十月七日、木曜日。①
文字数 2,333文字
輝臣先輩の死という、衝撃的な言葉を聞いた日の前日。
わたしはいつもより早く学校に来て、校門に背をつけて立っていた。輝臣先輩が来たら声をかけようと、ずっと待っていたのだ。
でも、今日も 来なかった。
(やっぱり、なにかあったの?)
心配が胸のなかを支配する。
実は輝臣先輩は、四日の月曜日から連続で部活を休んでいた。
一日くらいなら、なにか急な用事が入ったのだろうと、変な詮索はしない。二日目でもまだ、うざい存在にはなりたくないと思ったから、メールを送るだけで我慢した。
(返事が来なくて、余計心配になっちゃったけど)
そして三日目の昨日、さすがに耐えきれなくなって、勇気を振り絞り輝臣先輩の教室・三年一組に行ってみた。そこでわたしは、輝臣先輩は部活を休んでいたのではなく、学校自体を休んでいたのだと知った。
(もしかして、身近で誰か亡くなった人がいるのかな?)
生徒が長期間休むとなれば、いちばんに考えられる理由がそれだ。でも、わたしに輝臣先輩のことを教えてくれた女の先輩は、
『不幸があったなんてことは聞いてないし、そういえば担任も詳しい理由は言ってなかったと思うよ。ただ休みだって言っただけで』
そんなふうに教えてくれたのだった。
(不幸じゃないなら、風邪とか?)
でもやっぱり、それならそうと言うだろう。言わなかったのには、なにか理由があるはずだ。わたしは直感的にそう思った。
ただ、以前わたしが自力で調べたところによると、輝臣先輩の両親はどちらも健在で、同じ家に住んでいる。輝臣先輩が両親に無断で学校を休むことは、多分不可能だろう。さらに、学校への欠席連絡は母親からあったらしく(愛のために職員室まで行って訊いてきたよ!)、輝臣先輩が家を出たあとにどこかでサボっていることも考えづらかった。
(そもそも先輩って、基本的に真面目なタイプだし)
余程の理由がなければ、学校を休むなんて考えられない。わたしは輝臣先輩が中学三年のときからずっと見ているけど、二日以上連続で学校を休んだことなんて、一度たりともなかったはずだ。
(ストーカーって言われてもいい、わたしがそれを証明する!)
つまり、今日を入れれば四日も連続で学校を休むことになり、それは輝臣先輩の人生において最大の事件なのである。これが動かずにいられようか。いや、いられまい。
昨夜には思い切って、輝臣先輩のスマホに電話までしてみたのに、呼び出し音はなるものの、出る気配はまるでなかった。でも、逆に言えばそれは、ス マ ホ の 電 源 を 切 っ て い な い だ け ま だ 望 み が あ る ということ。
(絶対理由を探り出してみせる……!)
ひとり決心して、強く両手を握りしめたときだった。
「舞? おまえ、ずいぶんと朝早く家出たみたいだけど、なんでまだ校門 にいるんだ?」
ちょうど登校してきた嗣斗に、声をかけられる。
嗣斗がわたしの行動を把握できているのは、わたしのストーカーだから――ではなくて、わたしの母からメールが行ったからだろう。
「今入るとこよ。てかあんた、うちのお母さんと仲よすぎてキモい」
「そんなん俺に言うなよっ。一方的に送ってきてるのは、おばさんのほうなんだからな」
軽く口喧嘩をしながらも、並んで校舎まで――教室まで歩く。
そのあいだ嗣斗は、わたしが校門のところに立っていたことについて、なにも訊いてこなかった。おそらく薄々気づいているからだ。
(なにせ、昨日は三年の教室と職員室にまでつきあわせちゃったし……)
わたしだって、多少は悪いと思っているのだ。でも嗣斗は文句を言いつつも、最終的には必ずついてきてくれる。だから本当は、言葉で言うほど嫌がっていないのかもしれないと、自分に都合のいいように解釈していた。
――だからこれも、断るはずがないと。
「ねぇ、嗣斗」
わたしたちの教室・一年二組の前で足をとめ、わたしは一字一句はっきりと口を動かす。
「今日の放課後、輝臣先輩の家に行ってみるから、ついてきて!」
すでに戸に手をかけていた嗣斗は、まるで後ろから「わっ」と驚かされたような勢いで振り返った。
「……おまえ、本気か……?」
「失礼ね、わたしはいつでも全力で本気よ! あんただってそれで迷惑してるじゃない」
「そうだったな」
「って、ちょっとくらいは否定しなさいよ!」
「残念ながら、する余地がないだろ? だいいち、おまえがそういうこと言い出すと、俺には断る選択肢なんかないも同然なんだっ」
「えー? そんなに『絶交』が怖いわけ?」
茶化すように、わたしは半分笑いながら告げた。
そうしたら嗣斗は、反対に真顔へと戻って、
「――怖いのは、それだけじゃないさ」
呟くように告げると、先に教室のなかへと入っていってしまった。
「なによその、変に意味深な言葉はー!」
「おまえも前似たようなこと言ってたけど、おまえの脳みそだって俺の繊細なハートは理解できないんだ、諦めろ!」
背中のままでも、律儀に返してくる嗣斗。
(むむむ……)
その内容は癪に障ったけど、どうやら輝臣先輩の家にはついてきてくれそうだったから、それ以上刺激しないことにした。
それより今は、作戦を考えねばならない。輝臣先輩の家を訪ねたとして、どうやって会わせてもらうか。――あるいは、会ってもらうか。会ってくれるのか?
