十月八日、金曜日。⑤
文字数 3,704文字
相変わらず、衝撃的なことばかり耳に入ってくる。一日がこんなにも長く感じたのは、タヅばあが亡くなった日以来かもしれない。
母の車に乗せられ、家に着いたのは午後四時半より少し前のこと。いつもなら当然部室にいる時間帯で、まだ外が明るいうちから母と一緒に家に帰るなんて、とても妙な気分だった。しかもお ま け つ き だから、なおさらだ。
三人揃って居間に入っていくと、そのおまけが勝手にリモコンでテレビをつける。
「さっきのニュース、まだやってるかもな」
いつもなら確実に文句を言っているところだけど、今はわたしも気になったから、おとなしくテレビと向かいあっているソファに腰をおろす。
すかさず嗣斗も隣に座ってきた。
今流れているのは、都会の放送局で制作されたバラエティ番組の再放送のようだ。
「ちょっと貸して」
嗣斗からリモコンを奪い取り、違うチャンネルのボタンを押していく。
もっとも、『他の』と言っても全部で五チャンネルしかないから、確認しおわるのは早かった。
「全然やってないじゃない!」
「俺にあたるなよっ。さっきのは多分、四時からやってる短時間のローカル・ニュース枠だったんだ」
「じゃあ新聞の夕刊待つしかない?」
「さすがにまだ載ってないだろ。ってか、スマホでニュース見ればいいじゃん」
「だって細かい字苦手なんだもん!」
「それがオカミス研に入ってるやつの台詞かよ……画面拡大すりゃいいだろ」
「なんかやったら負けな気がする」
「おまえなっ」
そんな言いあいをしているあいだに、台所から母が戻ってくる。
「あんたたちは相変わらずねぇ」
苦笑しながら、茶色い液体の入ったコップをふたつ、わたしたちの前に置いてくれた。
それから意味ありげに、口角をあげる。
「ニュースなんか見なくても、今にも っ と 詳 し い 人 が来るわよ」
「えっ?」
コップを掴もうとしていたわたしは、思わず手をとめた。
そのとき、来客を告げるチャイムが鳴る。
「ほら来た」
満足そうに告げた母は、急ぎ足で玄関へと向かっていった。
その後ろ姿を見送ってから、わたしと嗣斗はそっと顔を見あわせる。
「すみません、急に頼んで……」
「いいのよ、私も娘の様子は気になってたから、ちょうどよかったわ」
廊下の向こうからは、そんな会話が聞こえてきた。
(あれ?)
その男性の声に、聞き覚えがある。
もしかして……と思った相手が、開けっ放しになっていたドアからひょいと顔を出した。
短く刈りあげられた髪に、四角く厳つい顔。失礼ながら『ずんぐりむっくり』という言葉がよく似合う体躯をしたその男性は――
「寅おじさん!」
徳山 寅太郎 という、父が生きていた当時部下だった人物だ。わたしは昔から「寅おじさん」と呼んでいるけど、実際にはまだ三十代前半くらいだろう。早くに父を亡くしたわたしを不憫に思ってか、寅おじさんはよく線香をあげに寄っては幼いわたしと遊んでくれていた。――とは言っても、それは小学生までの話で、中学生以後はほとんど遊んでいない。だから、こうして会うのは久々だった。
いつも腰の低い寅おじさんは、ぺこぺこと頭をさげながら近づいてくる。
「やぁ舞ちゃん。すまなかったな、急いで帰ってきてもらって」
「へ?」
疑問符を浮かべたわたしの隣で、
「――なるほど。じゃあ俺を呼んだのも、寅さんなんだな?」
嗣斗はなにかを納得した。
(え? なに?)
思いきり戸惑ったわたしが、嗣斗と寅おじさんの顔を交互に見ていると、寅おじさんは大きく頷いて話し出す。
「ああ、ふたりに話を聞きたくてな。亡くなった種市輝臣くんのスマートフォンには、舞ちゃんからのメールや着信履歴がたくさん残っていたし、ふたりは昨日彼の家に行っているんだろう?」
「う、うん……」
寅おじさんにそこまで言われてから、わたしはやっと自分の証言の重要さに気づいた。
(そっか、そうよね)
わたしはただ、自分の行為が輝臣先輩を追いつめたのかもしれないと、そんなことばかり考えていたけど――本当は、すぐにでも警察に行かなければならなかったのだ。
(これが間違いなく『事件』なのなら?)
