十月一日、金曜日。①
文字数 9,783文字
わたしが高校生になってから、今日でもう半年が過ぎた。夏のあいだ着ていた白いブラウスに別れを告げ、再び紺色のブレザーに袖を通している。
初めてこの制服を身につけたときには、『新しい』と感じていたクラスや友だちにもそれなりに慣れ、毎日楽しい学校生活を送っていた。
――なかでも、わたしがいちばん楽しいと感じるのは、やっぱり部活の時間だ。
「おい舞 。おまえ、今日も部室行くのか?」
午後四時ピッタリに帰りのショート・ホームルームが終わり、いそいそと鞄に教科書などをしまっていると、幼なじみの片町 嗣斗 が声をかけてきた。
「もちろん行くよ! そもそも部活って、普通は毎日行くものじゃない」
半分呆れた調子で答えたわたしに、嗣斗はわざとらしく深い息を吐く。
「はぁ~……そりゃあ、毎 日 や る こ と が 違 う んなら行くけどな。おまえ、半年も同じ話聞いててよく飽きないな」
母親同士が親友で、生まれたときから一緒に過ごすことの多かった嗣斗の言葉には、少しの遠慮もない。そして当然ながら、わたしの言葉にだってあるはずがなかった。
「なによ、文句があるなら来なきゃいいんだよ。わたし、あんたを誘った覚えなんてないし」
「はぁ? 『ひとりで輝臣 先輩と喋るなんて無理だからついてきて~』って、最初に俺を無理矢理引っ張っていったのは誰だっけ?」
嗣斗が大袈裟にわたしの猫撫で声を真似したものだから、周りにいたクラスメイトたちからクスクスと笑い声があがる。
「い、いいじゃない! あんただって、別に入りたい部なかったんでしょ?オ カ ミ ス 研 は幽霊部員になるにはちょうどいい部なんだって、輝臣先輩も言ってたし」
反射的に顔を赤らめたわたしは逃げるように席を立ち、移動する素振りを見せた。
するといつものように、嗣斗が先に歩き出す。なんだかんだと文句を言いつつも、嗣斗が部活を休んだことはまだ一度もないのだ。
『俺が行かないと、男だけで危ないだろ? おまえだって一応女なんだからさ』
以前嗣斗がそんなことを言っていたけど、実際には嗣斗が部室に来たところで、女がひとりであることに変わりはない。嗣斗も男なのだからあたりまえだ。それに、そもそも毎日部室に来るメンバーは、穏やかな物腰の部長・輝臣先輩(三年)と、かなり小柄で非力な泉 先輩(二年)のふたりだけ。なにがどう危ないのか、教えてほしいくらいだ。
そう、嗣斗は昔っから、どこか抜けている。そのせいか、頼りになるのかならないのか、長年近くにいるわたしでもよくわからないところがあった。身長がわたしと同じくらいで、男子にしては低いほうだから、余計にそう思ってしまうのかもしれない。
(そんなこと言ったら、嗣斗は怒るんだろうけど)
とっくに見慣れているはずのわたしから見ても、顔はそこそこイイと感じるだけに、なんだか勿体ないと思ってしまうのだった。
前を歩く嗣斗の背中を見ながら、わたしはこっそりと口許に手をあてる。失礼ながら、苦笑をこらえるために。
でもそんなときに限って、
「ところでおまえ、日曜の――って、おい、なにニヤニヤしてんだっ?」
タイミング悪く嗣斗が振り返り、あっさりと見つかってしまった。
「どうせまた輝臣 のこと考えてたんだろ……これから嫌でも会うのに、お忙しいこって」
廊下の途中で足をとめ、眉間に皺を寄せた嗣斗に、わたしは思いきり叫んでやる。
「わたしを差しおいて、輝臣先輩のこと呼び捨てにしないでって、いつも言ってるでしょ!」
半分以上は、間違いなく涙声だ。その主な成分は羨ましさで、残りの部分は正直な気持ちだった。
「それに、輝臣先輩のことは考えるまでもなく頭のなかにあることなんだよ? だからごめんなさい、心のなかであんたのこと、ちょっと馬鹿にして笑ってたの」
「おいっ、さらりと傷つくこと言うな!」
「――ハハ、本当に仲がいいね、キミらは」
不意に後ろから笑いを含んだ声音が聞こえ、わたしは無意識に背すじを伸ばしていた。
その声は、それこそ考えるまでもなくわかる。愛しの輝臣先輩のものだ。
(ちょっ……先輩いつから近くにいたの!?)
今の台詞を、聞かれてしまっただろうか。
口にすること自体は全然平気だけど、本人に聞かれるのはさすがに恥ずかしかった。
わたしはおそるおそる振り返り、高い位置にある輝臣先輩の顔を見あげる。相変わらず、色素の薄い茶色の髪がよく似合っていて、鼻も高いし日本人離れした容姿だ。白い肌と眼鏡のせいか、どこか冷たい印象を与えがちだけど、笑うとまったく違う雰囲気を纏うことを、わたしは知っている。
「こ、こんにちは、輝臣先輩! あの、今の話聞こえてました……?」
探るように上目遣いで尋ねると、輝臣先輩は小さく首を傾げた。
「話? 片町の怒鳴り声なら聞こえたけど……なんの話?」
(よ、よかった。聞こえてなかったみたい)
すっかり安心したわたしは、やっといつもの調子を取り戻す。
「いえ、なんでもないんですっ。それより先輩、どうしてこんなとこに? わたしたちは今、部室に行くとこなんですけど」
そう尋ねたのは、わたしたちがまだ一年の教室が並んでいる廊下の途中にいたからだ。ここは本来なら、三年の輝臣先輩が通りがかるような場所ではない。
すると輝臣先輩は、肩にかけていた鮮やかな赤色の鞄をこちらに見せながら答えた。
「ああ、オレも今行くところだよ。ちょうどよかった、一緒に行こうか」
なぜここにいるのかはスルーされたけど、眼鏡の奥から優しい瞳で微笑まれたら、そんなことどうでもよくなってしまう。
「はい! ぜひっ!!」
(ああっ、さすが『眼鏡の君』! きっと日本一眼鏡が似合う人だよ、輝臣先輩は!!)