結局わたしは、一コマ目から六コマ目までずっと、そのことばかりを考えていた。
わたしはいつもより早く学校に来て、校門に背をつけて立っていた。輝臣先輩が来たら声をかけようと、ずっと待っていたのだ。
でも、今日
(やっぱり、なにかあったの?)
心配が胸のなかを支配する。
実は輝臣先輩は、四日の月曜日から連続で部活を休んでいた。
一日くらいなら、なにか急な用事が入ったのだろうと、変な詮索はしない。二日目でもまだ、うざい存在にはなりたくないと思ったから、メールを送るだけで我慢した。
(返事が来なくて、余計心配になっちゃったけど)
そして三日目の昨日、さすがに耐えきれなくなって、勇気を振り絞り輝臣先輩の教室・三年一組に行ってみた。そこでわたしは、輝臣先輩は部活を休んでいたのではなく、学校自体を休んでいたのだと知った。
(もしかして、身近で誰か亡くなった人がいるのかな?)
生徒が長期間休むとなれば、いちばんに考えられる理由がそれだ。でも、わたしに輝臣先輩のことを教えてくれた女の先輩は、
『不幸があったなんてことは聞いてないし、そういえば担任も詳しい理由は言ってなかったと思うよ。ただ休みだって言っただけで』
そんなふうに教えてくれたのだった。
(不幸じゃないなら、風邪とか?)
でもやっぱり、それならそうと言うだろう。言わなかったのには、なにか理由があるはずだ。わたしは直感的にそう思った。
ただ、以前わたしが自力で調べたところによると、輝臣先輩の両親はどちらも健在で、同じ家に住んでいる。輝臣先輩が両親に無断で学校を休むことは、多分不可能だろう。さらに、学校への欠席連絡は母親からあったらしく(愛のために職員室まで行って訊いてきたよ!)、輝臣先輩が家を出たあとにどこかでサボっていることも考えづらかった。
(そもそも先輩って、基本的に真面目なタイプだし)
余程の理由がなければ、学校を休むなんて考えられない。わたしは輝臣先輩が中学三年のときからずっと見ているけど、二日以上連続で学校を休んだことなんて、一度たりともなかったはずだ。
(ストーカーって言われてもいい、わたしがそれを証明する!)
つまり、今日を入れれば四日も連続で学校を休むことになり、それは輝臣先輩の人生において最大の事件なのである。これが動かずにいられようか。いや、いられまい。
昨夜には思い切って、輝臣先輩のスマホに電話までしてみたのに、呼び出し音はなるものの、出る気配はまるでなかった。でも、逆に言えばそれは、
(絶対理由を探り出してみせる……!)
ひとり決心して、強く両手を握りしめたときだった。
「舞? おまえ、ずいぶんと朝早く家出たみたいだけど、なんでまだ
ちょうど登校してきた嗣斗に、声をかけられる。
嗣斗がわたしの行動を把握できているのは、わたしのストーカーだから――ではなくて、わたしの母からメールが行ったからだろう。
「今入るとこよ。てかあんた、うちのお母さんと仲よすぎてキモい」
「そんなん俺に言うなよっ。一方的に送ってきてるのは、おばさんのほうなんだからな」
軽く口喧嘩をしながらも、並んで校舎まで――教室まで歩く。
そのあいだ嗣斗は、わたしが校門のところに立っていたことについて、なにも訊いてこなかった。おそらく薄々気づいているからだ。
(なにせ、昨日は三年の教室と職員室にまでつきあわせちゃったし……)
わたしだって、多少は悪いと思っているのだ。でも嗣斗は文句を言いつつも、最終的には必ずついてきてくれる。だから本当は、言葉で言うほど嫌がっていないのかもしれないと、自分に都合のいいように解釈していた。
――だからこれも、断るはずがないと。
「ねぇ、嗣斗」
わたしたちの教室・一年二組の前で足をとめ、わたしは一字一句はっきりと口を動かす。
「今日の放課後、輝臣先輩の家に行ってみるから、ついてきて!」
すでに戸に手をかけていた嗣斗は、まるで後ろから「わっ」と驚かされたような勢いで振り返った。
「……おまえ、本気か……?」
「失礼ね、わたしはいつでも全力で本気よ! あんただってそれで迷惑してるじゃない」
「そうだったな」
「って、ちょっとくらいは否定しなさいよ!」
「残念ながら、する余地がないだろ? だいいち、おまえがそういうこと言い出すと、俺には断る選択肢なんかないも同然なんだっ」
「えー? そんなに『絶交』が怖いわけ?」
茶化すように、わたしは半分笑いながら告げた。
そうしたら嗣斗は、反対に真顔へと戻って、
「――怖いのは、それだけじゃないさ」
呟くように告げると、先に教室のなかへと入っていってしまった。
「なによその、変に意味深な言葉はー!」
「おまえも前似たようなこと言ってたけど、おまえの脳みそだって俺の繊細なハートは理解できないんだ、諦めろ!」
背中のままでも、律儀に返してくる嗣斗。
(むむむ……)
その内容は癪に障ったけど、どうやら輝臣先輩の家にはついてきてくれそうだったから、それ以上刺激しないことにした。
それより今は、作戦を考えねばならない。輝臣先輩の家を訪ねたとして、どうやって会わせてもらうか。――あるいは、会ってもらうか。会ってくれるのか?
結局わたしは、一コマ目から六コマ目までずっと、そのことばかりを考えていた。