十月十二日、火曜日。②

文字数 7,075文字

「ねぇセイちゃん! どうして教えてくれなかったの!?
 部活をいつもより早めに切りあげたあと、部室を出るのも待ちきれずに電話した。
 わたしに、セイちゃんは憎らしいほど冷静な言葉を返してくる。
『どうしたんです? 藪から棒に。一体なんの話ですか』
「とぼけないでっ。十年前に同時に死んだうちのひとりが、お父さんだったんでしょ!?
 そう、わたしは確認のために電話したのではなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、文句を言いたかったのだ。
「名前も住所も同じだった……どうしてお母さんやセイちゃんの反応がおかしかったのか、今ならわかるよ」
 泉先輩が見せてくれた研究ファイルには、当時の新聞の切り抜きも挟まっていた。それが決定打だった。
「黙ってないで、なんとか言ってよ! 本当はセイちゃんだって、謎を解明したいんじゃないのっ?」
 土曜日に電話したとき、「危険だから首を突っこむな」と告げたセイちゃん。でも、父が本当に今回の事件と同じ理由で死んだのなら、それを探りたいと思わないわけがないのだ。なにしろセイちゃんは、『探偵』なのだから。
「もうなにか、掴んでるものがあるんじゃないの!?
 もう一度強く尋ねたら、受話器の向こうでフッと笑った声がした。
『きみが自分の父親の死因を知らなかったのは、あくまでも自分の責任でしょう? これまで訊くのが怖くて避けてきたのは、きみ自身のはずですが?』
「うっ……」
 それはまったくそのとおりで、反論できない。
(それにしたってセイちゃん、なんだか声が冷たい……)
 いつもならもっと、親身になってわたしの話を聞いてくれるのに。それとも電話越しだから余計に冷たく聞こえるのだろうか。
 わたしが戸惑っている様子を察してか、傍にいた嗣斗もわたしのスマホに耳を近づけてくる。
『それに、僕は独自に調べを進めていますよ。きみと協力しようとは思わないだけで。だから、きみよりも詳しい情報を持っている可能性は、確かにあるでしょう』
「じゃあなんで協力してくれないの……?」
『前にも言ったでしょう? きみに危険が及ぶのは困るからです。輝臣くんが亡くなって哀しいのはわかりますが、どうか理解してください、舞ちゃん』
「――っ」
(そんなのは方便よ)
 この事件が十年ごとにしか起きていないなら、万が一わたしになにかが起こるとしたって十年後のことになる。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。
 それには当然セイちゃんも気づいているはずで――いつものセイちゃんだったら、自ら先頭に立って解き明かそうとしてくれたのではないかと思うから、余計に不思議だった。
(なんで?)
 そんな疑問が浮かびまくるのは、どうやらわたしだけではないらしい。
「ちょっと貸せ!」
 嗣斗がわたしの手からスマホを奪い取ると、耳にあてることはせず、スマホの下のほうにある送話口(マイク)に向かって怒鳴った。
「舞は俺が責任持って守るから、余計な心配はすんな! 次に事務所行ったときには、ちゃんと手伝えよなっ!!
 そして勝手に、切ってしまう。
「ちょっとー!? あんた、なに言っちゃってんの……っ」
 ひとりあたふたするわたしに、嗣斗は両肩をすくめて、
「これくらい言わないと動かないだろ! あの探偵がここまで頭固いとは思わなかった」
「そ、それはわたしも変に思ったけど……」
 わたしにスマホを返しながら、嗣斗は促す。
「それよりほら、さっさと行くぞ」
「行くってどこへ?」
「当時のことだったら、ほとんど連絡取ってなかったっていう『弟』の探偵より、『部下』の寅さんのほうが詳しいだろ」
「あ、そっか!」
 母にはやっぱり訊きにくいけど、寅おじさんだったら協力してくれそうだ。
 そこで部室の鍵を閉めたあと、鍵を返しに行くのは嗣斗に任せ、わたしは下駄箱へと向かいながら再び電話をかけた。
「――もしもし、寅おじさん? ちょっと話したいことがあるんだけど、これから少し時間取れないかな」
『これから? ええと……ちょっと待って』
 寅おじさんはそう応えたあと、電話の向こうで誰かと話をしているようだ。あたりまえだけど、まだ仕事の途中なのだろう。
 しばらく待っていると、ガサガサしていた音がぴたりとやむ。
『すまないね、お待たせ。舞ちゃんはまだ学校かい?』