そう、わたしはまだ、輝臣先輩が死んでしまったという事実しか知らない。
まずはそれを確認してみよう。
「寅おじさん、まんなかに座って!」
「えっ、ちょ……」
傍に立った寅おじさんの腕を引いて、わたしと嗣斗のあいだに座らせる。
「わたしたち、なんでも答えるけど、その前にちゃんと教えてよ。輝臣先輩って、どうして死んだの? 本当に原因不明?」
「こら舞、寅太郎さんの話を聞くのが先でしょう?」
今にも飛びかかりそうなわたしの気配を察してか、遅れて居間に戻ってきた母が、戸口で呆れた声をあげた。
すると寅おじさんは、首だけで振り返る。
「いえ、いいんです、奥さん。舞ちゃんたちがとても心配していたようだという話は、種市くんのお母さんから聞いていますから。気になるのも当然でしょう」
そこで母の眉間に、かなり深い皺が寄った。
「さっきから気になってたけど、その『種市輝臣』という人は、あんたたちとどういう関係の人なの?」
目線から、それはわたしたちに振られた問いなのだとわかる。ついでに、嗣斗が本当にばらしていなかったことも、わかった。
(疑ってごめん!)
嗣斗のほうを見て謝罪のジェスチャーをしたら、許してくれたのか、嗣斗が代表して答えてくれる。
「俺らが入ってる、オカミス研の先輩です」
「オカミス研?」
「『オカルト・ミステリー研究部』だそうで。昔で言う『超常現象研究部』のことですよ」
補足したのは寅おじさんだった。輝臣先輩のことを、すでに相当調べているようだ。
それを聞いた母は、「超常研がそんな名前になってたのね」と小さく頷いたあと、
「なるほど……先輩が亡くなったからあんた、迎えに行ったとき暗い顔してたんだ」
「うっ」
やっぱり隠しきれていなかったらしい。
少し照れくさくなって、反射的に俯く。
寅おじさんは、そんなわたしの頭にポンと優しく手を置いた。
「種市くんも含め、昨夜から今朝にかけて亡くなっているのが確認された五人は、みんな本 当 に 死因が不明なんだ。外傷も病気も薬物反応もない。今司法解剖を進めているところだが、それでも結果は変わらないだろう」
あっさりとそう言いきる横顔には、どこか諦めのようなものも見える。
(寅おじさん……?)
その違和感の謎に答えたのは、寅おじさんではなく嗣斗だった。
「十年前にもあったっていう『似たような事件』がそ う だったからか?」
それには寅おじさんも、神妙に頷く。
「ああ、そうだ。十年前の事件では、今回の倍の十人が原因不明で死んでいる」
「十人も!?」
それを聞いて、わたしのなかでも色々と合点がいった。
(五人くらいじゃまだ、偶然の一致で片づけられる可能性はあるけど――)
同じ日に原因不明で死んだ人が十人もいたら、そりゃあ警察だって無視できないだろう。
寅おじさん曰く、長く記者などをやっている人のなかには、まだ十年前のことについて調べている人もいるらしい。今回のことがかなり早い段階でマスコミに取りあげられたのも、そういう人たちがすぐに気づいて情報を流したからだろうという話だった。
「でも寅おじさん。その人たちって、どうしてそんなに十年前のことに拘ってるのかな」
(十年間も同じ謎を追いつづけるなんて、よっぽどだよ)
わたしはそう考えて、それ以上の意味などなくて、問いかけた。
しかし答えは、意外な位置から返ってくる。
「あ……っ」
小さく呟いた母の声と、ガラスの砕ける音。
咄嗟に振り返ると、茶色いフローリングはさらに茶色く染まっていた。おそらく寅おじさん用の飲みものを持ってこようとしたのだろう。
「ご、ごめんなさいね。すぐに片づけるわ、話を続けててっ」
顔を真っ青にした母が、台所へと駆けこんでいった。
「――わたし今、なにか変なこと言った?」
気になって問いかけてみると、ふたりは揃って横に首を振る。
「だよね……」
「たんに手が滑ったんだろう」