わたしが両手を合わせてときめいていると、後ろから「チッ」と嗣斗の舌打ちが聞こえた。おそらくわたしの変わり身の早さに呆れているのだろう。それでも嗣斗がひとりで先に行ってしまわないのは、部室の鍵を持っているのは他でもなく輝臣先輩だからだ。
先に歩き出した輝臣先輩の右隣のポジションに、わたしは素早く滑りこむ。輝臣先輩がこちらの歩幅に合わせてくれているおかげか、いつものペースで歩くことができた。これが嗣斗だったら、早足になるところなのに。
(やっぱり輝臣先輩は格が違うわ!)
せっかくだから、少しでもデート気分を味わおうと試みる。部活中は主に、パイプ椅子に座ってぐだぐだと話をしているだけだし、「一緒に帰ろう」と誘えるほどの度胸はまだなかったから、わたしにとってはとても貴重な時間なのだ。しかも、明日から土日を挟むため、そのあいだ輝臣先輩に会うことはできない。今日のうちにたくさん話しておかなければ、輝 臣 先 輩 ロ ス を起こしそうだった。
そこで早速、輝臣先輩が食いつきそうなネタで勝負する。
「ねぇ先輩! スマホを使った新しいトリック、もう思いつきました?」
さっき嗣斗が「半年も同じ話聞いてて~」と言っていたのは、主にそのことだった。
(輝臣先輩って、推理小説――しかも古いやつが大好きなんだよね)
そのせいか、毎日のように『携帯電話やスマートフォンが普及したせいで、トリックが成立しなくなった推理小説』について語っていたのだ。また、自分でも小説を書いたりするため、まるで昔の推理小説の仇を討つかのように、
『オレがスマートフォンを使った独自のトリックを考えて、新しい推理小説を書く!』
と、張り切っていたのだった。
(だから、食いつかないわけがない!)
そう自信満々に問いかけたわたしだったけど――意外にも輝臣先輩は、少し困ったような表情でわたしを見おろしたあと、口を開く。
「いや……まだだよ。それに、もし思いついたとしても、キミには言わない」
「えっ? どうしてですか!?」
「キミは、オレが書く物語のひとり目の読者になってくれるんだろ? 最初からトリックがわかっている推理小説ほど、つまらないものはないよ」
一瞬拒絶されたのかと萎みかけた心が、急速に膨れあがった。
「あ! 言われてみればそうですね。じゃあ内容までは聞きませんから、もし思いついたらそのことだけでも教えてくださいねっ? わたし、一緒にお祝いしますから!」
「お祝い!? そこまですることじゃ……」
ギョッと目を丸くした輝臣先輩に、今度はわたしのほうから食らいつく。
「することですよ! 頭のいい先輩ならきっと、みんなをあっと言わせるトリックを考えつけるはずですから!!」
「馬鹿だな舞。トリックがすごくても面白くない話なんて、いくらでもあるんだぜ?」
「あんたは茶々入れないのっ!」
後ろから口を挟んできた嗣斗を振り返って、怒鳴りつけてやった。
その様子にまた、輝臣先輩が笑う。
「ハハっ。オレと話しているときのキミと、片町と話しているときのキミは、本当に別人みたいだね」
(うっ……!)
まったく否定できなくて、ただ赤くなった瞬間、
「それはこいつがー、猫かぶってるからー」
嗣斗がおどけた口調で、言ってはならないことを言ってしまった。
「あ、あんたねぇ……っ」
(なんてこと言うの!?)
本当のことだけど、はっきり言いすぎよ!
いつもならここで、間違いなく手が出ているところだ。でも今は隣に輝臣先輩がいる手前、それもできない。
輝臣先輩から顔を背けて、色々なものをこらえながら、足を動かすことだけに集中していた。
――わたしの耳に、輝臣先輩の穏やかな声音が滑りこんでくる。
「でも、それくらい素直なほうが、オレは好きだな」
「えっ?」
(うわっ、今、『好き』って言った!?)
