十月十五日、土曜日。①
文字数 558文字
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午前九時。
その日彼女は、自分の家のなかにいた。
首から提げた朱色のお守りを握りしめ、もしかしたらやってくるかもしれない人々を、待っていた。
準備は、とうにできている。
朝いちばんでお風呂に入った。
洗いざらしの白い着物を身に纏った。
誰とも交わっていない。
ただ心だけ、家族のために置いていきたいと思っていた。
十六年間暮らした、この家に。
それくらいは許されるだろうと、安易に考えていたのだ。
――それが間違いであったと気づいたのは、見送る家族の視線を受けとめたときだった。
「もうおまえしかいないのだ」
周囲の人々が、そんな目で彼女を見やっても。
「おまえはいつまでも、私たちの家族だよ」
彼女を生み育んだふたつの目は、誇りに満ちることも、哀しみに暮れることもなかった。
それを見た彼女は、想いをさらに強くする。
自分と同じように白い着物を身につけた男たちに手を引かれ、激しく降りしきる雨のなか、一歩一歩踏み出すたびに思うのだ。
ここに痕跡を残してはいけない。
もっともっと、早く忘れてもらわなくちゃ――。
そんな彼女の気持ちを応援するかのように、行く先を明るく照らしたのは、幾度となく空と雲を切り裂く雷だった。
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午前九時。
その日彼女は、自分の家のなかにいた。
首から提げた朱色のお守りを握りしめ、もしかしたらやってくるかもしれない人々を、待っていた。
準備は、とうにできている。
朝いちばんでお風呂に入った。
洗いざらしの白い着物を身に纏った。
誰とも交わっていない。
ただ心だけ、家族のために置いていきたいと思っていた。
十六年間暮らした、この家に。
それくらいは許されるだろうと、安易に考えていたのだ。
――それが間違いであったと気づいたのは、見送る家族の視線を受けとめたときだった。
「もうおまえしかいないのだ」
周囲の人々が、そんな目で彼女を見やっても。
「おまえはいつまでも、私たちの家族だよ」
彼女を生み育んだふたつの目は、誇りに満ちることも、哀しみに暮れることもなかった。
それを見た彼女は、想いをさらに強くする。
自分と同じように白い着物を身につけた男たちに手を引かれ、激しく降りしきる雨のなか、一歩一歩踏み出すたびに思うのだ。
ここに痕跡を残してはいけない。
もっともっと、早く忘れてもらわなくちゃ――。
そんな彼女の気持ちを応援するかのように、行く先を明るく照らしたのは、幾度となく空と雲を切り裂く雷だった。
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