寅おじさんは肩をすくめてそうフォローしたあと、わたしの質問に答えてくれた。
「さっきの話だが、実はな。似たような事件が起こったのは、十 年 前 だ け じ ゃ な い んだ」
「なんだって……?」
それには、すまし顔をしていた嗣斗も、大きく目を見開く。
「正しくは、四 十 年 も 前 か ら 十 年 ご と に 起 き て い る 。拘っているやつらは、そのことを知っているのさ」
母の車に乗せられ、家に着いたのは午後四時半より少し前のこと。いつもなら当然部室にいる時間帯で、まだ外が明るいうちから母と一緒に家に帰るなんて、とても妙な気分だった。しかも
三人揃って居間に入っていくと、そのおまけが勝手にリモコンでテレビをつける。
「さっきのニュース、まだやってるかもな」
いつもなら確実に文句を言っているところだけど、今はわたしも気になったから、おとなしくテレビと向かいあっているソファに腰をおろす。
すかさず嗣斗も隣に座ってきた。
今流れているのは、都会の放送局で制作されたバラエティ番組の再放送のようだ。
「ちょっと貸して」
嗣斗からリモコンを奪い取り、違うチャンネルのボタンを押していく。
もっとも、『他の』と言っても全部で五チャンネルしかないから、確認しおわるのは早かった。
「全然やってないじゃない!」
「俺にあたるなよっ。さっきのは多分、四時からやってる短時間のローカル・ニュース枠だったんだ」
「じゃあ新聞の夕刊待つしかない?」
「さすがにまだ載ってないだろ。ってか、スマホでニュース見ればいいじゃん」
「だって細かい字苦手なんだもん!」
「それがオカミス研に入ってるやつの台詞かよ……画面拡大すりゃいいだろ」
「なんかやったら負けな気がする」
「おまえなっ」
そんな言いあいをしているあいだに、台所から母が戻ってくる。
「あんたたちは相変わらずねぇ」
苦笑しながら、茶色い液体の入ったコップをふたつ、わたしたちの前に置いてくれた。
それから意味ありげに、口角をあげる。
「ニュースなんか見なくても、今に
「えっ?」
コップを掴もうとしていたわたしは、思わず手をとめた。
そのとき、来客を告げるチャイムが鳴る。
「ほら来た」
満足そうに告げた母は、急ぎ足で玄関へと向かっていった。
その後ろ姿を見送ってから、わたしと嗣斗はそっと顔を見あわせる。
「すみません、急に頼んで……」
「いいのよ、私も娘の様子は気になってたから、ちょうどよかったわ」
廊下の向こうからは、そんな会話が聞こえてきた。
(あれ?)
その男性の声に、聞き覚えがある。
もしかして……と思った相手が、開けっ放しになっていたドアからひょいと顔を出した。
短く刈りあげられた髪に、四角く厳つい顔。失礼ながら『ずんぐりむっくり』という言葉がよく似合う体躯をしたその男性は――
「寅おじさん!」
いつも腰の低い寅おじさんは、ぺこぺこと頭をさげながら近づいてくる。
「やぁ舞ちゃん。すまなかったな、急いで帰ってきてもらって」
「へ?」
疑問符を浮かべたわたしの隣で、
「――なるほど。じゃあ俺を呼んだのも、寅さんなんだな?」
嗣斗はなにかを納得した。
(え? なに?)
思いきり戸惑ったわたしが、嗣斗と寅おじさんの顔を交互に見ていると、寅おじさんは大きく頷いて話し出す。
「ああ、ふたりに話を聞きたくてな。亡くなった種市輝臣くんのスマートフォンには、舞ちゃんからのメールや着信履歴がたくさん残っていたし、ふたりは昨日彼の家に行っているんだろう?」
「う、うん……」
寅おじさんにそこまで言われてから、わたしはやっと自分の証言の重要さに気づいた。
(そっか、そうよね)
わたしはただ、自分の行為が輝臣先輩を追いつめたのかもしれないと、そんなことばかり考えていたけど――本当は、すぐにでも警察に行かなければならなかったのだ。
(これが間違いなく『事件』なのなら?)