もちろん、わたし自身のことをそう言ったわけではないけど、その響きだけでドキドキする。唇が、そう動いたという事実だけで。
自分から顔を背けていたことも忘れて輝臣先輩を見あげたら、そこには変わらない笑顔が待っていた。
「あ、あの……呆れてませんか?」
念のため確認してみると、輝臣先輩は肩をすくめる。
「キミに? それはないよ。呆れるとしたら、鉄壁のディフェンスを誇るカタ――」
「とにかく! とっとと部室行こうぜっ。妖怪先輩が待ってるかもしんねーし!!」
輝臣先輩の言葉を遮って、どこか必死な様子で叫んだのは嗣斗だ。そしてわたしたちのあいだに身体を入れてくると、通り抜ける瞬間にわたしの左手首と輝臣先輩の右手首を掴んでいく。
「わっ、ちょっと嗣斗っ?」
そのまま走り出したものだから、わたしたちもつられて走る格好になった。
(どうしたのかな)
いつもなら、自分から進んで部室に行きたがることなんてない。むしろさっきまでのように、部室に行かなくて済むようにごねていることが多いのだ。
(それに、先輩がなにを言いかけたのかも気になるし……)
走りながらもチラリと、輝臣先輩のほうを見やる。輝臣先輩なら同じ男だし、嗣斗の気持ちもわかるかもしれない。
そう思ったけど、輝臣先輩は細めた目で苦笑をくれただけだった。こちらもごまかすつもりらしい。
(なんなのよ~)
脳裏にたくさんの『?』を抱えながらも、嗣斗に手を引かれたまま下駄箱の脇を通り過ぎ、やがて図書室の前に辿り着く。そこには、嗣斗が心配(?)していたとおり、妖 怪 先 輩 ――二年の八鹿 泉 先輩が立っていた。
昔から「ちび」と言われいじめられてきたという泉先輩は、輝臣先輩とは別の意味で眼鏡の似合う人だった。一見すると暗い感じだけど、話してみると意外に気さくな人なのだ。もっとも、わたしが泉先輩を下の名前で呼んでいるのは、輝臣先輩だけを下の名前で呼ぶのが恥ずかしかったからという、ただそれだけの理由なのだけど。
泉先輩は、ばたばたと走ってきたわたしたちを一瞥すると、
「出たな、妖 怪 オ カ ッ パ 」
マイペースにいつもの挨拶をくれた。
「それ、やめてくださいよっ!」
もう何度も叫んでいる言葉を、繰り返す。
そう、『妖怪オカッパ』とは他でもなくわたしのことなのだ。泉先輩にとって、女子はみんな妖怪らしい。そこでわたしの、肩の上で切りそろえられたヘアスタイルからとって、勝手に名づけてしまった。
(これはボ ブ カ ッ ト だって言ってるのに!)
今日こそもう一言文句を言ってやろうかと、大きく息を吸う。
しかし、
「こら、図書室の前で騒いだら、また怒られるだろ? 早く部室に入ろう」
輝臣先輩のその言葉で、はたと我に返った。
(そうよ! 輝臣先輩に迷惑はかけられないっ)
それに、輝臣先輩の前で下品な言葉を使うのは、本意ではないのだ。
おとなしく口を噤んだわたしは、再び歩き出した輝臣先輩のあとを追って、図書室のドアの前を――通り過ぎる。
歩くこと数歩で現れたもうひとつのドアが、わたしたちの部室の入り口だ。壁から飛び出ているプレートには『図書準備室』と表示されているけど、ドアの脇に貼られているプレートにあるのは『オカルト・ミステリー研究部』の文字。
(理科準備室とか、家庭科準備室ならまだわかるけど、図書準備室ってほんと謎よね)
ここを部室にあてがわれた理由には、その謎さ加減がオカミス研に合っているからとか、調べものをするのに図書室の隣だと便利だからとか、諸説ある。でも実際のところは、あいている場所がここしかなかったというのが正解らしかった。
オカルト・ミステリー研究部。
そんな怪しい名前の部が、今現在わたしと輝臣先輩を繋ぐ唯一のもの。
輝臣先輩が解錠しドアを開くと、なかからモワっとした空気が廊下に流れ出てきた。たった三畳ほどの縦に長いスペースで、窓はいちばん奥に小さなものがひとつだけ。また、この部活の時間しか使われない場所であるため、いつも空気がこもっていてカビ臭かった。
(でも、わたしにとっては充分天国よ!)
部屋が狭い分、輝臣先輩との距離も近くなるのだから、悪いことばかりではないのだ。
四人そろって部屋のなかに入り、まず背の高い輝臣先輩が奥の窓を開けに行く。わたしはドア近くのスイッチを押して蛍光灯をつけ、嗣斗と泉先輩が壁に立てかけて置いてあるパイプ椅子をセットするのが、いつもの流れだった。本当はパイプ椅子を広げたままにしておきたいのだけど、部屋の横幅が狭いため、それだと部屋から出るのに苦労するのだった。
(長机をそのまま置いておけるだけでも、まだマシと言うべきかな)
その両側――図書室に繋がっているドアがある壁側にわたしと嗣斗、向かいの本棚側に輝臣先輩と泉先輩が座って、準備は完了。
「――さて。それじゃあいつもどおり、活 動 を始めようか」
輝臣先輩の合図で、それぞれに動き出す。
このオカルト・ミステリー研究部は、はっきり言ってなんでもありの部だ。
たとえば泉先輩は、『よ う か ・い ずみ』という名前のせいなのかは謎だけど、妖怪が大好きで、部活中はいつもそれについて調べたり考察したりしている。他には都市伝説にも興味を持っているらしく、部員が輝臣先輩とふたりだけだった去年は、それを共通のテーマとして調べていたという話だった。分類的には『オカルト』の担当になるだろう。
そして輝臣先輩は、前述のとおり自分でもトリックを考えるほどの推理小説好き。推理小説は『ミステリ』あるいは『ミステリー』と呼ばれることもあり、語尾を伸ばすか伸ばさないかの違いについて語りはじめるとかなり長い。分類的にはもちろん『ミステリー』の担当だ。
他にも過去には、宇宙人やミステリーサークルについて調べていた人や、オーパーツについて調べていた人、心霊現象について調べていた人、学校の裏手にある人生山 にまつわる噂話について調べていた人などなど、色んな部員がいたらしい。ようは、興味のある対象がオカルトっぽかったりミステリーっぽかったりすれば、それでいいというわけなのだ。
そんなふうにかなり大雑把な部なので、他の部のように決まった大会やコンクールなどあるはずもない。そのことは生徒たちのあいだでも有名で、この高校では生徒全員の部活参加を強制しているため、最初から幽霊部員になる目的でオカミス研に入部する人が多かった。部室に集まるのはこの四人だけど、幽霊部員の数は三学年合わせると百人以上にのぼるらしい。
(成果を披露する場のない部は、文化祭のときに披露すればいいんだって)
中学の頃からずっと輝臣先輩のことが好きだったわたしは、当然去年・一昨年の文化祭も見に来ている。そのときのオカミス研の企画は、図書室全体を使ったかなり大がかりな推理イベントで、幽霊部員たちの底力を思い知らされたのだった。
(わたしと嗣斗も、本 来 な ら 幽霊部員の側だったろうな)
なにせ、オカルトにもミステリーにもまるで興味がないのだ。それでも部室にやってきているのは――興味を持とうとしているのは、ひとえに輝臣先輩のためだった。もっとも、嗣斗は暇つぶしにつきあってくれているみたいだけど。
その証拠に今、「活動を始めよう」と言われた嗣斗が鞄から取り出したのは携帯ゲーム機。
泉先輩も持参してきた本を取り出し、読みはじめる。
じゃあわたしはというと、輝臣先輩の邪 魔 を す る のが日課だった。
(もっと話したいんだから、仕方ないの!)
