十月十三日、水曜日。①
文字数 2,607文字
家出の翌日。
「セイちゃんって、なんだか電話交換手みたいだよね」
わたしは、いつか輝臣先輩と話したことを思い出しながら、目玉焼きを載せたトーストにかぶりつく合間に告げた。
すると、所長デスクでコーヒーを飲んでいたセイちゃんが、「え? どうしてです?」と首を傾げる。
「だってみんな、と り あ え ず セイちゃんに電話してくるじゃない。電話すれば適切なところに繋いでくれると思ってるんでしょ?」
そう、実は昨日あのあと、そして今朝からも、電話は何度も鳴っているのだ。しかも用件はすべて、近所の住人からのちょっとしたお 願 い ご と ばかりだった。
(電話はいつも結構鳴ってたし、おばちゃんたちに人気があるのも知ってたけど)
まさかここまでアレな内容ばかりだとは思っていなかったから、驚いた。
「セイちゃんって、ほんとにちゃんと探偵の仕事もしてるの? 近所の人の世話ばっかりしてないでしょうねっ?」
じっと疑うような視線を向けたら、セイちゃんは思いきりむせていた。
「あ、あたりまえでしょう!? 不倫調査や人捜しなど、依頼があればちゃんと請け負っていますよ」
「また地味な仕事ね~。殺人事件の捜査とかないの?」
「『普通の探偵』に、そんな機会はありません! だいいち、この街じゃ大きな事件自体滅多に起こらないじゃないですか」
「あ、それもそうか」
言われて納得した。
セイちゃんはさらに苦笑を浮かべると、
「喋っていないで、さっさと食べてしまいなさい。ほら、嗣斗くんが迎えにきましたよ」
「へ?」
と、わたしが訊き返した瞬間に、ドンドンとドアを叩く音がする。
「おい舞! 起きてるだろうな!? 学校行くぞ、出てこいっ!」
次いで聞こえてきたのは、確かに嗣斗の声だった。いつも先にドアを開けてくれるセイちゃんのことだ、階段をあがってくる足音で気づいたに違いない。
わたしは残りの欠片を口のなかに詰めて、牛乳で流しこむ。もごもごと口を動かしたまま、簡易キッチンで手を洗わせてもらうと、ちゃんと今日の中身が詰まっている鞄を手に取った。
「ごちそうさま! 学校行ってくるね」
「『行ってく る 』ということは、今日もここに泊まる気ですか?」
セイちゃんが眉を顰めたのは、きっと本心なのだろう。わたしの母に申しわけないと思っている。視線から、そんな気持ちが伝わってくる。
だからわたしは精一杯の笑顔を見せると、
「――わかんない! そのときの流れで決めるから。じゃあねっ」
含みを持たせてその場から逃げ出した。
内側からドアを開けると、視界にまず飛びこんできたのは嗣斗の不満そうな顔だ。
「なによあんた……そんな顔するなら、別に迎えにきてくれなくてもよかったのに」
つい文句を言いながらドアを閉めて、階段をおりてゆく。
すぐ後ろからついてきた嗣斗は、
「――おばさんと約束したからには、おまえを守る義務があるんだ」
どこか責めるような口調で返してきたから、わたしは咄嗟に後ろを振り返った。
「セイちゃんのとこなら安全でしょ? あんたの家行ったら、そっちのおばさんからすぐばれちゃうじゃないの」
「そういうことを言ってんじゃない!」
「じゃあなによっ」
「おまえは肝心なこと忘れてる! あの探偵の性別は!?」
「あんたにはセイちゃんが女に見えるわけ? おめでたい眼球ねぇ」
「見えないから言ってんだろーっ」
「なによそれっ、全然わかんないって!」
そこまで怒鳴ったところで、わたしたちの後ろからさらなる怒鳴り声が聞こえた。
「ふたりとも、早く学校に行きなさーい!!」
「はーいっ」
「おっかねぇ~」
それが合図だったかのように、わたしと嗣斗は全力で走り出す。
(セイちゃんの怒鳴り声なんて、初めて聞いたかも)
それだけに、顔は見えなかったというのにかなりの迫力があったのだ。
しばらく走って、校門が見えてくると、やっと速度を緩めた。遅刻寸前でもないのに駆けこむのは、さすがに恥ずかしかったからだ。