そう、わたしはまだ、輝臣先輩が死んでしまったという事実しか知らない。
まずはそれを確認してみよう。
「寅おじさん、まんなかに座って!」
「えっ、ちょ……」
傍に立った寅おじさんの腕を引いて、わたしと嗣斗のあいだに座らせる。
「わたしたち、なんでも答えるけど、その前にちゃんと教えてよ。輝臣先輩って、どうして死んだの? 本当に原因不明?」
「こら舞、寅太郎さんの話を聞くのが先でしょう?」
今にも飛びかかりそうなわたしの気配を察してか、遅れて居間に戻ってきた母が、戸口で呆れた声をあげた。
すると寅おじさんは、首だけで振り返る。
「いえ、いいんです、奥さん。舞ちゃんたちがとても心配していたようだという話は、種市くんのお母さんから聞いていますから。気になるのも当然でしょう」
そこで母の眉間に、かなり深い皺が寄った。
「さっきから気になってたけど、その『種市輝臣』という人は、あんたたちとどういう関係の人なの?」
目線から、それはわたしたちに振られた問いなのだとわかる。ついでに、嗣斗が本当にばらしていなかったことも、わかった。
(疑ってごめん!)
嗣斗のほうを見て謝罪のジェスチャーをしたら、許してくれたのか、嗣斗が代表して答えてくれる。
「俺らが入ってる、オカミス研の先輩です」
「オカミス研?」
「『オカルト・ミステリー研究部』だそうで。昔で言う『超常現象研究部』のことですよ」
補足したのは寅おじさんだった。輝臣先輩のことを、すでに相当調べているようだ。
それを聞いた母は、「超常研がそんな名前になってたのね」と小さく頷いたあと、
「なるほど……先輩が亡くなったからあんた、迎えに行ったとき暗い顔してたんだ」
「うっ」
やっぱり隠しきれていなかったらしい。
少し照れくさくなって、反射的に俯く。
寅おじさんは、そんなわたしの頭にポンと優しく手を置いた。
「種市くんも含め、昨夜から今朝にかけて亡くなっているのが確認された五人は、みんな
あっさりとそう言いきる横顔には、どこか諦めのようなものも見える。
(寅おじさん……?)
その違和感の謎に答えたのは、寅おじさんではなく嗣斗だった。
「十年前にもあったっていう『似たような事件』が
それには寅おじさんも、神妙に頷く。
「ああ、そうだ。十年前の事件では、今回の倍の十人が原因不明で死んでいる」
「十人も!?」
それを聞いて、わたしのなかでも色々と合点がいった。
(五人くらいじゃまだ、偶然の一致で片づけられる可能性はあるけど――)
同じ日に原因不明で死んだ人が十人もいたら、そりゃあ警察だって無視できないだろう。
寅おじさん曰く、長く記者などをやっている人のなかには、まだ十年前のことについて調べている人もいるらしい。今回のことがかなり早い段階でマスコミに取りあげられたのも、そういう人たちがすぐに気づいて情報を流したからだろうという話だった。
「でも寅おじさん。その人たちって、どうしてそんなに十年前のことに拘ってるのかな」
(十年間も同じ謎を追いつづけるなんて、よっぽどだよ)
わたしはそう考えて、それ以上の意味などなくて、問いかけた。
しかし答えは、意外な位置から返ってくる。
「あ……っ」
小さく呟いた母の声と、ガラスの砕ける音。
咄嗟に振り返ると、茶色いフローリングはさらに茶色く染まっていた。おそらく寅おじさん用の飲みものを持ってこようとしたのだろう。
「ご、ごめんなさいね。すぐに片づけるわ、話を続けててっ」
顔を真っ青にした母が、台所へと駆けこんでいった。
「――わたし今、なにか変なこと言った?」
気になって問いかけてみると、ふたりは揃って横に首を振る。
「だよね……」
「たんに手が滑ったんだろう」
寅おじさんは肩をすくめてそうフォローしたあと、わたしの質問に答えてくれた。
「さっきの話だが、実はな。似たような事件が起こったのは、
「なんだって……?」
それには、すまし顔をしていた嗣斗も、大きく目を見開く。
「正しくは、