「うん、今帰るとこ」
『じゃあ車で家まで送ってあげるよ。話すのはそのあいだでいいかな』
 それだけ忙しいということなのだろう。
 セイちゃんと違って、寅おじさんは公金で働いている人だから、わたしのわがままで長時間拘束するわけにはいかない。
「わかった。じゃあ学校の裏で待ってるね。表はまだマスコミの人が少し残ってるんだ」
『すぐ向かうよ。じゃあ』
 電話が切れたところで、ちょうど嗣斗が戻ってきた。
「待たせたな。寅さんなんだって?」
「これから迎えに来るから、車のなかで話そうって」
「こないだのおばさんと同じパターンか」
「寅おじさんも忙しそうだから、仕方ないよ。早く裏にまわろ」
「だな」
 素早く靴を履き替えてから、校舎に沿って裏手にまわりこんだ。
 あの事件以来、裏門は正門がしまる時間まで開けっぱなしになっている。おかげで先生の許可を取る必要がなくなっていた。
 時刻は午後六時をまわり、辺りはもう薄暗い。そこでわたしたちは、裏門を照らすライトの傍で待つことにした。
 しばらくそこに立っていると、やがて目の前に一台の黒い乗用車がとまる。
(あ、これかな?)
 なかが暗いとこちらからは見えないから、わざと少し待ってみた。
 向こうもそれをわかっているのか、すぐに開かれた窓から寅おじさんが顔を出す。
「お待たせー。さあ早く乗って! こっちの道にも何人かマスコミがいるみたいだ」
「えっ、ほんと?」
「しつこいもんだなー」
 もたもたしているあいだに駆け寄られては面倒だから、わたしたちは言葉どおり素早く乗りこんだ。今日はふたりとも後部座席だ。
(うわっ、煙草臭いなー)
 制服に臭いが移ってしまうのが気になったけど、仕方ない。ここは我慢だ。
 寅おじさんはわたしの顰めっ面には気づかず、車を走らせると同時に口を開いた。
「で? 話したいことってなんだい? わざわざ会うからには、電話では言いにくいことなんだろう?」
「言いにくいってほどでもないんだけど……表情を見ないで聞くのは、ちょっと躊躇われるくらい」
 そんな遠まわしな言いかたでも、寅おじさんはピンと来たらしい。
「――もしかして、()()()()のことか?」
「うん……」
 寅おじさんが口にしたそれは、父のニックネームだった。
 三池(とおる)――それが父の本名。でも、刑事ドラマが大好きだったという父は、二文字で呼ばれることに憧れていたのだそうな。ただ、『トオさん』と呼ばれると『父さん』みたいで嫌だと言って、代わりに『テツさん』と呼ばせていたらしい。
(そういう話だったら、結構聞いたことあったんだけどな……)
 父が生きていた頃の話なら、みんな笑顔で聞かせてくれた。雰囲気は明るかった。
 それを保ちたいと。
 暗いところは見たくないと。
 知らず知らずのうちに避けていたのは、きっとわたしだけではないはずだ。
 現に今、バックミラーを通して見る寅おじさんの表情は、いつになく険しいものになっている。
 わたしはこっそりと息を整えてから、一文字ずつ口に出した。
「お父さん、十年前の犠牲者だったんだね」
「……誰に聞いた?」
 鋭い声音とともに、寅おじさんの目玉がきろりと動く。
 それに答えたのは、嗣斗だった。
「聞いたんじゃない! オカミス研のファイルに挟まってた、当時の新聞記事を見たんだ」
 それが少し怒ったような口調だったのは、「自分たちで調べられるわけがない」と言われたように感じたから、なのかもしれない。
 わたしは運転席と助手席のあいだから顔を出し、寅おじさんの横顔に直接語りかける。
「お母さん、()()()変だったんでしょ? 同じ学校の人が亡くなったくらいで、あんなにわたしのことを心配するなんて、おかしいと思っ――」
「違う、それだけじゃない!」
 わたしの言葉を遮って、寅おじさんは叫んだ。でもすぐにまずかったと思ったのか、右手をハンドルから放して口許にあてる。
「す、すまない」
「別に謝らなくていいけど、他になにがあるのか教えてよ、寅おじさ~ん」
 さらに身体を乗り出して促すと、今度は横目できつく睨まれる。
「危ないから、ちゃんと座っていなさい」
 その迫力に気圧されて、わたしは「はーい」と後部座席に戻った。
(寅おじさんたら、このままごまかす気?)
 不安になったわたしは、次の一手として嗣斗の発言を期待し、そっと隣に目をやる。
(えっ?)
 すると嗣斗は、なにかを考えこむようにきつく目をつむっていたのだった。
