2 零時三十三分

文字数 662文字

スマートな服装からして、上質なマンションに向かっていると思った。彼が押し開けたのは古民家の門扉。心底意外だった。歩いて石畳を進み、家の正面へ。閉ざされた玄関前に、「蒼」と書かれた丸型提灯が夜風に揺れている。

「こっち」

裏口へと手招かれ大人しく従った。玄関に上がりつつ始まる案内。
「君の部屋は二階、自由にしてもらっていいから。朝食は七時で間に合う?」
「間に合う?」
「学校だよ。君、まだ学生だろ?」
「はい、まあ」
どうせこの場限りの関係に終わるから、「今のところは」という下世話な補足は言わずにおいた。相手は大人だし、何かを察しているのが分かったけれど、敢えて触れぬ優しさを持つ大人だった。

無言のまま階段を上がる彼に、どうしても聞きたいことがある。
「あの、お兄さん」
佐式(さしき)だよ」
「ん?えっと」
「呼びにくかったら啓大(けいた)でいいから」
「じゃあ啓大さん」
「何?」
「トイレ借りてもいい?」
「早く言ってよ」
二階到着まであと三段、彼は笑いながら階下へと引き返す。
「まあいいや。隣が風呂だからそのまま入れば。タオル出しとく」
「ありがとう」
「二階の部屋に電気付けとくから、上がったらそこで寝て」
「うん」
そしてトイレに辿り着く。
「それじゃあ、おやすみ」
有斗(あると)だよ」
「……君の名前かな」
「そう。蒼伊有斗(あおいあると)
「そうか。おやすみ蒼伊くん」


***


シャワー音がこだまする浴室。タオル以外に追加の要望はなさそうだ。再び二階へと上り、突き当たりの自室に入る。電気は付けず、そのままベッドに身を預けた。出番を待つ小さな赤鼻のトナカイが、窓際で月光を浴びている。

「おかえり」
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