9.赤ずきんの物語-再びお婆さんの家で

文字数 1,122文字

 言いつけの通り、赤ずきんはミルクとパンを持って再びお婆さんの家にたどり着きました。
 一度間違えてしまったけれど、今度は大丈夫。村の人はそうだったかな、なんて不思議そうな顔だったけれど。
 赤ずきんは間違ったりしません。
『こんにちは、お婆さん。パンとミルクを届けにきたわ』
 弾んだ声を出して、赤ずきんは扉を開きます。花束はもう一回作り直した方が良かったかしら、なんて思いながら。
 お家の中は静まりかえっています。
 赤ずきんの言葉に、返事をする人は誰もいません。ただ奥にあるベッドの上、布団の大きな膨らみが、ぶるぶると震えていました。
 もう春なのに、お婆さんは寒いのでしょうか。
『お婆さん、お婆さん? どうしたの?』
 心配しながら、赤ずきんはベッドに歩み寄ります。けれど、お婆さんは顔を出しません。
 どうしてでしょう。赤ずきんは不思議に思います。いつものお婆さんなら、赤ずきんの知っているお婆さんなら、顔は出さなくても声は返してくれるはずです。
『お婆さん、どうしたの? お顔を見せて』
 布団の膨らみに手を伸ばします。
 優しくその身体を揺さぶります。
 けれど、お婆さんは顔を出しません。
 赤ずきんは困ってしまいました。
 これでは何も言えません。
 目の事も、耳の事も、口の事も。
 赤ずきんは質問する事ができません。
 仕方がないのでもう一回、身体を揺さぶります。
『お婆さん、どうしたの? お婆さん』
 ゆさゆさ、ゆさゆさ。
 今度は少し力を込めて揺さぶります。
 けれどお婆さんは、起きあがろうとしません。
『......どうして?』
 困り果てた赤ずきんは、頬に手を当てて考え込んでしまいました。
 もしかしたら、お婆さんはとても具合が悪くなってしまったのかもしれません。それこそ、起き上がることができないくらいに。だったら早くお婆さんを助けなきゃ。
 でも、違ったらどうしよう。間違えて怒られてしまったらどうしよう。さっきみたいに。
 赤ずきんは恐れに胸をどきどきさせながら、ゆっくりとお婆さんの隠れている毛布を捲りました。
 そこに横たわっていたのは、

「......っあ」

 お婆さんの服も着ず。
 膝と頭を抱えて。
 大きな口の大きな牙を、恐怖で震わせカチカチと音を立てている。
 狼さんでした。

「ああ......あなた......」
 赤ずきんはそう言いながら――

 ――私はそう言いながら、じっとその顔を見つめた。

 今更ながら彼の顔を見て分かった。我ながら遅かった。
 例え顔が帽子の下だって、その声は――あの時と変わらず。
 真っ直ぐに優しさを湛えていたのに。

 彼は私が初めて見た物語の悪役。
 三匹の子豚を食べようとして、その後三男を必死に慰めていた。
 あの、狼さんだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み