「輝臣先輩、今日はなにをする予定ですか?」
長机の上に身を乗り出して、他のふたりと同じように鞄に手をかけた輝臣先輩に話しかける。
すると、輝臣先輩が鞄から取り出したのは、タブレット端末だった。
「新しいトリックを考えるには、やっぱり古典のトリックを勉強してからじゃないとね」
「あ、それにまとめてるんですか?」
「そう。今とは環境が違うから、逆に発想が新鮮で面白いんだ。たとえば昔はほら、電話交換手がいただろ? J・クラークの『モノトーンの確率』では、犯人が交換手になりすまして情報を盗み、相手の行動を利用し殺害した。他にも、エキドナの『電話問答』では犯人が交換手で、時間外にあえて繋ぐことで証人に時間を誤認させるトリックを使ったんだ。電話は昔から、アリバイづくりに欠かせない道具だった」
「なるほど、電話の向こうの相手が証人になったりするわけですね」
わたしの相槌に、輝臣先輩は小さく頷く。
「その点、電話をかけられる場所が決まっていたからこそ、成立したものも多い。つまり、過去の傑作を生かして新しいトリックを考えるには、『スマートフォンをい か に 固 定 化 す る か 』というアプローチも有効かもしれないと、考えているところなんだ」
「けどさー、それだったら、スマホを使う意味がないんじゃないか? 自由に移動して電話をかけられるスマホだからこそのトリックじゃなきゃ、全然新しくないだろ?」
そこで口を挟んできたのは嗣斗だ。ゲームをしながらも会話はしっかりと聞いていたらしい。
「そんなことない! 別に移動しなくたって、スマホの機能は他にもあるわけだし、そっちでスマホらしさを出せばいいんだよ」
ムッとしてフォローを入れると、嗣斗はすぐに返してくる。
「通話以外の部分なら、近いのはむしろ電話よりパソコンだろ? スマホじゃなけりゃ駄目って部分がないと、たんに小 道 具 と し て ス マ ホ を 使 っ た 話 になっちまうだろうが」
こんなときばかり、真面目な受け答えをする嗣斗が憎らしい。なんでか知らないけど、嗣斗はいつも輝臣先輩と張りあっているのだ。
「そ、そんなこと言ったって――」
「いいんだ、三池 。片町の言うとおりでね、そこはオレも迷っているところだから。正直、移動できるからこそのトリックっていうのが全然思い浮かばなくて、苦肉の策ってやつ」
両掌を上にあげ、降参のポーズを取りながら、輝臣先輩は明るく告げた。
名字を呼んでもらえて嬉しいものの、嗣斗に負けた気がして、わたしは素直に喜べない。
(余計なことばっかり言わないでよ!)
キッと横目で嗣斗を睨みつけてやったら、嗣斗は反撃のように再び口を開いてくる。
「まーあれだ、明後日見に行く映画に、なんかヒントがあるかもしれないぜ? 『マリー・ブロッサムの事件簿』――予告編に意味深な電話のシーンがあったし」
「えっ、ほんと?」
そう、わたしは日曜日に嗣斗と映画に行く約束をしているのだ。映画鑑賞は嗣斗の趣味なのだけど、他には一緒に行ってくれる人がいないのか、たびたびわたしを誘ってくる。
(わたしだってこの部に嗣斗をつきあわせてるようなものだし、断れないじゃない?)
それに、見る映画のチョイスも意外と悪くないから、映画にさほど興味のないわたしでも、それなりに楽しめることが多かった。
(今回のも、輝臣先輩と話をするうえで勉強になりそうね)
ここで「輝臣先輩も一緒にどうですか?」と言える度胸があればいいけど、まともに会話できるようになって半年のわたしには、まだ無理だ。
それでも諦め悪く輝臣先輩のほうを見やったら、輝臣先輩はなぜか目を丸くしていた。
「ど、どうしました? 輝臣先輩」
「いや……それってふたりで行くのか? 映画ってことは、蒼林市まで出るんだろ?」
輝臣先輩がそんなことを訊いてきたのは、わたしたちが住むこの山下市 には、そもそも映画館がないからだ。古い映画ならレンタルショップでDVDを借りればいいけど、新作映画を見たいなら電車で二時間もかけて蒼林市まで行かなければならない。
ただ、それはこの市に住む人ならみんな知っていることで、今さら驚くようなことではなかった。
(じゃあ先輩は、なにに驚いたの?)
