2.少女の話-幼い頃

文字数 1,502文字

 初めて私が物語を見たのは、もう少しだけ小さい頃。
 お父さんとお母さんがお城で暮らす前でした。
『三匹の子豚』
 薄い本に、赤い文字でそうタイトルが書かれていて。怖い感じで苦手だと思ったのを、今でもはっきり覚えています。
 おばあちゃんに手を引かれながら、時々その背中に隠してもらいながら。
 こっそり私達は、その物語を見ていました。

 三匹の子豚は、母親に『大きくなったのだからこれからは皆一人で暮らしなさい』と言われ、それぞれ思い思いの家を建てることになりました。
 長男は刈って集めてきた藁で家を作り。
 次男は山で切ってきた木で家を作り。
 末っ子は街で働き、買ってきたレンガで家を作ります。

 三匹が家を建て終わり、安心して住み始めた頃。お腹を空かせた狼さんが、獲物を求めて家の近くに現れます。
 長男の建てた藁の家は、狼さんの大きな鼻息で、すぐに飛んでいってしまいました。
 逃げ出した長男は次男に助けを求めます。
 二匹が木の家の中で震えていると、木の家は狼さんの体当たりで、木っ端微塵に壊れてしまいました。
 驚いた二匹は、末っ子のレンガの家目指して走っていき。
 狼さんは、その背を大きな目でじっと見ていました。

 このままきっと皆食べられてしまう。
 私は怖くなって、おばあちゃんの後ろに隠れてぎゅっと目を瞑りました。
 震える私の頭を、ずっとおばあちゃんが撫でていてくれたのを覚えています。
 どかん! と一際大きな音が響いて。
 目から零れた涙が、熱かったです。

「おやおや、これは困ったねぇ」
 おばあちゃんがそう呟きます。
 恐る恐る、私は目を開けました。

 何だかよく、私にはわからないことになっていました。
 その時の私には、理解が追いつきませんでした。

 レンガの家が、バラバラに壊れていました。
 泣きながら謝る末っ子。
 舌打ちをする長男。
 ため息を吐いて掃除を始める次男。

 狼さんは、何故か一人で遠くに立っていました。ぼんやりとした顔で。
 とても、悲しそうに。

 末っ子は狼さんに駆け寄ると、何度も何度も頭を下げます。泣きながら。何度も。
 狼さんはそれに対して、末っ子よりも頭を下げていました。
 狼さんも、泣きそうな顔で。
 泣き出しそうに、辛そうな顔で。

「どうしてこうなったの? おばあちゃん」
 私が聞くと、おばあちゃんは困った顔をして私の事を覗き込みました。
 おばあちゃんの瞳も、悲しそうに曇っていました。
「物語はね、どんな物でも間違う時があるんだ。演者の失敗だったり、準備の足らなさだったり。他にはその日の天気だったり。単に運が悪かったりしてね」
 私には、どんな失敗だったのかはわかりません。
 けれど、その場の嫌な空気だけははっきりとわかります。
 怖かったです。
 狼さんが三匹の子豚を襲った時よりも。
 ずっと、ずっと。
 とても、怖かったです。
「××、お前もいつか、こうして物語を演じる側になる時がくる。そしてその時、間違えてしまう時が来るかもしれない。......そんな時、決して他人を責めるだけの人になってはいけないよ」
 山になった藁が。
 砕けた木材が。
 バラバラになったレンガが。
 少しずつ、掃除されて運ばれていきます。

 物語だったものが、なくなっていきます。
 何一つ残さず。
 消えていきます。

「もしかしたら間違うのはお前自身かもしれない。そんな時に居る全員がお前を責めたら、もう次の物語を演じたくなくなってしまうだろう? だからお前も、他人を責めたりしてはいけないよ」
 言いながらおばあちゃんは、私の頭を優しく撫でていました。
 私の肩を抱いたり、手を握ったりしながら。
 私とお父さんとお母さんの、家に着くまで。
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