十月十六日、日曜日。①

文字数 760文字

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 午前〇時。
 自らが知る限りすべての歌を、彼女は口にした。狂ったように歌いつづけた。
 すると、その歌声に応えるかのように、雷雨はやんで静寂が訪れる。
 おかげで、すっかりかれてしまった彼女のか細い声音でも、まだ歌としての存在を証明できた。
 やがて、暗闇に包まれていた彼女の世界を、雲の幕から抜け出した月が優しく照らし出す。
 彼女はその姿を見ようとしたが、空に向かって大きく手を広げている枝と緑に阻まれて、それは叶わなかった。
 代わりのように、足もとから聞こえてきたのは、あるはずのない音だ。
 ぴちゃぴちゃと泥を踏みしめるその足音を耳にして、彼女は弾かれたように地上を見おろす。
 近づいてきたのは、彼女が着ているものとよく似た白い着物に身を包んだ男だった。ただ、彼の長い髪の毛は異常なほど茶色く、彼女のきれいな黒髪とはまるで違っていた。
 彼は彼女のすぐ傍まで寄ってくると、潤んだ瞳で彼女を見あげる。
「――ありがとう。きみのおかげで、僕は自由になれました。きみの、歌のおかげで」
 月明かりに反射した瞳も、つくりもののように茶色かった。
 異国の人なのだろうかと、不思議に思いながらも彼女は返す。
「歌の? そもそもあなたは、この山のどこにいたの? どこかに閉じこめられていたの?」
 もう二度と、誰かと会話をすることなどないだろう。
 そう覚悟していた彼女にとっては、見知らぬ人との会話でも嬉しかった。胸が高鳴った。
 そんな彼女の喜びが伝わったかのように、小さく頷いた彼は笑う。
「そう、この山()()()()に」
 まったく笑いごとではない――彼女の理解さえ簡単に超えてしまうような言葉を、彼はあっさりと口にした。

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登場人物紹介

三池 舞(みいけ・まい) 主人公


大好きな先輩を一途に追いかけている女子高生。

元気が取り柄の前向きな性格だが……

種市 輝臣(たねいち・てるおみ) 舞の先輩


オカルト・ミステリー研究会に所属しているミステリマニア。

自分でも小説を書くため、スマホを使ったトリックを考えていた。

その矢先に……

片町 嗣斗(かたまち・つぐと) 舞の幼なじみ


誰がどう見ても舞のことが好きなのに気づいてもらえない不憫男子。

ライバルには結構容赦がない。

だが、舞が悲しむようなことはしたくないから……

三池 徹(みいけ・とおる) 舞の父


元刑事で、十年前に亡くなっている。

その死には、なにか秘密があるらしい……?

徳山 寅太郎(とくやま・とらたろう) 父の元部下


現役バリバリの刑事。

昔から舞をかわいがっていたため、いろいろ情報を流してくれる。

本当は駄目なんだけど……

三池 誠(みいけ・せい) 舞の叔父


琴田探偵事務所を営んでいる探偵。

なにかと相談にのってくれるため、舞は家族のように慕っている。

今回の事件について、なにか知っているようだが……

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