十月八日、金曜日。③
文字数 2,626文字
やっと意識を手放せたと思ったらもうお昼で、嗣斗がわたしを起こしに来た。ついでに購買でパンを買ってきてくれたから、保健室で一緒に食べることにする。
さいわい、涙は完全にとまっていた。すべて枕が吸い取ってくれたからだろうか。――あるいは、他にやるべきことがあるから、なのかもしれない。
(わたしには、輝臣先輩がなぜ亡くなったのかを知る権利があるんだ)
少なくともわたしは、そう思っていた。
なぜなら、輝臣先輩が家族以外で最後に会った相手は、多分わたしたちだからだ。
わたしたちが昨日、輝臣先輩を訪ねたその行動が、なにかの引き金になってしまった可能性もあった。
現実から目を逸らすのは簡単だけど、自分にも責任があるのなら、逃げるわけにはいかない。その相手が大好きな輝臣先輩なら、なおさらのことだ。
「――それで? 校長先生はなんて説明してたの?」
もぐもぐと無理矢理口を動かしながら、わたしは向かいのパイプ椅子に座っている嗣斗に問いかける。
すると嗣斗は、ベッドの端に腰かけたわたしを軽く見返して、
「説明っていうのかねぇ、あれは。ただ、『輝臣が死んだ』って話をしただけだぜ? 死因はまだ特定できてないとさ」
半分以上は呆れ声だ。
「それじゃあ兼平先生が教室で言ってたのと全然変わんないじゃない。なんのために全校生徒を集めたの?」
「さあな。――ああ、あと、もしかしたらなんか探りに来る三流ゴシップ記者とかいるかもしれないから、訊かれたら『知りません』で通せって話もしてたな」
「三流ゴシップ記者っ? 校長先生が本当にそんな言いかたしたの?」
「まんまじゃないけど、遠まわしに言いたかったのはそれだろうさ」
「なんだ、びっくりさせないでよ……」
「馬鹿だな、驚くべきなのはそこじゃないだろ? ようは、マスコミが好きそうなネタだってことなんだからな」
「え……輝臣先輩の死がっ?」
「ようするに、死因は特 定 で き て な い だ け で、予 想 は つ い て る ってことだ。少なくとも、自然死や病死じゃないんだろ。自殺とか他殺のほうが、あいつらは好きそうだからな」
「……っ」
はっきりと言い切る嗣斗に、わたしは息を呑んだ。
(嗣斗はきっと、わかってて言ってる)
それがわたしの内側を深く抉る言葉だと。
いちばん目を背けたい言葉なのだと。
それでもあえて口にするのは、そのほうが結果的にわたしのためになることだと、確信があるからなのだろう。
(わたしも、わかってるよ嗣斗)
ずっと後悔を抱えて過ごすよりは、ひとときだけ傷ついたほうがはるかにいい。
それで本当のことを知れるのなら――。
「まさか、黙って答えが出るのを待ってるわけじゃないだろ?」
その言葉にハッとしたわたしは、強く噛みしめていた下唇を解いた。
「あたりまえでしょ! わたしたちもこっそり探ってみようよ。わたし、セイちゃんにも協力を頼んでみるよっ」
(そうだ)
ただ待っているなんて、わたしらしくない。――いや、あるいは昔のわたしらしいのかもしれない。恋を知る前のわたしは、あまり積極的な性格ではなかったから。
(でも今のわたしは、違う)
輝臣先輩を好きになって、やっと少しずつ、自分から動けるようになった。いつも背中を押してくれていたのは、セイちゃんの的確なアドバイスだったけど、実際に動いていたのは紛れもなくわたし自身なのだ。今さら怯むことはない。
「輝臣先輩が残してくれた、オカミス研らしいことしよ!」
その場に立ちあがって拳を握ったら、膝の上に置いていたパンが床に落ちてしまった。
「あっ……待って、三秒ルール!」
「やめろ、汚いっ」
屈もうとしたわたしの身体をとめると、嗣斗はそのままドンと後ろに押し戻す。
おかげでわたしの背中は、再びベッドの上へと戻った。
「なにすんのよー、嗣斗」
「ほら、俺の残りやるから。おまえはこれ食ってもう一回寝とけ」
「はぁ? なに言ってんの、さすがに午後の授業は出るよ」
肘を立て上半身を起こして文句を言ったら、嗣斗に盛大なため息をつかれた。
「いきなり元気になるのはいいけど、身体が全然ついてってないみたいだぜ?」
「そーそー、寝ていたほうがいいわよ。まだ果てしなく顔色が悪いもの」
(えっ?)