「マスコミもだいぶ減ったな……」
横に並んで告げた嗣斗の呟きに、周囲を見渡してみる。制服を着ていない人の数は、確かにかなり少なかった。
(『事件』としての進展がなにもないから、みんなどんどん興味を失ってくのね)
いつまでもしがみついているのは、オカミス研の面々と寅おじさんくらいだ。
(それでもわたしは、忘れたくない)
知りたい。
輝臣先輩や父の身に、一体なにが起こったのか――。
生徒たちの波に紛れて歩きながら、わたしはそんなことを考えていた。ある意味では、着ている制服は同じでも、わたしだって他のみんなとは違う存在なのかもしれない。
「そういえば舞、おまえ、昨日おじさんの部屋に入ったんだって?」
下駄箱まで辿り着いたとき、不意に嗣斗が訊いてくる。
「あれ? なんで知ってるの?」
「うちに電話来てたからな。おまえが書斎に入ったって、おばさんかなり動揺してたぜ。――それで? なにか見つけたのか?」
言われて、スカートのポケットに入れっぱなしだった一枚の紙を取り出した。
(セイちゃんに拒絶されなかったからホッとしちゃって、結局見せそびれたんだけど)
嗣斗なら、わたしの推理に頷いてくれるだろうか。
期待をこめて、手渡してみる。
「これ、電話の下にあったの。だからわたし、もしかして過去の同時死事件の被害者たちが電話をした順番なのかなって、そう思ったんだけど……」
受け取った嗣斗は軽く目を落とすと、興味深そうに口角をあげた。
「どれ? ――へぇ、なんか意味深だな。名字もちょうど十個あるみたいだし、確認してみる価値はありそうだ」
「嗣斗でもそう思う!?」
わたしが目を輝かせて告げると、嗣斗は不満そうに口を開く。
「『でも』ってなんだよ、『でも』って。せっかく『よく気づいたな』って褒めてやろうかと思ったのに」
「百倍返しを望まれそうだからやめて!」
「おまえなぁ……まあいいけど。それにしても、ずいぶん汚い字だな、これ」
「えー? そんなこと、あんたに言われたらお父さんがかわいそうよ」
「――俺も百倍で返していいか?」
「ゴメンナサイ」
そのときばかりはわたしも、素直に謝った。
「セイちゃんって、なんだか電話交換手みたいだよね」
わたしは、いつか輝臣先輩と話したことを思い出しながら、目玉焼きを載せたトーストにかぶりつく合間に告げた。
すると、所長デスクでコーヒーを飲んでいたセイちゃんが、「え? どうしてです?」と首を傾げる。
「だってみんな、
そう、実は昨日あのあと、そして今朝からも、電話は何度も鳴っているのだ。しかも用件はすべて、近所の住人からのちょっとした
(電話はいつも結構鳴ってたし、おばちゃんたちに人気があるのも知ってたけど)
まさかここまでアレな内容ばかりだとは思っていなかったから、驚いた。
「セイちゃんって、ほんとにちゃんと探偵の仕事もしてるの? 近所の人の世話ばっかりしてないでしょうねっ?」
じっと疑うような視線を向けたら、セイちゃんは思いきりむせていた。
「あ、あたりまえでしょう!? 不倫調査や人捜しなど、依頼があればちゃんと請け負っていますよ」
「また地味な仕事ね~。殺人事件の捜査とかないの?」
「『普通の探偵』に、そんな機会はありません! だいいち、この街じゃ大きな事件自体滅多に起こらないじゃないですか」
「あ、それもそうか」
言われて納得した。
セイちゃんはさらに苦笑を浮かべると、
「喋っていないで、さっさと食べてしまいなさい。ほら、嗣斗くんが迎えにきましたよ」
「へ?」
と、わたしが訊き返した瞬間に、ドンドンとドアを叩く音がする。
「おい舞! 起きてるだろうな!? 学校行くぞ、出てこいっ!」
次いで聞こえてきたのは、確かに嗣斗の声だった。いつも先にドアを開けてくれるセイちゃんのことだ、階段をあがってくる足音で気づいたに違いない。
わたしは残りの欠片を口のなかに詰めて、牛乳で流しこむ。もごもごと口を動かしたまま、簡易キッチンで手を洗わせてもらうと、ちゃんと今日の中身が詰まっている鞄を手に取った。
