して国も大きくなっていった。国民が増えれば、それだけ捧げられる物語も増える。そしてまた神の心も力を増す。
 国は神の心と共にあり、共に発展していった。

 物語を紡ぐ事と他の仕事を両立させる為、いつしかこの国には決まり事ができた。
 国民は四つの纏りに分けられた。
 春の住民、夏の住民、秋の住民、冬の住民。
 呼ばれる季節が巡って来れば、その人々は『登場人物』として皆でそれぞれ物語を紡ぐ。そして違う季節では普段の仕事を行う。
 一年間絶え間なく物語は神の心に捧げられ、国内での仕事が滞る事もなくなった。
 僕達は誰しも、物語の登場人物と自分自身を兼任する事になった。
 いや.....登場人物であることも、自分自身の一部になった。

 そして僕は、僕は。

 父は代々この国で『赤ずきんの狼』を務め、その功績から『大狼王』の称号と地位を国王から与えられた一族の現当主。
 無名であった母は、初めて紡いだ物語で、主演の灰被りを演じていて。
 近くで別の狼として演技をしていた父に、その美しさを見初められ、一夜にして名家の夫人の地位を得た......そう。灰被りの役で、シンデレラストーリーの主人公となった女性。

 この国でも名の知れた二人の間に産まれ、将来を期待された狼だった。
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