いきなり割りこんできた声音に視線を向けると、出入口のところに水森先生が立っていた。ちょうどお昼から戻ってきたようだ。
「顔色、悪いですか?」
まだちょっと眠いくらいで、あまり自覚がなかったから、改めて確認してみる。
すると水森先生は、デスクのペン立てのなかに入っていた手鏡を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます……って、うわ」
おそるおそる鏡を覗きこんでみたら、確かに酷い顔色だった。今までに見たことがないくらい青白い。
(午前中ずっと、横になってたのにな)
完全に意識を手放せた時間が短くて、あまり効果がなかったのだろうか。
「じゃあ俺、行くから。放課後迎えに来る」
嗣斗はそう告げると、わたしの手にパンの袋を握らせて、さっさと保健室から出て行ってしまった。もしかしたら、水森先生の傍にいるのが照れくさかったのかもしれない。
(水森先生、美人だし胸大きいし、ロングヘアがきれいだし、男子に人気あるもんなぁ)
おまけに豪快な性格で、変に気取っていないので、実は女子にも人気があるのだ。
白衣よりもボディコン・スーツが似合いそうな水森先生に目を向けると、にっこりと微笑んでくる。
「パンだけじゃ、喉が詰まるでしょ。さっきの子も気が利かないねぇ。お茶でも入れてあげようか」
「あるんですか?」
「保健室にお客さんが来ることもあるからね」
水森先生はデスクの下に屈みこむと、小さなポットを引っ張り出した。
(隠してあるってことは、本当は駄目なんじゃ……)
そう思ったけど、お茶が欲しいのは確かだったから、黙っておくことにする。
そうしてわたしは、嗣斗からもらったパンをたいらげ、水森先生と一緒にお茶を飲んだあと、もう一度眠りについた。
そんなに眠くないと感じていたのは、やっぱり心だけだったようで――身体のほうはすぐに順応し、今度はあっさりと意識を手放せたのだった。
さいわい、涙は完全にとまっていた。すべて枕が吸い取ってくれたからだろうか。――あるいは、他にやるべきことがあるから、なのかもしれない。
(わたしには、輝臣先輩がなぜ亡くなったのかを知る権利があるんだ)
少なくともわたしは、そう思っていた。
なぜなら、輝臣先輩が家族以外で最後に会った相手は、多分わたしたちだからだ。
わたしたちが昨日、輝臣先輩を訪ねたその行動が、なにかの引き金になってしまった可能性もあった。
現実から目を逸らすのは簡単だけど、自分にも責任があるのなら、逃げるわけにはいかない。その相手が大好きな輝臣先輩なら、なおさらのことだ。
「――それで? 校長先生はなんて説明してたの?」
もぐもぐと無理矢理口を動かしながら、わたしは向かいのパイプ椅子に座っている嗣斗に問いかける。
すると嗣斗は、ベッドの端に腰かけたわたしを軽く見返して、
「説明っていうのかねぇ、あれは。ただ、『輝臣が死んだ』って話をしただけだぜ? 死因はまだ特定できてないとさ」
半分以上は呆れ声だ。
「それじゃあ兼平先生が教室で言ってたのと全然変わんないじゃない。なんのために全校生徒を集めたの?」
「さあな。――ああ、あと、もしかしたらなんか探りに来る三流ゴシップ記者とかいるかもしれないから、訊かれたら『知りません』で通せって話もしてたな」
「三流ゴシップ記者っ? 校長先生が本当にそんな言いかたしたの?」
「まんまじゃないけど、遠まわしに言いたかったのはそれだろうさ」
「なんだ、びっくりさせないでよ……」
「馬鹿だな、驚くべきなのはそこじゃないだろ? ようは、マスコミが好きそうなネタだってことなんだからな」
「え……輝臣先輩の死がっ?」
「ようするに、死因は
「……っ」
はっきりと言い切る嗣斗に、わたしは息を呑んだ。
(嗣斗はきっと、わかってて言ってる)
それがわたしの内側を深く抉る言葉だと。