「嗣、斗……?」
 戸惑いながらも名を呼ぶと、その目がパチリと開く。同時に口も。
「――ちょっと、考えてみたんだけどさ。もしかしてテツおじさん、()()()()()()()()()()()()()()んじゃないのか?」
「は? どういう――きゃっ」
 咄嗟には理解できずに訊き返したわたしとは裏腹に、寅おじさんのハンドル操作は正直だった。
「あ……」
 車体は少し左右に揺れたものの、すぐに気づいた寅おじさんは道路脇に車をとめ、こちらを振り返る。ちょうど街灯のある電柱の傍だったから、焦っている表情がよく見えた。
「大丈夫だったか!?
 ただ頷くわたし。
 一方の嗣斗は、わたしの身体が倒れないように押さえたまま、
「俺は覚悟してたからな。――やっぱり()()なんだな?」
 挑むように問いかけた。
 神妙に頷く寅おじさんの目には、まだ戸惑いの色が見えるようだ。
「――ああ。だが、どうしてわかった?」
 問われた嗣斗は、さっきとは打って変わって、得意げな顔で答える。
「いくら死因が不明だからって、親と子が同じような形で死ぬ可能性は、実のところそう高いもんじゃないだろ? だから、おばさんのあの反応には俺も違和感があったんだ。で、それならどういう場合にあそこまで心配するかって考えて、気づいた。死因じゃなくて、()()()()()()が同じなら、話は別だ」
「条件? って……」
「今の例で言えば、『この同時死事件について調べる』ってこと。おばさんが心配してたのは多分、おまえがこの事件に関して必要以上に関心を持ってしまうことなんだろうさ。おじさんは刑事だったんだから、以前にあった事件を調べていてもおかしくはない。()()()()()()()()()()()()んだと、おばさんが思ってたとしても」
「な……っ」
 息を呑みながらも、わたしはその考えに深く納得していた。
(お父さんがどうして亡くなったのか、わたしに伝えなかったのは――)
 言えなかったのは、きっと母のなかでは『殺された』ことになっていたからなのだ。
 輝臣先輩を失ったわたしが感じたように。
 誰を憎んでいいのかわからなくて、わからないうちはそれを認めたくなくて。
(それでもわたしを、守りたいと思って?)
 母はわたしを心配している。
 父と同じ道を歩んでしまうことを――。
 嗣斗の推理に、寅おじさんは大きなため息を吐きながら、ハンドルにもたれかかった。
「大体そんなところだ。だから本当は、事件のことに詳しいおれを舞ちゃんに会わせるのも嫌だったろうな。こっちも仕事だから、さすがにそこまで配慮できなかったが」
 むしろ、そこまで考えてくれていたこと自体に、胸が熱くなる。
「寅おじさん……」
 感謝をこめて名を呟いたら、寅おじさんはゆっくりと続きを語りはじめた。
「――テツさんは、二十年前の同時死事件で初めて()()を任された。当時三十歳、メインを張るには若すぎる歳だ。ようは嵌められたんだよ、テツさんを生意気だと思っていた上のやつらにな。その事件は十年ごとに起こっていて、それまで誰にも解けていなかった。当然今回も解けないだろうとわかっていて、テツさんに全部の責任を押しつけたのさ」
 フロントガラスに映る寅おじさんの目は、昔を懐かしむように細められている。
「だからテツさんは、躍起になっていた。他の誰が忘れても、『事件ですらなかった』と判断されても、仕事の傍らにずっと調べつづけていたんだ」
「それで十年後、自分も犠牲に……?」
「ああ。おれも奥さんと同じで、テツさんは答えに近づきすぎたから殺されたんだと、そう思っているよ。だからこそ、奥さんが舞ちゃんのことを不安に思う気持ちもわかるんだ」
「で、でもっ、調べたからって絶対殺されるとは限らないじゃない!? それに、万が一殺されるとしても、十年後ならその前にとっ捕まえちゃえばいいんだよ!」
 わたしがそこまで告げると、寅おじさんはものすごい勢いで振り返ってこちらを見た。
「馬鹿なことを言うな! 優秀な刑事だったテツさんでも無理だったのに、一介の高校生であるきみらになにができる!?
「それでも、なにかしたいのっ!!
 わたしも負けじと前のめりになったら、寅おじさんは目を丸くする。
「どうして、そこまで……?」
「輝臣先輩のこと、話したでしょ? 先輩は突然死んだわけじゃないんだよ。死ぬ前の数日間、明らかに変だった! 先輩はきっとなにか感じてたんだ。だからもし、もしそれにわたしたちが気づいていたら――」
