I love you

文字数 1,091文字

私の本質は花であるので、花の気持ちがよく分かる。故に花屋と呼ばれる花の棺桶に身を置いている。栄養が欲しいのか、新鮮な空気が欲しいのか、あるいは愛でる視線を欲しているのか。今日も仲間と会話しながら、「いつもの一日」を期待した。

「いらっしゃいませ」

期待はすぐに崩れ落ちた。

「またお逢いしましたね」

ハンカチの人だった。自分自身に罪の香りを感じて、視線を反らす。始めることに意味はない。この先にあるのは、さよならしかないのだから。



「本当は、何度か行ってるんです。あなたのお店」

気づかなかった。人は、見たいものしか見ていない。

「本当は、ずっと見てたんだよ」

信じられない。人は、信じたいものしか信じない。

始めても意味はないから、全てを話した。私の罪、私の価値、全てを。お願い、大嫌いになって。

彼は微笑みをこぼして言った。

「可愛い」
「心にも無いことを」
「ごめん、説明させて。君は、愛することは上手なのに、愛されることにはとても不器用なんだね。そのギャップが、たまらなく可愛いなと思って」
「そうですか」
「信じてないね。まあ、当然と言えば当然かな。君が経験したそれは、長くて儚い片想いみたいだから」

耳が痛い。心が痛い。頭が痛い。花であったなら、感じる必要のなかった痛み。感情など知らなければ、涙もなかったのに。けれどそれがなければ、笑顔もなかった。あなたの瞳に希望を感じることも、なかった。

「ねえ、一つ聞いていい?」
「何でしょう」
「どうしてそんなに落ち着いていられるの。あと二年なんでしょう」
「遅かれ早かれ、全ては終わりを迎えます」
「それでいいの」
「どうして」
「どうしてって……。やり残したこととか、無いのかなって」

もし、一つだけ、願っていいのなら。

「……あの」
「うん?」
「……手を、繋いでも、いいですか……」

ゆっくりと彼の手が迎えに来て、次第に交わる温もり。この先に幸せがなくてもいい。いまこの瞬間、私は希望と繋がった。その事実があるだけで、十分だから。

泣いたらだめだよ。強くいなきゃだめだよ。
私は毒花だから。これ以上希望を汚しては、だめだよ。

「ねえ」

視線を手元に落としたまま、何も答えなかった。

「こっち向いて」

頑なに拒んだのに、もう一方の手でそっと顎を持ち上げられた。すぐそばで輝くその瞳。

「その二年間、本気で愛するから、君の二年間、俺に頂戴」

涙が止まらなかった。彼はそれを拭ってくれたけど、決して溶けたりしなかった。悲しい涙と嬉しい涙は、全く違う色をしている。今宵、月は薄く瞬き、密かに優しく微笑む口元のよう。





あの夜、月に願ったことがようやく叶った。


「運命の人の腕の中で、落花させてください」


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