1.赤ずきんの物語-森の小道で
文字数 2,126文字
むかしむかしのお話です。
けれど、皆さんが思う「むかしむかし」よりは、今に少し近い。
そんな国のお話です。
一人の女の子が、パンと葡萄酒を入れた籠を手に、森を歩いていました。お婆さんに届けるよう、お使いを頼まれて。
それが、少女の役目でした。
それが、『赤ずきん』と呼ばれる彼女の仕事でした。
木漏れ日の差す森の小道を、赤いフードを揺らして進みます。
どんどん、どんどん。
『森には怖い動物が出るから、気をつけなさい』
村の人はそう赤ずきんに言いました。けれど、どうやらそんな心配はなさそう。
居るのはリスやウサギ達ばかり。ぽかぽかの陽気で、なんだか眠くなってしまうくらいです。
けれど赤ずきんは働き者です。途中で怠けたりせず、とことこ足を進めます。お婆さんへの届け物のために。
『お日様もこんなに陽気なんですもの、今日はきっと素敵な一日になるわ』
きらきらした笑顔を浮かべながら、赤ずきんはそう喜びました。
小道を進むと、道の少し広がった場所に出ます。そこは小さな自然のお花畑になっていて、綺麗なお花がたくさん咲いていました。
青、黄、そして赤。
その美しさに、思わず赤ずきんは目を奪われます。
『まあ、なんて素敵なのかしら。まるで劇場の舞台みたいに華やかだわ』
嬉しくなった赤ずきんは、その場にしゃがむと、花に顔を近づけます。春の花の、良い香りが周囲に漂っていました。
『やあやあお嬢さん。...こんな...、こんな所で、何をしているんだい?』
突然かけられた声に、赤ずきんははっとして顔を上げました。
気づかない間に目の前に立っていたのは、大きな身体の狼さんでした。赤ずきんは驚いて、尻餅をついてしまいます。
狼さんは慌てながらも、赤ずきんに手を差し伸べます。鋭く尖った爪の生えた指先が触れないよう、丁寧に赤ずきんの手を取り。怪我のないよう、優しく彼女を立ち上がらせます。
『ごめんごめん、驚かせてしまったね。僕はこの森で暮らす狼さ。お嬢さん、君はこんな所で一体なにをしているんだい?』
赤ずきんは改めて狼さんをじっと見つめました。大きな口から覗く牙。威圧感のある外見。目深に被った帽子のせいで顔は良く見えませんが、とても恐ろしい風貌のように赤ずきんには思えます。
けれど、その声には優しさの色が滲んでいます。とても心の温かな狼さんなのでしょう。どうしてか赤ずきんはそう直感しました。
先程言葉を噛んでいたので、もしかしたらとても慌てん坊なのかもしれません。
『こんにちは、狼さん。私は赤ずきんっていうの。頼まれたお使いで、この先に住むお婆さんにパンと葡萄酒を届けにいくところよ』
ぺこりと一礼して感謝の意を示しながら、赤ずきんは狼さんにそう答えます。狼さんは口の端を笑顔の形に歪めると、親切にこう言いました。
『それじゃあ、家に着く前にお花を摘んでいくといいよ。この先を少し行った所に、ここよりも大きなお花畑があるんだ。綺麗な花が一面に咲いている。そこで花束を作って持っていけば、きっとお婆さんも喜んでくれるさ!』
狼さんの言葉に、赤ずきんは驚いて目を丸くします。
『ええっ、ここよりも綺麗なお花がたくさん? それはきっと素敵な花束ができるわね! ......でも、狼さん。そうしたらお使いが少し遅れてしまうわ。お婆さんは悲しんだりしないかしら?』
喜びながらも悩む赤ずきん。
狼さんはそれを見て頷きます。
『遅刻してお婆さんが心配しないか不安なんだね。君は優しい子だ、赤ずきん。大丈夫だよ。それじゃあ僕が先に行ってお婆さんに伝えておいてあげる。赤ずきんは少し遅れるようだけど、無事だから心配しないでってね』
狼さんの申し出に、赤ずきんは安心して胸を撫で下ろします。同時に大きな花束を作ろうという、やる気がもりもりと膨らんできました。
『ありがとう、狼さん! 頑張ってとても素敵な花束を作るわ。お婆さんに会ったら、私はすぐ向かうわと伝えてね』
小声で歌を口ずさみながら、赤ずきんは狼さんに教わった花畑に向かって進んでいきます。
狼さんはその後ろ姿を見送り、そしてニヤリと笑みを浮かべました。
「...赤ずきん」
不意の出来事でした。
本人もきっと、意図してはいなかった問いかけなのでしょう。
ぽつりと、堪えきれないように、けれど小声で。
狼さんの口が、言葉を紡ぎました。
「赤ずきん、君は...君は辛くはないのかい? お婆さんの家に行くことが」
赤ずきんは振り返り、不思議そうに首を傾げます。言葉の意味はわかっても、そこに乗る気持ちがわからない。とでも言うように。
「どうして? 狼さん。もちろん私は大丈夫よ。私は赤ずきんだもの。お使いだってできる。だってどうしたら良いかもちゃんと教わった」
先程と変わらぬ笑顔から伝えられる意思は、嘘であるはずもなく。
「だからしっかりこの仕事は......お使いはこなすわ。私は、赤ずきんなのだもの」
森の小道。
小さな花畑を挟んで。
『ありがとう、狼さん! 頑張ってとても素敵な花束を作るわ。お婆さんに会ったら、私はすぐ向かうわと伝えてね』
赤ずきんは再び狼さんにそう伝えると、彼の前から立ち去りました。