「それはなにも、種市くんだけに限ったことではないよ。被害者の大半は、数日前から挙動不審だったと報告されているんだ。舞ちゃんが気に病む必要はどこにも――」
「正直に言っちまえよ舞。輝臣のことを好きだったから、調べずにはいられないんだって」
「ちょ……っ」
 わたしの言葉を遮って告げた寅おじさんを遮って発せられた嗣斗の言葉は、とんでもないものだった。
「なに勝手にばらしてるのっ!?
「これがいちばん説得力あるだろうが」
「そうかもしれないけど……けどねっ!?
「なるほど、そういうことか」
「寅おじさんもしたり顔で納得しないで!」
「いや、本当に納得したんだ。そうか、舞ちゃんが全然興味なさそうなオカミス研に入ったのも、全部そのためだったんだな」
「悪い!? 中学の頃から輝臣先輩一筋よっ! もう、恥ずかしいこと言わせないでよ!!
 すっかり熱を持ってしまった顔を覆って小さくなっていると、呆れた声が頭上から降ってきた。
「おまえが勝手に言ってんだろうが……」
 しかしそれで終わらないのが、嗣斗のいいところだ。
「ま、そういうわけだからさ、寅さん。協力してくれよ。なにか掴んだらちゃんと報告するし、危ないことはしない。万が一なにかあっても、舞のことはちゃんと守るからさ」
「なによあんた、発言が無駄にかっこいい」
「無駄って言うなっ。おまえのためにわざわざ、思ってもない恥ずかしい台詞を言ってるんだぜ!?
 そこでがばと、顔をあげるわたし。
「あら、『思ってない』ってばらしたら駄目じゃない! それに、わたしを守るのはあんたじゃなくて、タヅばあのお守りなの。わかる? あんたはお守りのお・ま・け!」
「逆だろ。お守りが俺のおまけだ。あんな汚い布袋になにができるってんだっ」
「ちょっ……あんた、タヅばあの形見になんてこと言うのよ!?
「死んだ人より、生きてる自分の身の安全をちゃんと考えろって言ってんだ」
「なによ、それならあんたの傍がいちばん危険なんじゃないの?」
「な、なんでだよっ?」
「言い争いが絶えないから」
「誰のせいだよ!」
「ふたりのせいでしょ!」
「わかってるなら、俺だけが悪いみたいに言うなっ」
「でも悪さで言ったら二対八くらいだもの」
「嘘つけ!」
「――わかったわかった! わかったから、ふたりとも落ちついて!!
 そのまま延々と続いてしまいそうだった口喧嘩を、やっと寅おじさんがとめてくれた。
 わたしと嗣斗は、視線で笑いあう。
(うまくいったみたいね)
 そう、これは作戦だったのだ。――少なくともわたしはそう思っていた。
 まんまと引っかかった寅おじさんは、疲れ果てたように肩を落としてから、
「そういう事情があるのなら、黙っていろというのも酷な話だ。おれ自身、テツさんのためにも解決したいと思っていた部分もある」
「じゃあ……!?
「ああ、協力しよう。ただし! さっき言ったことは絶対守るように、な」
 刑事の瞳で、強く訴えたのだった。
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登場人物紹介

三池 舞(みいけ・まい) 主人公


大好きな先輩を一途に追いかけている女子高生。

元気が取り柄の前向きな性格だが……

種市 輝臣(たねいち・てるおみ) 舞の先輩


オカルト・ミステリー研究会に所属しているミステリマニア。

自分でも小説を書くため、スマホを使ったトリックを考えていた。

その矢先に……

片町 嗣斗(かたまち・つぐと) 舞の幼なじみ


誰がどう見ても舞のことが好きなのに気づいてもらえない不憫男子。

ライバルには結構容赦がない。

だが、舞が悲しむようなことはしたくないから……

三池 徹(みいけ・とおる) 舞の父


元刑事で、十年前に亡くなっている。

その死には、なにか秘密があるらしい……?

徳山 寅太郎(とくやま・とらたろう) 父の元部下


現役バリバリの刑事。

昔から舞をかわいがっていたため、いろいろ情報を流してくれる。

本当は駄目なんだけど……

三池 誠(みいけ・せい) 舞の叔父


琴田探偵事務所を営んでいる探偵。

なにかと相談にのってくれるため、舞は家族のように慕っている。

今回の事件について、なにか知っているようだが……

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