5 二十一時五分

文字数 721文字

「起きろー。夕飯食えー」

部屋の電気が灯り、強制覚醒。目を瞬かせ視界をクリアにすると、こちらを見下ろすエプロン姿の啓大さんが見えた。その背後の壁時計は夜の九時を指している。

「お店は?」
「八時で閉店。もう誰もいないよ。残り物だけど、カウンターに夕食置いといたから。食べといて」
「啓大さんは食べないの?」
「後にする。先に買い出ししてこなきゃ。何か食べたいものある?」
「ない。というか……」
「何?」
「それ、明日もここに居ていいことになってる?」
「これから帰るのか?まあ、電車なくもないけど」
「居る。居る、けど」

ここに居るのも去るのも自分次第。嬉しいはずなのに、どこか寂しい。いっそのこと、出ていけと見放された方が踏ん切りがつくのに。

「なあ、(から)いの平気?」
「え、急に何?」
「秋の新作メニュー考えててさ。試食してもらえないかと思って。ちなみに茄子の肉巻きピリ辛炒め」
「美味しそう、食べる」
「ありがと」

共に階下に降り、二手に分かれて俺はカウンター席へ。誰も居ないキッチンを眺めながら、ビーフカレーを堪能。カレー皿の下に残された「冷蔵庫にりんご」のメモに、幸せを感じた。

俺を見てくれる人がいる。気にかけてくれる人が、そばにいる。
とても心地よくて、同時に居心地が悪い。人間、慣れないことはするものじゃない。勝手に思考が巡り、解決を急かす。

ここを出れば、懊悩は終わる。独りで生きれば済む話。けれど、人間は、安全性を感じると安定性を求め、そこに執着したくなるものらしい。俺はすでに、ここを住処と認識し始めている。ここは空腹も孤独も穴埋めできる場所。最高に心地いい。そんな卑劣な俺を、彼は否定しない。最低に居心地が悪い。


温もりに触れたが最後。何も決められなくなった。
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