いちばん目を背けたい言葉なのだと。
それでもあえて口にするのは、そのほうが結果的にわたしのためになることだと、確信があるからなのだろう。
(わたしも、わかってるよ嗣斗)
ずっと後悔を抱えて過ごすよりは、ひとときだけ傷ついたほうがはるかにいい。
それで本当のことを知れるのなら――。
「まさか、黙って答えが出るのを待ってるわけじゃないだろ?」
その言葉にハッとしたわたしは、強く噛みしめていた下唇を解いた。
「あたりまえでしょ! わたしたちもこっそり探ってみようよ。わたし、セイちゃんにも協力を頼んでみるよっ」
(そうだ)
ただ待っているなんて、わたしらしくない。――いや、あるいは昔のわたしらしいのかもしれない。恋を知る前のわたしは、あまり積極的な性格ではなかったから。
(でも今のわたしは、違う)
輝臣先輩を好きになって、やっと少しずつ、自分から動けるようになった。いつも背中を押してくれていたのは、セイちゃんの的確なアドバイスだったけど、実際に動いていたのは紛れもなくわたし自身なのだ。今さら怯むことはない。
「輝臣先輩が残してくれた、オカミス研らしいことしよ!」
その場に立ちあがって拳を握ったら、膝の上に置いていたパンが床に落ちてしまった。
「あっ……待って、三秒ルール!」
「やめろ、汚いっ」
屈もうとしたわたしの身体をとめると、嗣斗はそのままドンと後ろに押し戻す。
おかげでわたしの背中は、再びベッドの上へと戻った。
「なにすんのよー、嗣斗」
「ほら、俺の残りやるから。おまえはこれ食ってもう一回寝とけ」
「はぁ? なに言ってんの、さすがに午後の授業は出るよ」
肘を立て上半身を起こして文句を言ったら、嗣斗に盛大なため息をつかれた。
「いきなり元気になるのはいいけど、身体が全然ついてってないみたいだぜ?」
「そーそー、寝ていたほうがいいわよ。まだ果てしなく顔色が悪いもの」
(えっ?)
いきなり割りこんできた声音に視線を向けると、出入口のところに水森先生が立っていた。ちょうどお昼から戻ってきたようだ。
「顔色、悪いですか?」
まだちょっと眠いくらいで、あまり自覚がなかったから、改めて確認してみる。
すると水森先生は、デスクのペン立てのなかに入っていた手鏡を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます……って、うわ」
おそるおそる鏡を覗きこんでみたら、確かに酷い顔色だった。今までに見たことがないくらい青白い。
(午前中ずっと、横になってたのにな)
完全に意識を手放せた時間が短くて、あまり効果がなかったのだろうか。
「じゃあ俺、行くから。放課後迎えに来る」
嗣斗はそう告げると、わたしの手にパンの袋を握らせて、さっさと保健室から出て行ってしまった。もしかしたら、水森先生の傍にいるのが照れくさかったのかもしれない。
(水森先生、美人だし胸大きいし、ロングヘアがきれいだし、男子に人気あるもんなぁ)
おまけに豪快な性格で、変に気取っていないので、実は女子にも人気があるのだ。
白衣よりもボディコン・スーツが似合いそうな水森先生に目を向けると、にっこりと微笑んでくる。
「パンだけじゃ、喉が詰まるでしょ。さっきの子も気が利かないねぇ。お茶でも入れてあげようか」
「あるんですか?」
「保健室にお客さんが来ることもあるからね」
水森先生はデスクの下に屈みこむと、小さなポットを引っ張り出した。
(隠してあるってことは、本当は駄目なんじゃ……)
そう思ったけど、お茶が欲しいのは確かだったから、黙っておくことにする。
そうしてわたしは、嗣斗からもらったパンをたいらげ、水森先生と一緒にお茶を飲んだあと、もう一度眠りについた。
そんなに眠くないと感じていたのは、やっぱり心だけだったようで――身体のほうはすぐに順応し、今度はあっさりと意識を手放せたのだった。