2 一色主任

文字数 987文字

早朝会議は重々しい検討事項のオンパレードだった。案の定終了時刻も伸び、席を立つ頃には頭がオーバーヒート。真っ先にベンダーに向かった。カフェオレで糖分摂取しなくては。

晴海(はるみ)さん」

その声に心が一瞬にして晴れ渡る。ベンダーを目の前にしながらカフェオレの存在は吹き飛び、彼を迎えて心が勝手に栄養補給を開始した。

一色(いっしき)主任、会議お疲れ様でした」

「うん、お疲れ様」

こんなに爽やかな「お疲れ様」が言える人は、この世の中に彼一人。

「さっきの会議だけど、また議事録の配信前に一度見せてもらっていいかな?追記しておきたいことがあって」

「はい、もちろんです」

「ありがとう。あ、それと」

次なる指示を予感して手帳を取り出す。メモの準備は万端なのにしばらく指示はなく、代わりに溢れる笑い声。
意図が掴めず視線を上げれば、間近で輝くときめきの塊。あまりに柔らかな笑顔に心が溶け出しそうになった。

「ごめんね。大した事じゃないんだけど、来週の月曜よろしくね」

「こ、こちらこそです」

そこで立ち話は終了。さりげなくベンダーにコインを滑り込ませて去りゆく憧れの背中。咄嗟にお礼を届けて、見えなくなるまで見送った。


璃子(りこ)ったら、顔に出てるよ」

いつの間にか、同僚の栗木(くりき)春香(はるか)に顔を覗かれている。言われずとも紅潮している自覚があったから、小さな手帳で必死に隠した。

「だって、あの笑顔見た?全てのことがどうでも良くなるね」

「あら、むしろ悩みでもあるの?」

「そうじゃないけど」

「ならよかった。そのままファイト」

「もうーっ!そういうのじゃないってば」

「はいはーい」

仕事ができ、気配り上手で情に厚く完璧。上品な落ち着きを纏う彼は尊敬する上司。だけど、その尊敬がそのままの意味でなく、憧れが混入していることにはもう気づいてる。
私だけを見て欲しいという希望が、強く疼き始めていることも。

来週の月曜は、月イチでやってくる個別面談の日。「面談」と称されているがその中身は軽いお悩み相談会のようなもの。さらにはランチタイムに実施されるため、毎回楽しく雑談し満たされて終わる。

この悩みは、貴方にだけは言えないのです。

きっかけも、進展も、関係性が変わることもあるはずない。そう諦めているつもりなのに、面談を控えた今週末には春香とショッピングの予定が。お目当ては、秋物の洋服。絶望的に諦めが悪い。けれど、こんなふうに貴方を想えるなんて、最高に幸せ。
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