考えて、一瞬にして顔面蒼白となる。
「そうですけど、デートとかじゃないですからね!? わたしはただの付き添いです!」
勘違いをされたら困ると大きな声で告げたら、また嗣斗が横から口を挟んできた。
「そうそう、舞が楽しみにしてるのは、映画じゃなくてそのあとの、ケンケン軒の大盛りネギチャーシュー麺だもんな」
またしても、言ってはならないことを。
「ちょっ……事実だけど今言わないでよ!大 盛 り なんて恥ずかしいでしょ!?」
「そう言いつつもちゃっかり肯定するところが、変に漢 らしいよな、妖怪オカッパは」
「泉先輩までこっそり話聞いてないでくださいよっ!」
隣と斜めから攻められて、わたしはすっかり林檎になってしまった。
(ああ、もともと赤ほっぺなのに、なんてことなの!?)
暴れたいのに暴れられないジレンマが、わたしの体温をますますあげていく。
さらに――
「まあまあ、いいじゃないか、大食いでも。なんでもおいしそうに食べる娘 のほうが、好感持てるよ。見ているだけでこっちも幸せな気分になれるしね」
正面の輝臣先輩が、とびっきりの笑顔でそんなフォローをしてくれたものだから、熱はさがるどころかますますあがって――ついにはオーバーヒートした。
(こ、これ以上先輩の視界のなかにいたら、変なことを口走ってしまいそう!)
自分自身に恐れをなしたわたしは、咄嗟にパイプ椅子から立ちあがり、一言。
「わ、わたしっ、今日はこれで帰ります!」
初めてこの制服を身につけたときには、『新しい』と感じていたクラスや友だちにもそれなりに慣れ、毎日楽しい学校生活を送っていた。
――なかでも、わたしがいちばん楽しいと感じるのは、やっぱり部活の時間だ。
「おい
午後四時ピッタリに帰りのショート・ホームルームが終わり、いそいそと鞄に教科書などをしまっていると、幼なじみの
「もちろん行くよ! そもそも部活って、普通は毎日行くものじゃない」
半分呆れた調子で答えたわたしに、嗣斗はわざとらしく深い息を吐く。
「はぁ~……そりゃあ、
母親同士が親友で、生まれたときから一緒に過ごすことの多かった嗣斗の言葉には、少しの遠慮もない。そして当然ながら、わたしの言葉にだってあるはずがなかった。
「なによ、文句があるなら来なきゃいいんだよ。わたし、あんたを誘った覚えなんてないし」
「はぁ? 『ひとりで
嗣斗が大袈裟にわたしの猫撫で声を真似したものだから、周りにいたクラスメイトたちからクスクスと笑い声があがる。
「い、いいじゃない! あんただって、別に入りたい部なかったんでしょ?
反射的に顔を赤らめたわたしは逃げるように席を立ち、移動する素振りを見せた。
するといつものように、嗣斗が先に歩き出す。なんだかんだと文句を言いつつも、嗣斗が部活を休んだことはまだ一度もないのだ。
『俺が行かないと、男だけで危ないだろ? おまえだって一応女なんだからさ』
以前嗣斗がそんなことを言っていたけど、実際には嗣斗が部室に来たところで、女がひとりであることに変わりはない。嗣斗も男なのだからあたりまえだ。それに、そもそも毎日部室に来るメンバーは、穏やかな物腰の部長・輝臣先輩(三年)と、かなり小柄で非力な
そう、嗣斗は昔っから、どこか抜けている。そのせいか、頼りになるのかならないのか、長年近くにいるわたしでもよくわからないところがあった。身長がわたしと同じくらいで、男子にしては低いほうだから、余計にそう思ってしまうのかもしれない。
(そんなこと言ったら、嗣斗は怒るんだろうけど)
とっくに見慣れているはずのわたしから見ても、顔はそこそこイイと感じるだけに、なんだか勿体ないと思ってしまうのだった。
前を歩く嗣斗の背中を見ながら、わたしはこっそりと口許に手をあてる。失礼ながら、苦笑をこらえるために。
でもそんなときに限って、
「ところでおまえ、日曜の――って、おい、なにニヤニヤしてんだっ?」
タイミング悪く嗣斗が振り返り、あっさりと見つかってしまった。
「どうせまた
廊下の途中で足をとめ、眉間に皺を寄せた嗣斗に、わたしは思いきり叫んでやる。
「わたしを差しおいて、輝臣先輩のこと呼び捨てにしないでって、いつも言ってるでしょ!」
半分以上は、間違いなく涙声だ。その主な成分は羨ましさで、残りの部分は正直な気持ちだった。
「それに、輝臣先輩のことは考えるまでもなく頭のなかにあることなんだよ? だからごめんなさい、心のなかであんたのこと、ちょっと馬鹿にして笑ってたの」
「おいっ、さらりと傷つくこと言うな!」
「――ハハ、本当に仲がいいね、キミらは」
不意に後ろから笑いを含んだ声音が聞こえ、わたしは無意識に背すじを伸ばしていた。
その声は、それこそ考えるまでもなくわかる。愛しの輝臣先輩のものだ。
(ちょっ……先輩いつから近くにいたの!?)