「ごちそうさま! 学校行ってくるね」
「『行って
セイちゃんが眉を顰めたのは、きっと本心なのだろう。わたしの母に申しわけないと思っている。視線から、そんな気持ちが伝わってくる。
だからわたしは精一杯の笑顔を見せると、
「――わかんない! そのときの流れで決めるから。じゃあねっ」
含みを持たせてその場から逃げ出した。
内側からドアを開けると、視界にまず飛びこんできたのは嗣斗の不満そうな顔だ。
「なによあんた……そんな顔するなら、別に迎えにきてくれなくてもよかったのに」
つい文句を言いながらドアを閉めて、階段をおりてゆく。
すぐ後ろからついてきた嗣斗は、
「――おばさんと約束したからには、おまえを守る義務があるんだ」
どこか責めるような口調で返してきたから、わたしは咄嗟に後ろを振り返った。
「セイちゃんのとこなら安全でしょ? あんたの家行ったら、そっちのおばさんからすぐばれちゃうじゃないの」
「そういうことを言ってんじゃない!」
「じゃあなによっ」
「おまえは肝心なこと忘れてる! あの探偵の性別は!?」
「あんたにはセイちゃんが女に見えるわけ? おめでたい眼球ねぇ」
「見えないから言ってんだろーっ」
「なによそれっ、全然わかんないって!」
そこまで怒鳴ったところで、わたしたちの後ろからさらなる怒鳴り声が聞こえた。
「ふたりとも、早く学校に行きなさーい!!」
「はーいっ」
「おっかねぇ~」
それが合図だったかのように、わたしと嗣斗は全力で走り出す。
(セイちゃんの怒鳴り声なんて、初めて聞いたかも)
それだけに、顔は見えなかったというのにかなりの迫力があったのだ。
しばらく走って、校門が見えてくると、やっと速度を緩めた。遅刻寸前でもないのに駆けこむのは、さすがに恥ずかしかったからだ。
「マスコミもだいぶ減ったな……」
横に並んで告げた嗣斗の呟きに、周囲を見渡してみる。制服を着ていない人の数は、確かにかなり少なかった。
(『事件』としての進展がなにもないから、みんなどんどん興味を失ってくのね)
いつまでもしがみついているのは、オカミス研の面々と寅おじさんくらいだ。
(それでもわたしは、忘れたくない)
知りたい。
輝臣先輩や父の身に、一体なにが起こったのか――。
生徒たちの波に紛れて歩きながら、わたしはそんなことを考えていた。ある意味では、着ている制服は同じでも、わたしだって他のみんなとは違う存在なのかもしれない。
「そういえば舞、おまえ、昨日おじさんの部屋に入ったんだって?」
下駄箱まで辿り着いたとき、不意に嗣斗が訊いてくる。
「あれ? なんで知ってるの?」
「うちに電話来てたからな。おまえが書斎に入ったって、おばさんかなり動揺してたぜ。――それで? なにか見つけたのか?」
言われて、スカートのポケットに入れっぱなしだった一枚の紙を取り出した。
(セイちゃんに拒絶されなかったからホッとしちゃって、結局見せそびれたんだけど)
嗣斗なら、わたしの推理に頷いてくれるだろうか。
期待をこめて、手渡してみる。
「これ、電話の下にあったの。だからわたし、もしかして過去の同時死事件の被害者たちが電話をした順番なのかなって、そう思ったんだけど……」
受け取った嗣斗は軽く目を落とすと、興味深そうに口角をあげた。
「どれ? ――へぇ、なんか意味深だな。名字もちょうど十個あるみたいだし、確認してみる価値はありそうだ」
「嗣斗でもそう思う!?」
わたしが目を輝かせて告げると、嗣斗は不満そうに口を開く。
「『でも』ってなんだよ、『でも』って。せっかく『よく気づいたな』って褒めてやろうかと思ったのに」
「百倍返しを望まれそうだからやめて!」
「おまえなぁ……まあいいけど。それにしても、ずいぶん汚い字だな、これ」
「えー? そんなこと、あんたに言われたらお父さんがかわいそうよ」
「――俺も百倍で返していいか?」
「ゴメンナサイ」
そのときばかりはわたしも、素直に謝った。