今度は歌を口ずさむ事なく。
けれど、皆さんが思う「むかしむかし」よりは、今に少し近い。
そんな国のお話です。
一人の女の子が、パンと葡萄酒を入れた籠を手に、森を歩いていました。お婆さんに届けるよう、お使いを頼まれて。
それが、少女の役目でした。
それが、『赤ずきん』と呼ばれる彼女の仕事でした。
木漏れ日の差す森の小道を、赤いフードを揺らして進みます。
どんどん、どんどん。
『森には怖い動物が出るから、気をつけなさい』
村の人はそう赤ずきんに言いました。けれど、どうやらそんな心配はなさそう。
居るのはリスやウサギ達ばかり。ぽかぽかの陽気で、なんだか眠くなってしまうくらいです。
けれど赤ずきんは働き者です。途中で怠けたりせず、とことこ足を進めます。お婆さんへの届け物のために。
『お日様もこんなに陽気なんですもの、今日はきっと素敵な一日になるわ』
きらきらした笑顔を浮かべながら、赤ずきんはそう喜びました。
小道を進むと、道の少し広がった場所に出ます。そこは小さな自然のお花畑になっていて、綺麗なお花がたくさん咲いていました。
青、黄、そして赤。
その美しさに、思わず赤ずきんは目を奪われます。
『まあ、なんて素敵なのかしら。まるで劇場の舞台みたいに華やかだわ』
嬉しくなった赤ずきんは、その場にしゃがむと、花に顔を近づけます。春の花の、良い香りが周囲に漂っていました。
『やあやあお嬢さん。...こんな...、こんな所で、何をしているんだい?』
突然かけられた声に、赤ずきんははっとして顔を上げました。
気づかない間に目の前に立っていたのは、大きな身体の狼さんでした。赤ずきんは驚いて、尻餅をついてしまいます。
狼さんは慌てながらも、赤ずきんに手を差し伸べます。鋭く尖った爪の生えた指先が触れないよう、丁寧に赤ずきんの手を取り。怪我のないよう、優しく彼女を立ち上がらせます。
『ごめんごめん、驚かせてしまったね。僕はこの森で暮らす狼さ。お嬢さん、君はこんな所で一体なにをしているんだい?』
赤ずきんは改めて狼さんをじっと見つめました。大きな口から覗く牙。威圧感のある外見。目深に被った帽子のせいで顔は良く見えませんが、とても恐ろしい風貌のように赤ずきんには思えます。
けれど、その声には優しさの色が滲んでいます。とても心の温かな狼さんなのでしょう。どうしてか赤ずきんはそう直感しました。
先程言葉を噛んでいたので、もしかしたらとても慌てん坊なのかもしれません。
『こんにちは、狼さん。私は赤ずきんっていうの。頼まれたお使いで、この先に住むお婆さんにパンと葡萄酒を届けにいくところよ』
ぺこりと一礼して感謝の意を示しながら、赤ずきんは狼さんにそう答えます。狼さんは口の端を笑顔の形に歪めると、親切にこう言いました。
『それじゃあ、家に着く前にお花を摘んでいくといいよ。この先を少し行った所に、ここよりも大きなお花畑があるんだ。綺麗な花が一面に咲いている。そこで花束を作って持っていけば、きっとお婆さんも喜んでくれるさ!』
狼さんの言葉に、赤ずきんは驚いて目を丸くします。
『ええっ、ここよりも綺麗なお花がたくさん? それはきっと素敵な花束ができるわね! ......でも、狼さん。そうしたらお使いが少し遅れてしまうわ。お婆さんは悲しんだりしないかしら?』
喜びながらも悩む赤ずきん。
狼さんはそれを見て頷きます。
『遅刻してお婆さんが心配しないか不安なんだね。君は優しい子だ、赤ずきん。大丈夫だよ。それじゃあ僕が先に行ってお婆さんに伝えておいてあげる。赤ずきんは少し遅れるようだけど、無事だから心配しないでってね』
狼さんの申し出に、赤ずきんは安心して胸を撫で下ろします。同時に大きな花束を作ろうという、やる気がもりもりと膨らんできました。
『ありがとう、狼さん! 頑張ってとても素敵な花束を作るわ。お婆さんに会ったら、私はすぐ向かうわと伝えてね』
小声で歌を口ずさみながら、赤ずきんは狼さんに教わった花畑に向かって進んでいきます。
狼さんはその後ろ姿を見送り、そしてニヤリと笑みを浮かべました。
「...赤ずきん」
不意の出来事でした。
本人もきっと、意図してはいなかった問いかけなのでしょう。
ぽつりと、堪えきれないように、けれど小声で。
狼さんの口が、言葉を紡ぎました。
「赤ずきん、君は...君は辛くはないのかい? お婆さんの家に行くことが」
赤ずきんは振り返り、不思議そうに首を傾げます。言葉の意味はわかっても、そこに乗る気持ちがわからない。とでも言うように。
「どうして? 狼さん。もちろん私は大丈夫よ。私は赤ずきんだもの。お使いだってできる。だってどうしたら良いかもちゃんと教わった」
先程と変わらぬ笑顔から伝えられる意思は、嘘であるはずもなく。
「だからしっかりこの仕事は......お使いはこなすわ。私は、赤ずきんなのだもの」
森の小道。
小さな花畑を挟んで。
『ありがとう、狼さん! 頑張ってとても素敵な花束を作るわ。お婆さんに会ったら、私はすぐ向かうわと伝えてね』
赤ずきんは再び狼さんにそう伝えると、彼の前から立ち去りました。
今度は歌を口ずさむ事なく。