今の台詞を、聞かれてしまっただろうか。
口にすること自体は全然平気だけど、本人に聞かれるのはさすがに恥ずかしかった。
わたしはおそるおそる振り返り、高い位置にある輝臣先輩の顔を見あげる。相変わらず、色素の薄い茶色の髪がよく似合っていて、鼻も高いし日本人離れした容姿だ。白い肌と眼鏡のせいか、どこか冷たい印象を与えがちだけど、笑うとまったく違う雰囲気を纏うことを、わたしは知っている。
「こ、こんにちは、輝臣先輩! あの、今の話聞こえてました……?」
探るように上目遣いで尋ねると、輝臣先輩は小さく首を傾げた。
「話? 片町の怒鳴り声なら聞こえたけど……なんの話?」
(よ、よかった。聞こえてなかったみたい)
すっかり安心したわたしは、やっといつもの調子を取り戻す。
「いえ、なんでもないんですっ。それより先輩、どうしてこんなとこに? わたしたちは今、部室に行くとこなんですけど」
そう尋ねたのは、わたしたちがまだ一年の教室が並んでいる廊下の途中にいたからだ。ここは本来なら、三年の輝臣先輩が通りがかるような場所ではない。
すると輝臣先輩は、肩にかけていた鮮やかな赤色の鞄をこちらに見せながら答えた。
「ああ、オレも今行くところだよ。ちょうどよかった、一緒に行こうか」
なぜここにいるのかはスルーされたけど、眼鏡の奥から優しい瞳で微笑まれたら、そんなことどうでもよくなってしまう。
「はい! ぜひっ!!」
(ああっ、さすが『眼鏡の君』! きっと日本一眼鏡が似合う人だよ、輝臣先輩は!!)
わたしが両手を合わせてときめいていると、後ろから「チッ」と嗣斗の舌打ちが聞こえた。おそらくわたしの変わり身の早さに呆れているのだろう。それでも嗣斗がひとりで先に行ってしまわないのは、部室の鍵を持っているのは他でもなく輝臣先輩だからだ。
先に歩き出した輝臣先輩の右隣のポジションに、わたしは素早く滑りこむ。輝臣先輩がこちらの歩幅に合わせてくれているおかげか、いつものペースで歩くことができた。これが嗣斗だったら、早足になるところなのに。
(やっぱり輝臣先輩は格が違うわ!)
せっかくだから、少しでもデート気分を味わおうと試みる。部活中は主に、パイプ椅子に座ってぐだぐだと話をしているだけだし、「一緒に帰ろう」と誘えるほどの度胸はまだなかったから、わたしにとってはとても貴重な時間なのだ。しかも、明日から土日を挟むため、そのあいだ輝臣先輩に会うことはできない。今日のうちにたくさん話しておかなければ、
そこで早速、輝臣先輩が食いつきそうなネタで勝負する。
「ねぇ先輩! スマホを使った新しいトリック、もう思いつきました?」
さっき嗣斗が「半年も同じ話聞いてて~」と言っていたのは、主にそのことだった。
(輝臣先輩って、推理小説――しかも古いやつが大好きなんだよね)
そのせいか、毎日のように『携帯電話やスマートフォンが普及したせいで、トリックが成立しなくなった推理小説』について語っていたのだ。また、自分でも小説を書いたりするため、まるで昔の推理小説の仇を討つかのように、
『オレがスマートフォンを使った独自のトリックを考えて、新しい推理小説を書く!』
と、張り切っていたのだった。
(だから、食いつかないわけがない!)
そう自信満々に問いかけたわたしだったけど――意外にも輝臣先輩は、少し困ったような表情でわたしを見おろしたあと、口を開く。
「いや……まだだよ。それに、もし思いついたとしても、キミには言わない」
「えっ? どうしてですか!?」
「キミは、オレが書く物語のひとり目の読者になってくれるんだろ? 最初からトリックがわかっている推理小説ほど、つまらないものはないよ」
一瞬拒絶されたのかと萎みかけた心が、急速に膨れあがった。
「あ! 言われてみればそうですね。じゃあ内容までは聞きませんから、もし思いついたらそのことだけでも教えてくださいねっ? わたし、一緒にお祝いしますから!」
「お祝い!? そこまですることじゃ……」
ギョッと目を丸くした輝臣先輩に、今度はわたしのほうから食らいつく。
「することですよ! 頭のいい先輩ならきっと、みんなをあっと言わせるトリックを考えつけるはずですから!!」
「馬鹿だな舞。トリックがすごくても面白くない話なんて、いくらでもあるんだぜ?」
「あんたは茶々入れないのっ!」
後ろから口を挟んできた嗣斗を振り返って、怒鳴りつけてやった。
その様子にまた、輝臣先輩が笑う。
「ハハっ。オレと話しているときのキミと、片町と話しているときのキミは、本当に別人みたいだね」
(うっ……!)
まったく否定できなくて、ただ赤くなった瞬間、
「それはこいつがー、猫かぶってるからー」
嗣斗がおどけた口調で、言ってはならないことを言ってしまった。
「あ、あんたねぇ……っ」
(なんてこと言うの!?)
本当のことだけど、はっきり言いすぎよ!
いつもならここで、間違いなく手が出ているところだ。でも今は隣に輝臣先輩がいる手前、それもできない。
輝臣先輩から顔を背けて、色々なものをこらえながら、足を動かすことだけに集中していた。
――わたしの耳に、輝臣先輩の穏やかな声音が滑りこんでくる。
「でも、それくらい素直なほうが、オレは好きだな」
「えっ?」
(うわっ、今、『好き』って言った!?)
もちろん、わたし自身のことをそう言ったわけではないけど、その響きだけでドキドキする。唇が、そう動いたという事実だけで。
自分から顔を背けていたことも忘れて輝臣先輩を見あげたら、そこには変わらない笑顔が待っていた。
「あ、あの……呆れてませんか?」
念のため確認してみると、輝臣先輩は肩をすくめる。
「キミに? それはないよ。呆れるとしたら、鉄壁のディフェンスを誇るカタ――」
「とにかく! とっとと部室行こうぜっ。妖怪先輩が待ってるかもしんねーし!!」
輝臣先輩の言葉を遮って、どこか必死な様子で叫んだのは嗣斗だ。そしてわたしたちのあいだに身体を入れてくると、通り抜ける瞬間にわたしの左手首と輝臣先輩の右手首を掴んでいく。
「わっ、ちょっと嗣斗っ?」
そのまま走り出したものだから、わたしたちもつられて走る格好になった。
(どうしたのかな)
いつもなら、自分から進んで部室に行きたがることなんてない。むしろさっきまでのように、部室に行かなくて済むようにごねていることが多いのだ。
(それに、先輩がなにを言いかけたのかも気になるし……)
走りながらもチラリと、輝臣先輩のほうを見やる。輝臣先輩なら同じ男だし、嗣斗の気持ちもわかるかもしれない。
そう思ったけど、輝臣先輩は細めた目で苦笑をくれただけだった。こちらもごまかすつもりらしい。
(なんなのよ~)
脳裏にたくさんの『?』を抱えながらも、嗣斗に手を引かれたまま下駄箱の脇を通り過ぎ、やがて図書室の前に辿り着く。そこには、嗣斗が心配(?)していたとおり、
昔から「ちび」と言われいじめられてきたという泉先輩は、輝臣先輩とは別の意味で眼鏡の似合う人だった。一見すると暗い感じだけど、話してみると意外に気さくな人なのだ。もっとも、わたしが泉先輩を下の名前で呼んでいるのは、輝臣先輩だけを下の名前で呼ぶのが恥ずかしかったからという、ただそれだけの理由なのだけど。
泉先輩は、ばたばたと走ってきたわたしたちを一瞥すると、
「出たな、
マイペースにいつもの挨拶をくれた。
「それ、やめてくださいよっ!」
もう何度も叫んでいる言葉を、繰り返す。
そう、『妖怪オカッパ』とは他でもなくわたしのことなのだ。泉先輩にとって、女子はみんな妖怪らしい。そこでわたしの、肩の上で切りそろえられたヘアスタイルからとって、勝手に名づけてしまった。
(これは
今日こそもう一言文句を言ってやろうかと、大きく息を吸う。
しかし、
「こら、図書室の前で騒いだら、また怒られるだろ? 早く部室に入ろう」
輝臣先輩のその言葉で、はたと我に返った。
(そうよ! 輝臣先輩に迷惑はかけられないっ)
それに、輝臣先輩の前で下品な言葉を使うのは、本意ではないのだ。
おとなしく口を噤んだわたしは、再び歩き出した輝臣先輩のあとを追って、図書室のドアの前を――通り過ぎる。
歩くこと数歩で現れたもうひとつのドアが、わたしたちの部室の入り口だ。壁から飛び出ているプレートには『図書準備室』と表示されているけど、ドアの脇に貼られているプレートにあるのは『オカルト・ミステリー研究部』の文字。
(理科準備室とか、家庭科準備室ならまだわかるけど、図書準備室ってほんと謎よね)
ここを部室にあてがわれた理由には、その謎さ加減がオカミス研に合っているからとか、調べものをするのに図書室の隣だと便利だからとか、諸説ある。でも実際のところは、あいている場所がここしかなかったというのが正解らしかった。
オカルト・ミステリー研究部。
そんな怪しい名前の部が、今現在わたしと輝臣先輩を繋ぐ唯一のもの。
輝臣先輩が解錠しドアを開くと、なかからモワっとした空気が廊下に流れ出てきた。たった三畳ほどの縦に長いスペースで、窓はいちばん奥に小さなものがひとつだけ。また、この部活の時間しか使われない場所であるため、いつも空気がこもっていてカビ臭かった。
(でも、わたしにとっては充分天国よ!)
部屋が狭い分、輝臣先輩との距離も近くなるのだから、悪いことばかりではないのだ。
四人そろって部屋のなかに入り、まず背の高い輝臣先輩が奥の窓を開けに行く。わたしはドア近くのスイッチを押して蛍光灯をつけ、嗣斗と泉先輩が壁に立てかけて置いてあるパイプ椅子をセットするのが、いつもの流れだった。本当はパイプ椅子を広げたままにしておきたいのだけど、部屋の横幅が狭いため、それだと部屋から出るのに苦労するのだった。
(長机をそのまま置いておけるだけでも、まだマシと言うべきかな)
その両側――図書室に繋がっているドアがある壁側にわたしと嗣斗、向かいの本棚側に輝臣先輩と泉先輩が座って、準備は完了。
「――さて。それじゃあいつもどおり、
輝臣先輩の合図で、それぞれに動き出す。
このオカルト・ミステリー研究部は、はっきり言ってなんでもありの部だ。
たとえば泉先輩は、『
そして輝臣先輩は、前述のとおり自分でもトリックを考えるほどの推理小説好き。推理小説は『ミステリ』あるいは『ミステリー』と呼ばれることもあり、語尾を伸ばすか伸ばさないかの違いについて語りはじめるとかなり長い。分類的にはもちろん『ミステリー』の担当だ。
他にも過去には、宇宙人やミステリーサークルについて調べていた人や、オーパーツについて調べていた人、心霊現象について調べていた人、学校の裏手にある
そんなふうにかなり大雑把な部なので、他の部のように決まった大会やコンクールなどあるはずもない。そのことは生徒たちのあいだでも有名で、この高校では生徒全員の部活参加を強制しているため、最初から幽霊部員になる目的でオカミス研に入部する人が多かった。部室に集まるのはこの四人だけど、幽霊部員の数は三学年合わせると百人以上にのぼるらしい。
(成果を披露する場のない部は、文化祭のときに披露すればいいんだって)
中学の頃からずっと輝臣先輩のことが好きだったわたしは、当然去年・一昨年の文化祭も見に来ている。そのときのオカミス研の企画は、図書室全体を使ったかなり大がかりな推理イベントで、幽霊部員たちの底力を思い知らされたのだった。
(わたしと嗣斗も、
なにせ、オカルトにもミステリーにもまるで興味がないのだ。それでも部室にやってきているのは――興味を持とうとしているのは、ひとえに輝臣先輩のためだった。もっとも、嗣斗は暇つぶしにつきあってくれているみたいだけど。
その証拠に今、「活動を始めよう」と言われた嗣斗が鞄から取り出したのは携帯ゲーム機。
泉先輩も持参してきた本を取り出し、読みはじめる。
じゃあわたしはというと、輝臣先輩の
(もっと話したいんだから、仕方ないの!)
「輝臣先輩、今日はなにをする予定ですか?」
長机の上に身を乗り出して、他のふたりと同じように鞄に手をかけた輝臣先輩に話しかける。
すると、輝臣先輩が鞄から取り出したのは、タブレット端末だった。
「新しいトリックを考えるには、やっぱり古典のトリックを勉強してからじゃないとね」
「あ、それにまとめてるんですか?」
「そう。今とは環境が違うから、逆に発想が新鮮で面白いんだ。たとえば昔はほら、電話交換手がいただろ? J・クラークの『モノトーンの確率』では、犯人が交換手になりすまして情報を盗み、相手の行動を利用し殺害した。他にも、エキドナの『電話問答』では犯人が交換手で、時間外にあえて繋ぐことで証人に時間を誤認させるトリックを使ったんだ。電話は昔から、アリバイづくりに欠かせない道具だった」
「なるほど、電話の向こうの相手が証人になったりするわけですね」
わたしの相槌に、輝臣先輩は小さく頷く。
「その点、電話をかけられる場所が決まっていたからこそ、成立したものも多い。つまり、過去の傑作を生かして新しいトリックを考えるには、『スマートフォンを
「けどさー、それだったら、スマホを使う意味がないんじゃないか? 自由に移動して電話をかけられるスマホだからこそのトリックじゃなきゃ、全然新しくないだろ?」
そこで口を挟んできたのは嗣斗だ。ゲームをしながらも会話はしっかりと聞いていたらしい。
「そんなことない! 別に移動しなくたって、スマホの機能は他にもあるわけだし、そっちでスマホらしさを出せばいいんだよ」
ムッとしてフォローを入れると、嗣斗はすぐに返してくる。
「通話以外の部分なら、近いのはむしろ電話よりパソコンだろ? スマホじゃなけりゃ駄目って部分がないと、たんに
こんなときばかり、真面目な受け答えをする嗣斗が憎らしい。なんでか知らないけど、嗣斗はいつも輝臣先輩と張りあっているのだ。
「そ、そんなこと言ったって――」
「いいんだ、
両掌を上にあげ、降参のポーズを取りながら、輝臣先輩は明るく告げた。
名字を呼んでもらえて嬉しいものの、嗣斗に負けた気がして、わたしは素直に喜べない。
(余計なことばっかり言わないでよ!)
キッと横目で嗣斗を睨みつけてやったら、嗣斗は反撃のように再び口を開いてくる。
「まーあれだ、明後日見に行く映画に、なんかヒントがあるかもしれないぜ? 『マリー・ブロッサムの事件簿』――予告編に意味深な電話のシーンがあったし」
「えっ、ほんと?」
そう、わたしは日曜日に嗣斗と映画に行く約束をしているのだ。映画鑑賞は嗣斗の趣味なのだけど、他には一緒に行ってくれる人がいないのか、たびたびわたしを誘ってくる。
(わたしだってこの部に嗣斗をつきあわせてるようなものだし、断れないじゃない?)
それに、見る映画のチョイスも意外と悪くないから、映画にさほど興味のないわたしでも、それなりに楽しめることが多かった。
(今回のも、輝臣先輩と話をするうえで勉強になりそうね)
ここで「輝臣先輩も一緒にどうですか?」と言える度胸があればいいけど、まともに会話できるようになって半年のわたしには、まだ無理だ。
それでも諦め悪く輝臣先輩のほうを見やったら、輝臣先輩はなぜか目を丸くしていた。
「ど、どうしました? 輝臣先輩」
「いや……それってふたりで行くのか? 映画ってことは、蒼林市まで出るんだろ?」
輝臣先輩がそんなことを訊いてきたのは、わたしたちが住むこの
ただ、それはこの市に住む人ならみんな知っていることで、今さら驚くようなことではなかった。
(じゃあ先輩は、なにに驚いたの?)
考えて、一瞬にして顔面蒼白となる。
「そうですけど、デートとかじゃないですからね!? わたしはただの付き添いです!」
勘違いをされたら困ると大きな声で告げたら、また嗣斗が横から口を挟んできた。
「そうそう、舞が楽しみにしてるのは、映画じゃなくてそのあとの、ケンケン軒の大盛りネギチャーシュー麺だもんな」
またしても、言ってはならないことを。
「ちょっ……事実だけど今言わないでよ!
「そう言いつつもちゃっかり肯定するところが、変に
「泉先輩までこっそり話聞いてないでくださいよっ!」
隣と斜めから攻められて、わたしはすっかり林檎になってしまった。
(ああ、もともと赤ほっぺなのに、なんてことなの!?)
暴れたいのに暴れられないジレンマが、わたしの体温をますますあげていく。
さらに――
「まあまあ、いいじゃないか、大食いでも。なんでもおいしそうに食べる
正面の輝臣先輩が、とびっきりの笑顔でそんなフォローをしてくれたものだから、熱はさがるどころかますますあがって――ついにはオーバーヒートした。
(こ、これ以上先輩の視界のなかにいたら、変なことを口走ってしまいそう!)
自分自身に恐れをなしたわたしは、咄嗟にパイプ椅子から立ちあがり、一言。
「わ、わたしっ、今日はこれで帰ります!」